血まみれの帰還

「……………」


 時刻は既に朝の10時。朝日が完全に露出し、窓からは新鮮な空気が出入りする。そんな時間帯。


 私、浅間ひよりはいつも通りパートをしている最中だった。


 そう、いつも通り…………


「あの……浅間さん?」


「……なんでしょう」


「あ、いや……ちょっと顔色が悪そうだったから……」


 どうやら今の私は顔色が悪いらしい。体調はそこまで悪くはなさそうなのだが……自分の体のくせに、自分の顔色もわからないとは、人体の不思議だ。


「……いえ、問題ありません」


 今の体は、絶好調とは言えないが、パートぐらいならこなせるレベルだ。


「………浅間さん?」


「…………………」


「浅間さん!!」


「ッ! はい! 何か………」


「浅間さん……」


 危ない危ない。ボーッとしてしまった。ただでさえパートは給料が少ないのだ。こんなところでミスをして、他の定員に目をつけられるわけにはいかない。できるだけ楽に。関わりを持たずにスムーズに仕事をこなす。これにより、より効率的に任務を完了する事が……。


「………もうあなた休みなさい」


「…………へ?」









 ――――









「はぁ……」


 あの後、結局バイト仲間に押し切られ、早退することになってしまった。

 私は特にやることもなく、椅子に座りこんだ。


 ダメだダメだ。こんなのでは。こんなのでは家賃も払えな………


「家賃、か……」


 思い出すのは、憎たらしく笑みを浮かべるあの顔。女から金をせがむと言う男にあるまじき行為をするあの顔。


 あの男の姿は、あれから一度も見ていない。


 もう10時間ほど経つが、帰ってくる様子がないところを見るに、任務に失敗して死んでしまったのだろうか、それとも失敗したせいで、落ち込んでしまって帰ってきていないのか。


(できれば後者であって欲しいのですが……)


 ………ん?


 いや、いやいや。そうゆうわけではない。単純に私が稼ぐだけのお金では、家賃以外の食費やら何やらを払えない。こんなところで死んでもらわれては、神奈川に帰るための任務の妨げになってしまう。


 それは困る。神奈川に帰るまでは、いなくなってもらっては困るのだ。


「…………」


 やはりどう考えても遅い。大阪派閥外では無いだろうから、ここまで遅いのは妙だ。何かあったに違いない。


「………しょうがないですね」


 こんなところで悩んでいてもしょうがない。とにかく行動あるのみだ。成果がなくとも、こんなところでウジウジしているよりはいいはずだ。


「…しかし」


 だからといって、この広大な大阪派閥の敷地内を何も考えず探すと言うのは無謀にもほどがある。どこかに的を絞り、そこを集中的に探すべきだろう。


 と、なるとどこがいいか。まずそこを考える必要がある。


 ついさっき、行動あるのみだと言ったが、どこを探すかは適当に決めてはいけない。ここは手がかりをつかみ、最有力の場所を見つけるのだ。


「さて……」


(どうしますかね……? 何か手がかりは……)


 彼の服は上下の古着1セットと着ていったであろう黒ジャケットの服しかない。古着は今日の朝取り込んだばっかりなので、衣服に関しては手がかりは確実にない。


だとすると……


 無意識にくるりと部屋を見渡す。あるのはテレビに最新のゲーム機、ソファと彼のベッドとパソコン………


「……あ」


 ある。あるぞ。もしかしたらの可能性だが、彼の目的地が分かるものが、たったの1つだけ。


 私はおもむろに席を立ち……


 パソコンのキーボードに手をかけた。


 彼の私物で何かが隠されていそうなのはここしかない。考えてみれば、昨日の夜もパソコンを見た後に、私に向かって大きな任務が入ってきたと報告していた。もしかしたら、何かメールのようなもので任務を入れていたのかもしれない。

 申し訳ないが、パソコンをチェックさせてもらうとしよう。


 私はパソコンの電源を入れ、一気にメニューの画面に飛ぶ。というかあの人、パスワードを入れていない。どんだけ不謹慎なんだ。


「メールメールっと……」


 メールの欄をクリックし、メールを確認する画面に飛ぶ。


「あった……!!」


 案の定あった。内容はヤクザから設計図を奪うというもの。その報酬はなんと200万。


「そんな危険なものを……」


 なぜ自分を連れて行かなかったのか。そんなことを考えながら、しっかりとその目的地をチェックする。


「大阪派閥のC市か……」


 目的地さえわかってしまえばこっちのもの。これ以上パソコンをチェックするのも忍びないし、とっとと出発してしまおう。


 念のため、財布に少しお金を入れ、出発するためドアを開けた。








「……え?」








「ワウ……ウゥ」


 口に紙を咥えたブラックと、


 その後ろで、血まみれの彼が倒れていた。










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