第九章 同居
同居生活
「ふぅ……今日も終わりっと……」
現在の時刻は7時。俺は今、丸一日がかりの任務を終了し、我が家の扉の前まで来ていた。任務を達成し、成功報酬を握り締め、1日を終える。それがすっかり俺の1日のルーティーンとなっていた。
俺は目線を下に向け、ドアノブに向かって目を向ける。それは金属製であり、ピッキング防止加工が施されている。
我ながら、なかなかにお得な物件を手に入れたものだ。
「ただいま〜」
一人暮らしの方なら共感してくれると思うが、誰もいなくても、ただいまの一言をついつい言ってしまう。
……まぁ、今は1人では無いのだが。
「お帰りなさい……そのまま野垂れ死ねばよかったのに」
「……あー辛辣だなー」
部屋の奥から、私服を着た袖女が出迎えてきた。
…………チェンジしたい。
――――
1日前の出来事。あれのせいで、袖女は俺の家に住み込むことになった。
「どうだ? パートでのお仕事は」
「……最っ悪ですよ。こんなんじゃあ、いつ神奈川へ帰れるのやら……って感じです」
あの時、俺が求めたのは3つ。俺の家に来ること、何かしらで働くこと、そして……入手した月給は、俺の家の家賃にあてること。その3つだ。
「はぁ……なんでこんな奴なんかと……」
「……しゃあねえだろ、お前だって住む場所に困ってたくせに」
「……ちぇ」
そう、この女。女のくせに家に住んでいなかったのだ。
もともと神奈川からお金はもらっていたが、予想以上にお金が足らず、食費だけで精一杯だったらしい。
対して俺は、家は持っているものの、食費がなく、このままでは家賃だけで稼いだ金が全部持っていかれる状況だった。
お互いがお互いの足りないものを持っている。俺は人財、袖女は拠点。win winだ。
これにより、俺はまたお金に困る事なくの生活に戻ることができ、袖女は任務達成までに野宿せず、ベットで眠ることができるようになったわけだ。
お互いの利害が一致している事により、契約は成立。袖女は俺の家に住むことになり、こうやってパートをすることになったのである。
「おお……!」
そうやって始まった同居生活初日。家に帰ってきた俺は、1日にして変わった家に驚愕した。
「こんなにきれいになるものなのか……掃除には結構気を使ってたんだけどな……」
「……大まかには掃除できていましたが、まだまだですね……隅っことかが全然掃除できていませんでしたよ?」
ピカピカだ。今までの家が嘘だったかのようにきれいに掃除されている。
「お前、家事できたんだな……」
「……喧嘩売ってるんですか?」
しょうがないだろ。女は家事がうまい印象がよくあるが、最近の女は家事が下手な人が多い。
その方がいいと言う男もいるが、俺は普通に家事が上手い女の方がいい。こいつに家事ができたと言う点においては、うれしい誤算といえよう。
「さて、と……」
「風呂なら沸いてますけど……着替えは別室でやってくださいよ?」
「わーってるよ」
俺は足早に風呂へと駆け込み、いち早くシャワーを浴びる。
「ふぃ……ふぅー……」
外へ出た後の一風呂と言うのはたまらない。子供の頃は、風呂は好きでも嫌いでもなかったが、今は至福の時といえよう。風呂は好きだ。断言できる。
ふぅむ……家事をやらなくていいと言うのが、ここまで快適なものだとは思わなんだ。なかなか悪くないじゃないか。前は家に帰っても、やらなければいけないことがあったが、それがないと言うのは小学生に戻った気がしてとても良い。子供心が躍る。
風呂から上がり、洗面所に行くと、地べたにぽつんと着替えの寝巻きが置いてあった。
……気がきくな。悪くない。
俺は寝巻きに着替え、洗面所から出る。
袖女はエプロンをつけ、キッチンで夕食を作っているようだった。
……なかなか絵になるじゃないか。
風呂から上がると、女が夕食を作っていてくれる。男が考えるやってみたいシチュエーションの1つではないだろうか。
ちなみに風呂に入ってから夕食を取るタイプと、夕食をとってから風呂に入るタイプ、どっちでもいいタイプの3種類があると思うのだが、俺はどっちでもいいタイプだ。
とにかく、このシチュエーションはすばらしい。夢がひとつ叶ったぜ。
「……あ。夕食できましたよ? 食べましょう」
「……おう、助かる」
(すばらしいな。最初はもう少しだだをこねると思っていたのだが……)
正直、ここまで従順になってくれるとは思ってもみなかった。これならば遠慮なく、復讐するための力を蓄えることができる。
出てきたのは海鮮丼。マグロやイカなどがのったなんともうまそうな丼だ。どこで具を買ってきたのかは見えないフリをしておく。
「……節約してくれよ?」
「ええ、問題なく。対策はとってますから……あと、あなたの分もありますからね」
まさか節約術まで身に付けているとは。とんだ優良物件じゃないか。家事スキルや節約スキルが高いと、その顔立ちも相まって、モテにモテまくったに違いない。家事ができる女の有用性はわかる人にはわかるはずだ。
少しは見直した。
…………と、思っていた。
「…………お前」
俺の前に渡されたのは、たった一個のカップラーメン。
(節約ってそういうことか…………)
理解した。理解したぞ。こいつの言う対策と言うのは、安い店を探すとか、半額セールを狙うとか、そういうものじゃない。
俺の食費を減らすことによって、節約しようと言う訳だったのだ。
「あれぇ? どうしたんですかぁ? 食べないんですかぁ〜?」
(……こいつ!!!!)
少し見直した俺がバカだった。今まで俺にボコボコにされた恨みをここで晴らしてやがる。よりにもよって、楽しみの食事の時間にやってくるとは…………次おそいかかってきたら顔面を見る影もない位ズタズタにしてやる。
「…………」
「んふ〜おいふぃ〜」
普通、女の幸せそうな顔を見ると、癒されるもんだと思うんだが……こいつの顔を見ると妙にぶん殴りたくなる。
(……しょうがない。今はこの怒りを内に潜め、ここぞと言う時に放出できるように備えよう)
そうしてお互いに箸を動かし、夕食を完食した。
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