黒の正体

 俺は銀行で残高を確認した後、俺はのそのそと家に帰るための足取りを進めていた。


 寄り道せずに帰り道を歩いたおかげで、ものの数分で我が家のマンションまでたどり着くことができた。

 紹介が遅れたが、俺の家は7階建てのマンションの2階の角部屋。1階だと盗難にあいそうだし、角部屋の方がお隣さんからの苦情が来にくそうだと思った結果だ。


 ちなみにまだ銀行カードは右手に握ったままである。財布入れるのも怖過ぎる。


「家に保管したいし、とっとと家に入ろ……」


 若干早歩きになり、マンションのエレベーターに乗り込む……



 エレベーターのスイッチを押し、エレベーターが降りるところを待っているところだった。



「……っ!」



 瞬間、後ろから感じる殺気。俺は足をピタリと止め、後ろの人物にバレないように左右を確認する。

 ブラックは既に退避しているようで、どこにもいなかった。


 身の程をわきまえているというか、臆病というか……


 周りに俺以外の人の姿はなく、間違いなく俺に向けられているものだということがわかった。


(3日前の万場家の関係者か? ……いや、万場家の人間に俺の姿は見せてはいない。あの時と服装も違うわけだからな……となると……)


「おい、あんた」


「…………」


「神奈川か東京の関係者だろ?」


 この可能性しかない。東京か神奈川の差し金。この可能性しかないのだ。


 となると問題は……


(どこで情報がバレたかだな……)


 ハカセから情報が漏れるのはありえない。と言う事は店主あたりか。店主ならば情報を知っていて、情報を売る可能性は極めて高い。


(いや……今はそんな事を考えている場合じゃない)


 まず、後ろにいる人物をなんとかしなければ。


 俺はそう思い、後ろにいる人物に意識を集中する。


 人は達人になると、後ろにいる人物の動きも手に取るようにわかると言うが、俺はそこまで武術を極めていると言うわけではない。"後ろにいる人物に意識を集中"なんて単語を使ったが、後ろに意識を集中したところで、向かってくる攻撃を避けれるなんてことができる訳がない。無論、俺と後ろの人物がどれくらい離れているかなんてのは論外だ。

 つまり、どうにかして後ろに振り向き、後ろの人物と面と向かう必要があるのだが……


「動くな」


(簡単にはいかないよな……)


 そう、この状況は後ろの人物にとってはこれ以上ないチャンスなのだ。俺が相手側だったら、そんなチャンスは絶対に逃したくない。ここで極限まで自分に優勢に立ち回るはずだ。


(というか、声たっかいなぁ……)


 意識して声を変えているようだが、明らかに男にしては声が高い。裏声を出しているのだろうか。


(……っと、危ない危ない。今はここを切り抜ける作戦を考えないとなぁ……)


 だめだ。こんなにホイホイ考えを変えてはいけない。俺はすぐにこの場を切り抜けることに頭を戻し、頭をぐるぐると回し続ける。


(こちらが位置的に不利な状況。その上俺は後ろを向いていて、不意をついて反撃しようにもワンテンポ遅れる……まいったなこりゃ)


 誰かは知らないが、俺の後に気づかずつかれるとなると、相当な実力者、もしくは気配を消せるスキル持ち以外にない。この状況下では、後者が望ましいが……前者である可能性もなくはない。


(とりあえず、相手の姿を確認しないことには始まらない……祈るしかないか)


 俺は目を見開き、覚悟を決める。


 この状況、もはや俺への多少のダメージは免れないだろう。だったら怪我するのを想定せず戦うより、怪我するのを想定して戦った方がだいぶマシだろう。あれだ。来るとわかって打たれる注射より、来るとわかっていなくてもできた切り傷の方が痛い。それと一緒だ。


(ここは思いきりよく……!)



(一気に前に出る!!!)



 手元に飛び道具があるわけでもない。あるのは念じれば出てくる剣1本。しかも念じなければならないので、出すのに1秒程度の時間が必要になる。


 つまり、今の俺には事実上武器が1つもない。


 ならば突っ込む。あえて突っ込む。作戦なんて思い浮かばない。あえて言うのなら突っ込むことが作戦。そして敵を拘束、尋問。ただそれだけだ。


 俺は瞬時に後ろの人物の方に振り向き、その両眼で相手を見据える。


(黒の人物!!!)


 そう、俺の後ろにいた人物は黒の人物だったのだ。距離は3メートルほど。少し走らなければ攻撃が当たらない位置関係。


(でも、今更そんなこと関係ねぇ!!)


 相手など誰でもいい。俺の背後に位置どり俺を狙った。それだけで殴る理由は十分だ。今はたまたまそれが黒の人物だっただけ。俺の歩みは止められない。


 対して、俺の動きを見た黒の人物も、右手を振り上げ拳を作り、殴りかかろうとしてくる。

 だが、お互いに少し踏み込まないと拳が届かない位置。なのにもかかわらず、黒の人物は踏み込まず、そのまま拳を突き出そうとしてくる。

 という事は、間違いなく見えない攻撃だ。拳を突き出すことがやはり昨日解けなかった条件らしい。


(……拳を突き出すことが条件?)


 少し疑問を覚えたが、そんなことを考えている余裕はない。拳が完全に突き出されるまで0.3秒。時間的にもう戦闘以外のことに割く時間はない。


 既にあの拳は止められない。回避することもできない。ならば、攻撃を受けた上でも突っ込むしかない。


 やせ我慢。古典的な方法だが、これにすがるしかない。


 俺も右腕に拳を作り、強く地面を蹴って殴りかかろうとした時。



 ……不意に、横から黒い物体が俺と黒の人物の間を通る。




「ブラック!?」


「ッ!?」


 何を馬鹿なことをやっているんだ。庇おうとしていたのだろうか。

 だとしたら余計なお世話だ。あんな小さな体1つでは、攻撃を受けた途端に体が爆散してしまう。その時に飛び散る血が俺の目に入れば、逆に不利になりかねない。


(一体何を――)


 しているんだ。そう言葉を出そうとしたその時。


「ッ!!!!」


 黒の人物の拳が一瞬、たった一瞬だけ、ピタリと止まった。


「でかしたぞ!! ブラック!!!!」


 これはすばらしい。黒の人物にも良心が残っていた。


 犬に向かってそのまま攻撃することを拒んだのだ。一瞬のタイムラグ。一瞬の隙。それは戦闘にとって致命的な決定打となる。


 その一瞬の間に距離を詰め、放たれた俺の右腕。ブラックはすでに通り過ぎ、十分に拳があたる距離。俺の拳は、人類が回避することができないデッドゾーンに突入していた。


「くらえよ!!!」


 俺の声とともに、俺の拳は黒の人物の顔面に向かって突き刺さる。鈍い音とともにのけぞる黒の人物。そこを見逃す俺ではなかった。


 俺は3日前にやったように首を思いっきり掴み、地面に叩きつける。





 地面に叩きつけた反動で黒のフードが剥がれ、その姿があらわになる。





 その正体は――――





「やっぱりお前か…………袖女」


「ッ……やっぱりとはなんですか、やっぱりとは」









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