次の日まで

 時間は既に10時。夕食を食べ終わった俺たちは、お互いの自由時間を取り、家での休息を満喫していた。


 俺は暇なので、柔らかいソファーに腰掛け、今日届いていた新聞を読み漁り、袖女は風呂に入った後、ブラックに向かって戯れている。


 それにしても…………


(着やせするタイプなんだな……)


 大きさには詳しくないが、そこそこ……いや、かなりある方に違いない。


(……なんかアホらしくなってきた)


 俺も年頃の男の子だ。そういうのには興味があるが……相手があの袖女だと思うと、急に冷めてくる。


 俺は気持ちを落ち着かせ、今一度新聞に目を落とした。


『昨日の午後5時、大阪の有名パティシエ、花見良一が史上初の戦闘系スキル以外でのハイパーへとランクアップし…………』


『今日の午前11時、東京がついにシーラカンスを発見、保護することに成功しました。シーラカンスは戦争の影響で数が減り、絶滅されたと思われていましたが……』


 …………やはり、ここは大阪派閥。東京の情報が少なく、大阪の情報が多い。


 それもそのはず、この様に他派閥の情報が載った新聞と言うのは、そのほとんど全てがリークや情報漏洩などがされたものであり、当然、その確証も情報も薄い。その分大阪も情報が濃いので、読む必要性がないと言うわけでは無いのだが……


 一方で、ブラックと戯れている袖女だが……


「グルルルル……!!!」


「あぁ……なんでぇ……」


 ……どうやら相当嫌われているようだ。


 理由はわからんが、昨日急に入ってきたやつに対しては当たり前の反応。首輪もあったし、人には慣れているかと思ったが、知らない人物にはしっかりと警戒するタイプの犬のようだ。ブラックに対しての知識がまた1つ、増えた瞬間である。


 あ、袖女の伸ばした腕が、またブラックに弾き返された。


「うう……」


「……フッ」


 雑魚が。まるで雑魚。犬の扱い方が本当になっていない。そんな不用意に手を伸ばせば、弾き返されるに決まっている。


(ここは少しお手本を見せてやるか……)


 俺は疲れで重くなった腰を上げ、ゆっくりとそれでいて悠然とした態度で、袖女の下へ向かう。


 前までは、決死の覚悟で袖女に近づいていたものだが……今では犬とのコミニュケーションを教えるために近づくとは……そう考えると笑えてくる。


 そうやって、ブラックの前に近づき……


「そら……ほれ」


 俺はブラックの前に、手の平を向けてゆっくりと手を出す。


 ブラックは手の匂いをしっかりと嗅ぎ……その後には、俺はブラックの頭に手を乗せていた。


「おお……!」


「……犬はまず、体の匂いを嗅がせないと触らせてもらえないぞ」


 それだけ言って、俺はブラックの頭から手を離し、ソファーにもう一度座り込む。ブラックは少し物足りなそうな顔をしていたが……残りは袖女に撫でせてもらえ。俺は忙しいんだ。



 当の袖女は早速、俺が教えた方法を実践し……



 見事に手を弾き返されていた。







 絶対に触らせてくれるとは言ってない。









 ――――









 その後、ついに時間は12時を回り、深夜と言える時間になった。

 俺にとってはまだまだこれからな時間帯だが、袖女は午前中までのパートで早めに出勤するため、もう寝るようだ。


「あぁ……また私は働くんですね……こんな男のために……」


「うっせ、ニートじゃねぇんだから、とっとと寝て働け」


「……チッ」


 なんちゅう奴だ。住まわせてやっているのに、家の主に対してこの態度。子供じゃないんだから。


 ……無理矢理住まわせてるようなもんだが。


 ちなみに袖女の寝る場所は、リビングの横の洋室。そこで布団を敷かせて寝させている。部屋としてはそこまで広くないが、寝る用途のためだけで使うのならば不自由ない。


 ちなみに俺はリビングに置いたベッドで寝る。普通リビングに置かねぇだろと思う人もいるだろうが、俺と袖女がおんなじ部屋で寝るのは、それはそれで事案だろう。


(まぁ……同じ家に住んでる時点で事案だとは思うがな)


 そんな事を考えていると……


「……それにしても、よく私を家に入れましたね」


(……? 何言ってんだ?)


 何を今更、そんなもん、弁償と家での家事をやらせるために決まってんだろ。


「そりゃあ……800万とられたんだから、その分は働いてもらわないと……」


「そうじゃないです。私を住まわせるという事は、私を近づけるという事……闇討ちでもされたらどうするつもりなんですか?」


「ああ……そゆこと」


 理解した。つまりこいつは、敵を家に入れたら不意打ちされるぞと言いたいのだ。



(……そんな初歩的なこと、俺が想定していないと思うか?)


「不意打ちするも何も………お前、もう俺にまともな攻撃できないだろ?」


「…………っ! 待ってください!! それは一体どういうーー「じゃあな、おやすみ〜」ちょ、待っ」


 袖女が言葉を述べきる前に、俺は洋室のドアを閉めきる。



「……ふぅー」


「ワン!!」


「ブラック……そうだな。また次の仕事を見つけないとな」


 そう言って椅子に腰掛け、パソコンを起動させる。アクセスするのはもちろん例の闇サイト。


「さて……探すとするか」





 そして夜は更けていく。









 ――――









「ん……ふぁぁぁ……」


 大きな大きなあくびとともに、俺はゆっくりと起床する。


 結局、俺があの後選んだ任務は、普通の護衛任務。護衛する対象もそこまでお偉いさんではないため、報酬も普通。

 それでもないよりはマシだと思い、その任務を承諾した後、眠りについたと言うわけだ。


 時刻はすでに9時を回り、普通のサラリーマンなら出勤している時間帯となっている。


「ワン!」


「おお、ブラック……ん、あいつは……もう行ったか」


 机の上に、作り置きの朝ご飯が見える。既に出発した後らしい。作り置きを作ってくれているとは、律儀なもんだ。






「さて……今日も1日、頑張るとしますか」



 また1日が始まる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る