変わらない強さ

「…………」


「…………」


 古着屋からの帰り道。新しい服を着た袖女と、いつもと変わりない服装をした俺。


 まるで喧嘩した後の様に、近寄りがたい雰囲気を発しつつ、我が家への道を進んでいた。


「…………」


「…………」


(気まず…………)


 ありえないくらい気まずい。


 そもそも俺と袖女しかいない時は互いに煽りあったり、お互いに別々の仕事をしたり、ゲームをしたりとそこまで困る事はなかった。


 しかし、今回は何もない。話の種も、何かやることもなく、ただ淡々と道を歩くだけ。


 男女として、ここまで困る時間があるだろうか。最初の頃は新しい服の感想に対しての反応が悪くなく、内心少し喜んでいたが、今やあの頃の俺にアッパーカットを決めたい位には気まずい。


 しかし、ここで俺から話の種を作ってしまうと、俺が話の進行役をすることになってしまう。


(それはまずい……)


 それは実に危ない行為だ。話の内容を間違えれば即座に引かれてしまう。


 なのでここは多少気まずくとも、無言を貫いたまま家に帰宅するほかない。


「……あの」


「ん?」


 そんなことを考えていた矢先、突然袖女から話しかけられる。


 正直、あちら側からしゃべってくると思わなかったので、結構驚いた。


「質問、しても、いいですか?」


「別にいいけど……」


(……質問?)


 またしても質問。また服のことだろうか。だとしたら本当にやめて欲しい。反射的にオーケーを出してしまったが、女子特有の「○○どう思う?」的な質問にはもう答えられる気がしない。質問されたが最後、黙ってしまうこと間違いなしだ。


「……変われない人って……どう思いますか」


「……へ?」


(なんだ?)


「昔のことを引きずって……引きずってる癖に何もできない人ってどう思いますか」


「…………」


(……一体どうしたんだ?)


 どういうことだこれは。ちょっと前まで服の感想と言うのほほんとした内容の会話をしていたのに、今ではまるで道徳の授業のような質問をされている。


(……これが俗に言う"病み"ってやつなのか?)


 この世には"病み"と言う言葉がある。一般的には女に発症しやすいもので、漫画とかではほぼ100%女に発症するものだ。


 俺の知っている情報では、"病み"になるには何かきっかけが必要な筈だが……現実は違うと言う事か。


 漫画とかではよく見たが、本物で見るのは初めてだ。


(……ちょっとは真面目に行ってみるか?)


 自分で言うのもなんだが、人よりは辛い人生を歩んできた自負はある。そう考えてみれば、"病み"は俺にとってはかなりやりやすい属性なのかもしれない。


(……よし、ここは男らしく、真摯な対応をしてみよう)


「まぁ……今は変われなくても、いつか変われるんじゃないか?」


(よし! 完璧な回答だ)


 と思ったのもつかの間。


「いや……変われませんよ、絶対」


「……そうか?」


「……神奈川で失敗して大阪に来たのに、何も変わってないし…………」


「…………」


「……私、両親いないんですよね」


「……はい?」


「よくあるやつですよ……物心ついた時は孤児院に居ましたから」


「…………」


「……聞きたいんですけど、私神奈川の時から強くなってました?」


「……いや、まぁ……正直言って、あんまり……」


「……ですよね」


「…………」


(おっっっっも……)


 尋常じゃなく重い話になってきた。


 なるほど、これが"病み"ってやつか。かなりきつい。この世のモテる男児はこれを相手にしているのか。モテるのも考えものである。


(……しゃあない。聞き流すか)


 こういうのはとことん受けにまわるのが吉だ。そうすると相手は勝手に満足して、自動的に話は終わる。


 少し静かにして、話が終わるのを待とうとした時。


「……それに比べて、あなたは本当にすごいですね」


「……そうか?」


「だって、17歳か18歳でしょう? 私と同い年か一個上で犯罪者って事は何か事情があったってことですよね?」


「……まぁ、それなりには」


「それって変われたってことじゃないですか。方向性はともかく……変われたのは本当に羨ましい」


「…………」


「それに比べて私は…………」




「……変われない事ってさ」




「……え?」






「……それって悪いことなのか?」







 俺のその言葉に、袖女はピタリと固まった。


「だって、変われないと……」


「変わったやつなんていないよ」


「え……」


「この世には"変わるしかなかった"奴しかいない」


「成長とか、周りの環境とかで変わるしかなかったやつしかいないんだ」


「……俺とかみたいにな」


「……でも、私は「だけど、お前は変わらなかったんだろ?」……!!」


「それってめっちゃすげぇじゃん」


「……けど、何も変われないって事は、これ以上何にも成長できないってことで……」


「そんなの誰にだってある。問題はそれをどう乗り越えるかだ」


「……っ!! だから!! 私はそれができなくて……」


「だが、お前にとってそれは必要なのか?」


「……どういう事ですか」


「お前の目標は、それを乗り越えると達成できるものなのか?」


「……それは」


 俺のその言葉に、袖女は下を向いて黙ってしまう。


「……やっぱお前はすげぇよ」


「……おちょくってるんですか」


「おちょくってねぇよ。本当の事を言ってるんだ」


「普通、人っていうのは乗り越えて、昔を忘れて今を生きるもんだ」


「でも……お前は違った」


「乗り越えず、昔を忘れず、自分を忘れずに……痛みも苦しみも忘れず、全部背負って前を向いてるんだろ?」


「そんなの俺にはできねぇよ……前を向くだけでも大変なのにな」


「俺ですらできなかったことがお前にはできるんだ。お前は全部背負える位ずっとずっと心が強いんだよ」


「…………」


「変えられない自分でいられるっていうのは、心が強いからだからな」


「…………」


「だから……別に変わらなくてもいい。お前はもう俺よりも強いんだ」


「……そう、ですか」


「おう」


 ……なんかしんみりした雰囲気になったな。


「……帰るか」


「……はい」


 その後も俺たちは何も喋らず、我が家まで歩いて行った。

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