VS鼠

「ギュルルルルルル……」


「……ふん」


 対峙する人間と鼠。端から見たら家にネズミが出たときの一般的な構図に見えるが、このネズミはネズミではない。"鼠"だ。


 人なら誰しもが知っているであろう十二支のうちの1体。人工的に作られた生命体ではあるが、そんな空想上の存在と俺は対峙している。


 命の奪い合い。俺からすれば、それ以外の何物でもなかった。


「今度は……」


 少しの間、睨み合いがあった後、俺はこちらから仕掛けるため、動く体制を整える。


「こっちからだっ!!」


 そのまま足に反射を使い、一気に駆け出す。


 …………鼠の方向ではなく、真左の壁に向かって。


「ヂュウ!?」


 さすがに改造された鼠と言えど、この行動に関しては予想外だったようで、かなり戸惑っている様だ。


 その行動を確認するも、俺はそれを気にしない。まずは自分の仕事をこなすのだ。


 俺は壁にたどり着くと、壁に足をつけ、鼠の方向へと足を少しずらし、踏み込み、飛び跳ねる。


 ……さっきとは真逆の、右の壁に向かって。


「チュウッ!チュウチュウ!?」


 俺のこの行動に対して、鼠は戸惑っているを通り越して、もはや理解不能と言わんばかりに声を……いや、鳴き声を上げる。


 ネズミなどの小動物の鳴き声は、かわいいと言われる傾向があるが、今、目の前にいる鼠は通常のネズミと比べると超巨大。もはや気持ち悪いサイズで、可愛さなど微塵も感じない。


 ……いや、そんな事はどうでもよかった。


(どうせあの鼠は消えるんだからな)


 俺は右へ左へと壁を蹴り上げ、鼠に向かって少しずつ近づいていく。近づいていく原理は簡単で、俺は壁に足をつく時、足を鼠に向かって少しだけ向けていた。


 それによって、逆の壁に向かって飛び跳ねる時には、鼠に向かって少しずれているのだ。


 少しずつ少しずつ、鼠に向かって近づくその姿はさながら稲妻の様。


 そして肝心の俺と鼠の距離は、ついに1メートル位にまで近づいていた。



 そしてここまでの動作を見た人物がいたとしたら、1つの疑問が浮かぶことだろう。


 何故、鼠は動かないのか……と。


 確かにそれはもっともな疑問だろう。敵が不可解な行動をしてきたら、警戒した上で逃げるかどこかに向かって動くかするはず。


 ではなぜ動かないのか。それは勿論、俺のこの稲妻の様な動きにあった。


 当然のことだが、俺は鼠ではないし、本当のことはわからないが、大体予想することはできる。


 鼠の脳内は今、俺の不可解な動きによって真っ白なのだろう。


 勿論人もだが、頭の中が真っ白になるとフリーズする。


 本当にそれだけ。それだけの事。ただ人間より脳の処理速度が足りないだけ。


 最初、この鼠は賢いみたいなことを言ったが、それは所詮ネズミレベルの中での事。


 人間ならば、この程度の動きでフリーズすることは無い。何故なら、人間と言うのは人生の中で何度も不可解な状況に突入するからだ。


 ある意味、人間と言う人種は不可解な行動に慣れているのだ。


 しかし、ネズミは人間ほど賢くなく、人間のように何度も不可解な状況に突入したわけではない。


 故に思考がフリーズする。体が固まる。動けなくなる。




 まるで蛇に睨まれた蛙のように……




 まるで人間に狙われているのに、全く気づかない蚊のように…………




 故に…………





 俺の右手が、鼠の体を破壊した。









 ――――









 時は少し遡り、袖女視点。



「ハアアアアアアアア!!!!」


「グウウウゥゥ!!」


 彼が鼠に飛ばされた後、屋上で牛と対面した私は、牛に向かって何度も何度もオーラを纏い、殴打を繰り返していた。


(こいつ……!!)


 しかし、この牛はあろうことか、私の殴打を腕でガードすることなく、逆に腕を開いて、正面から受け止めていた。


「ブルル……」


 さらに驚くべきことに、私の殴打をもろに受けてもピンピンしている。あの彼をもあと1歩まで追い詰めた、あの拳がだ。


 それに加えて……


 そう考えた瞬間、牛がおもむろに右腕を上に振り上げ……


(来るっ……!!!!)


 その握り締めた拳を、私に向かって放ってきた。


 無論、そんな見え見えの攻撃に引っかかるわけもなく、体を横にそらし、回避するが……


「……ッ! やっぱりとんでもない威力ですね」




 さっきまで私がいた場所は大きくえぐれ……




 隣のビルには大きなクレーターが出来上がっていた。




 私の最大火力と同じレベルの威力。そして私を上回る貫通力。


(あんなのまともに食らったら……)


 ただでは済まない。


 一発逆転の威力。こちら側がどんなにダメージを重ねようと、一撃でも貰ってしまえば、一瞬で立場が逆転してしまうだろう。


 そんな一撃をさっきから何発も放たれていた。


「どうしたもんですかね……」


 こっちの攻撃は手ごたえなし。しかし、あちら側の攻撃は必殺級。


 こんなのが続けばらちがあかない。


(ならば……!)


 私は牛から少し距離をとり、牛に向かって構えをとって静止する。


 これはもちろん、私の右手にエネルギーを貯めるためだ。


 相手が必殺級の威力を打ち込んでくるのなら、こちらも必殺級の威力をぶつけるほかない。


 しかもありがたいことに、牛自体の動きはそこまで早くないことが確認できていた。

 ため時間もそこまで長くないため、オーラのチャージ自体は容易。


「たまりましたよ……!!」


 そんなことを考えているうちに、ついにチャージが完了した。後はそれを、あのトロい2足歩行の牛にぶつけるだけ。


 私ははやる気持ちを抑え、しっかりとあの牛をロックオンし、その技名を高らかに叫んだ。


「オーラ……」


「ナックル!!!!」


 その見えないオーラの攻撃は、そこにたたずんでいる牛に直撃する……




 あの牛に直撃…………




 あの牛に…………




「……は?」




 瞬間、あの牛が消えた。



「へ?」



 消えた。まるでテレポートするかのように、一瞬にして、跡形もなく消えた。


「どこに……!?」


 本当に消えてなくなってしまった。超スピードで移動しているなら、風の流れで察知できるし、本当にテレポートしているなら、すぐにどこかに現れるはず。


 なのに現れない。どこにも、本当にどこにも。


「一体どうなって……」


 私はそうやって、目線を左に移したその時。


「……え」


 私の左腕は、見事に折れ曲がっていた。

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