感じ取り

「ふっふふ〜ん〜ふ〜んふ〜んふ〜ん〜」


「…………」


 あの後、俺はそこら辺の椅子に座り込み、袖女は鼻歌を歌いながらおばちゃんと一緒に服を選んでいた。

 袖女の横顔と言うのはなかなか絵になるし、俺も服に無関心と言うわけではないので、なかなかに暇しなかった。


 しかし、たった1つ。大きな大きな問題点が1つだけあった。


(なっっげぇ…………)


 服を数着だけ買っていると思えないほど長い。もう1時間近く経過している。凄まじいほど長い。もう眠ってしまいそうだ。


「あ〜…………」


 もう自分で勝手に帰ってしまおうか。


「終わりましたよ〜……」


 そう言いながら、新しい服を着た袖女が近づいてくる。


「お……」


 待ち望んだセリフが耳に入った。まるで天国への片道切符のような、明るく美しい響き。あれだけウザいと思っていた袖女のセリフは、今では聖女の回復魔法に聞こえてくる。


 簡潔に言うと、その一言だけで、俺の心は舞い上がった。


「よし帰ろう。今すぐ帰ろう」


 俺はすぐに、店の出入り口の方向へ振り向き、歩を進めようと……


「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ!」


「……ん?」


「いえ、ですから、なんというか……私、今新しい服着てるんですよ? ……なんかないんですか?」


 そう言いながら、袖女は少し恥ずかしそうに俺に聞いてくる。どうやら今着ている新しい服の感想が聞きたいようだ。


(何かって言われても……)


 俺は袖女の服をじっと見つめる。どちらかと言うとこれから来る冬用の服のようだが、いかんせん服の種類がよくわからない。服に興味がないわけではないと言ったが、服の種類がわかるとは一言も言っていない。そんな服の感想を聞かれても、大体ふわっとした感じになってしまう。


 俺は少しだけ袖女を見つめてみる。服の種類がわからないなら、服と本人の組み合わせで褒めるしかない。服の色のメインは白のようだが……袖女に黒の制服のイメージがありすぎて、似合っているともいい難い感じだ。正直ここら辺は人の好みになってしまう。他の人からしたら似合っているのだろう。ただ、目の前の袖女は俺の感想を求めている。


 俺は、まるで戦闘中に仮説を立てるかのような勢いで頭を回転させていく。


 できるだけこれからに支障なく、できるだけ踏み込むことのない言い方…………


 俺は意を決して言葉を発した。



「似合って、る? んじゃないか……?」



 結局はこれ。



 無理だ。無理なんだ。ろくに女と出かけたことのない男が言うセリフなんて、もうこれ1つしかない。しかもちょっと噛んだ。


(終わった。恥ずい。死のう)


 袖女の事などもう頭になく、圧倒的な羞恥心に硬直した。


「……そうですか」


(……お?)


 袖女はそんな俺の事など知らず、頭を下げてぼそりとつぶやいた。


(悪くない……悪くないぞ!!)


 袖女は嫌な事を言われた時、はっきりと言い返すタイプだ。こうやって小さめの声でつぶやくと言う事は、そこまで嫌ではなかったと言う事。


(うまくいった……うまくいったぞ!!)


「…………」


 俺と袖女は何も話さず、古着屋を後にした。









 ――――









 時間は少し前まで遡る。



「ふっふふ〜ん〜ふ〜んふ〜んふ〜ん〜」


 私は鼻歌を歌いながら、服を選んでいた。

 私自身、服にはあまり興味がなかったが、いざ服と対面してみると、やはり女の性なのか、適当には選べない。どうしてもその場で立ち尽くし、楽しい悩みの時間を作ってしまう。

 目の前に並ぶ服がまるで宝石の様だ。


「ほら、こっちとかどうだい?」


「あ〜そっちもいいですね〜!!」


 横から古着のおばちゃんが近づき、これはどうだと服を見せてくる。


 やはり女同士。服の相談は楽しいし、同年代ではないのでおばちゃん側も深く踏み込むことがない。常に一定の距離で話せてかなりいい。


「これはここがね……」


「なるほど……」


 それにこのおばちゃん、かなり物知りで話し上手だ。


 年の功と言うべきか、やはり経験豊富。聞いたこともないようなことを色々と教えてくれる。


 私はそれを一通り聴き終わった後、服を選んでいると……


「ねぇねぇ」


「はい?」


 右の耳から入ってくる年季の入った声。声の主はもちろんおばちゃんだ。


 また新しい情報でも教えてくれるのだろうか。そう思い、服を選ぶ手を止め、おばちゃんの方へ振り向く。


「あなた彼の彼女さん?」


「はっ、はい!?」


 いきなりの爆弾発言。私はその発言に驚くことしかできず、言葉を考えず、反射的に言葉を発することしかできなかった。


「いやないです!! そんなこと絶対ないです!!」


 反射的な否定。そこに理由などはなく、動揺から出るプラスにもマイナスにもならない言葉だった。


「あれ? そうかい? そうだと思ったんだけど」


「逆になんでそうなったんですか…………」


「いやぁ……最初に来た時と違って、あの彼、とっても生き生きしてたからさ」


「……その原因が私だと?」


「そういうこと」


 何を言っているのだこのおばちゃんは。


 自分で言うのもなんだが、確かに私が家の家事をすることにより、負担も減り、生活が豊かになった事で、体も健康的になり生き生きしているように見えたかもしれない。


 だが、だからといって私が彼の彼女にはならない。絶対にならない。そんな感情すら抱かない。


 結局は敵なのだ。


「……言っておきますけど、マジでそんな関係じゃないですからね」


「むむむ…………どうやらそのようだね」


 どうやら納得してくれたようだ。


(はぁ……さて、また服を見直しーーーー)


「でも、あんたがやった事はとっても凄いことだよ」



「……はぁ?」



「ふふふ……そう言いなさんな」


 意味がわからない。凄いことだと?


 私からすれば、神奈川で積み上げてきた実績の方が、よっぽど凄い事だ。


 国民と自分のための実績と、彼のそばにいる事。どっちのほうが凄いかなんて、100人に聞いても前者を選ぶだろう。


「まぁまぁ……そんな考え込まなくても、いずれわかるよ」


「………………」


「一度閉ざした人の心をこじ開けるなんて……普通絶対できないからね」


「…………そうですか」


「彼に服について聞いてみなさい…………ちゃんと考えて、受け答えしてくれるはずだよ」


「無視されるのは………いや、それだけじゃない。どんなことでも、心の傷は………どんな怪我より痛いからね」


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