温泉へゴー
「おおお〜ここが……」
俺はゲートを抜けた後、初めての大阪で、歩道を歩いていた。
人生生まれて初めての大阪。どこもかしこも笑い声や話し声で包まれており、みんなが笑顔、みんながとても感情的に見える。東京よりも賑やかで、神奈川よりも男が多い。とにかく住みやすそうだ。ハカセが大阪を勧めてきたのには、こういう理由もあったのかもしれない。
しかし、とにかくまずは風呂に行きたい。
この2カ月間、大阪に行くと何があるのかわからないため、とにかく節約することに徹した。本来、高校生のため、マンションの相場とかも全く分かっていない俺にとっては、500万でも何日暮らせるかわからなかったのだ。なのでとにかく節約した。節約に節約を重ねた。飯がバナナ1本だった時もある。その節約の1つとして、風呂を抜いたのだ。
そして今、2カ月間風呂に入らなかったことにより、匂いがものすごいことになっている。ズボンにも、上着にも、ハカセに作り直してもらった黒いジャケットにも、男特有の汗臭い匂いがこびりついてしまった。
そのせいで、俺の周りにだけ人がいないと言う精神的に心にくる状況になっている。
「ここら辺にあるはずなんだが……」
俺は道中で手に入れた大阪案内パンフレットを片手に、大阪の温泉施設の位置まで来た。この直線の道路を向かった先に、温泉によくある例のマークが見える。おそらくあれが温泉施設だろう。
「と……その前に……」
俺は近くにあった古着屋に入り、適当に安い服を選んでいく。大阪に来たのだ。早く住む部屋を決め、今後のことをゆっくりと考えたい。それにせっかく温泉に入ったのに、臭い服を着てしまっては、温泉に入った意味がない。それゆえに新しい服を買う必要がある。
俺はそんな事を考えながら、適当に選んだ古着を片手に、レジへと向かう。
「ありがとうねぇ、若いのにこんなつぶれかけの店に来てくれて……」
「いえいえ、ちょうどお金がなかったので。ここも良いところだと思いますよ」
「うれしいこと言ってくれるねぇ……そうだ。おまけで何か1つ、サービスしてあげるよ。好きなの選びな」
なかなか気前の良いおばちゃんだ。話を聞くに、あまり客が来ないらしい。俺にはそんなこと関係ないが、ここは好意に甘え、選ばせてもらうとしよう。
俺は古着がある場所に戻り、古着を選んでいると、古着が並んでいる棚の中にあるものを見つける。
「これは……指輪?」
棚の上に置かれた2つの指輪。箱もなく、目立った装飾もなく、ただ並べてあるだけの質素な指輪だ。
それにはどことなく目を惹かれる。そんな感じがあった。
「あの……店員さん。これはなんですか?」
「あははっ! おばちゃんでいいよ。……あーそれはねぇ、あたしが子供の頃、抽選で当たったやつでねぇ、抽選だから安物だけど、しっかりと鉄でできてるしいつか使えるかなぁと思っていたんだが、結局使わなくてねぇ……欲しいのかい?」
「……もらっていいすか?」
「かまわんよ」
俺はおばちゃんから、了承の言葉を聞くと、2つある指輪を2つとも取り、ポッケの中に突っ込んだ。
「待て待て、それじゃあ落としちゃうよ? ……ほら、袋渡してやるからその中に入れな」
おばちゃんはそう言って、レジからレジ袋を出して、差し出してくる。俺は、一度ポッケに入れた2つの指輪を取り出し、レジ袋の中に入れた。
「ありがとうございます」
俺はそのまま、レジにほったらかしだった古着を手に取り、店の出口へ向かった。
「また来てねぇ」
おばちゃんは手を振って、俺を見送ってくれた。何回も言うが、こんな時代に、なかなか気前の良いおばちゃんだった。
「しかし……」
俺も変な気がまわったものだ。安い指輪に目を惹かれるとは。俺の心にも、まだそういうものに憧れを抱いているのだろうか、自分の心と言うのは自分ではわかりにくいものだと聞いたことがある。自分自身で心を制御できないとは、人間とはよくわからない生き物だ。
そう思いながら、直線を向かった先にある温泉施設に到着した。たどりついた温泉施設はビルに似た構造になっており、3階建てで、1階ごとにエリア分けされている様だ。
俺の目当てである温泉施設は3階。写真を見る限り、露天風呂付きの良い温泉だ。
それでは早速、1階の受付で支払いを済ませ、ロッカーの鍵をもらう。この時代に金属製の鍵とは、これが粋と言うやつなのだろう。
俺は体のベタベタを我慢しつつ、3階へ向かうためにエレベーターに乗り込む。最初はこれからのためのただの一環と認識していたが、思いのほかワクワクしている。実は俺にも温泉を楽しむ心があったらしい。
――――
「ふぃ〜」
俺は温泉を満喫し、施設を後にしていた。やはり風呂と言うのはすばらしい。俺の汚れた心と、ついでに体もきれいにしてくれる。まじで垢が止まらんかった。
ちなみに、新しい服は水色の上着に、腰にようわからんヒモのついた至るところにポッケのあるズボンだ。なんて言うのかは知らん。
「さて、そろそろ……」
(不動産屋に行くか。できるだけ安いところがいいな)
そうやって、不動産屋に行こうとしたその時。
「ワン!」
「ん?」
目の前に、真っ黒い犬が現れた。
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