いざ、新たな舞台へ

「ん……あ……」


 一体どれだけ、どれだけの月日、目を閉じていたのだろう。いつまで暗闇にいたのだろう。それすらわからない時の中、光が灯る。


 これを見るのももう3度目。できればもう見たくないものだ。


(……まぁ、また見ることになるんだろうけどな)


 そして俺は光をつかむ。目的を果たすために。





「……あ、うあ」


 目を開けば知らない天井。白い壁、白い床、白い天井。ベッドの独特な感じからも、ここが病室であると言う事が理解できた。頭が痛い。かなりの時間眠っていた様だ。


「起きましたか」


 聞いたことのない声を聞き、聞こえた方へゆっくりと顔を向ける。


「安心してください。ここは病院です」


「……そうすか」


 病院。病院と言う事は、俺はあの神奈川から逃げ切った。逃げ切ったのだ。目の前の男は医者だろう。俺は自分の成り上がり様に、自分でも驚愕する。


(ちょっと前までクラスの底辺男……そんな男がまさかこんなことができるなんてな)


 純粋に嬉しい。そんな気持ちがこみ上げてくる。俺は今回もやり切ったのだ。そして次も、そしてその次も……


(成し遂げてみせる)


 初めての目標。はじめての夢。雲がかかった空のような俺の人生に、初めて彩りが、変化が生まれた。


 真っ黒の復讐心と言う彩りが。




 やり遂げてみせると言う変化が。



 俺の心を劇的に変え始めていた。




「そんなことより……どうします? もう退院できますよ?」


「……まじすか」


 怪我をするようなことなんて、久方ぶりだった。

 その性かは知らないが、目覚めたその日に退院できる声色に、喜びを隠しきれない。現代の技術に感謝だ。


「ええ……もう歩けると思いますし、血も元に戻しました。何ら不自由ないと思いますよ」


「……ありがとうございます」


 もうすでに、任務は終了したと思っていいだろう。まだ俺が死んでいないと言う事は、既に店主のもとにハカセが行き、代償の返済を終了したに間違いない。


 ……そういえば、ハカセは?



「あの……ハカセは……」


「ハカセ……? ああ、あのペストマスクをつけた方ですか。問題ありませんよ。あなたが起きたので連絡させていただきます」


「……そうですか」


(…………全てが終わった)



 俺は脱力し、改めて、任務の完了を実感した。









 ――――









「伸太!! 目が覚たか!?」


 俺が目覚めて1時間後、連絡を受けたであろうハカセが病室に転がり込んできた。肩で息をし、荒い息遣いをしている。かなり飛ばしてきたのだろう。


(嬉しがったらいいのか……体を大事にしろと言ったらいいのか……)


 まぁ、ここは喜ぶのが正解なんだろう。

 少しの喜びを体に感じ、ハカセにむかって言葉を発する。


「ああ……悪かったなハカセ。面倒かけちゃって」


「はぁ〜……全く、ほんとに死んだかと思ったぞ…まだまだお前には死んでもらっては困るからな」


(……ん? お前?)


「保護者様、もうすでに患者は退院できる状況にありますが……どうしますか?」


「はい。もう彼も大丈夫そうですし……今日の午後、退院することにします。本当にありがとうございました」


(……はい?)


 ハカセのこんな口調、聞いたこともない。外用の言葉遣いと言うやつだろうか。そういえば、初めて出会った時も今のような老人口調ではなく、どちらかと言うと社会人のような言葉遣いをしていた気がする。


(ハカセにもちゃんとそういうのはあったのか……)


 ハカセの新たな一面に驚きつつ、ベッドに身を任せていたその時。


「あの……申し訳ないんですが、先生抜きで2人でお話しさせていただきたいんですが……」


 ハカセが言葉を放つ。2人きりで話したいと言う事は、金がらみの話だろうか。


「おっと、私としたことが、配慮に欠けておりました……それでは2人とも、ごゆっくり……」


 そう言って、医者はささっと病室を出る。別に親子の感動の再会とかそういうものでは無いのだが……どう思われていようと、出て行ってくれたのは好都合だ。ゆっくりと話し合いができると言うもの。


「さて……伸太、言わなければならないことだが……まぁ、まずは良い知らせから言ったほうがいいわな……と、言うわけで……任務は成功した。よくやった」


 ハカセの言葉を聞き、ホッと一息つく。俺が生きている以上、代償は払い終わったと言うことなのだが……やはり考察するより、ちゃんと教えてもらった方が安心できると言うものだ。


「それと、良い知らせはもう一つ……これじゃ」


 ハカセは持ってきていたカバンから、とあるものを取り出す。


 その物体の正体は……それはそれは黒光りした剣であった。


「お、おい、それって……」


「ああ……店主がお礼にとウルトロンを分けてくれたんじゃ。そいつで作ってくれた……大サービスで付与エンチャントをつけてくれたんだと……オヌシにやる。うまいこと使え」


「まじでか!? サンキュー!!」


 俺は、興奮気味で剣を受け取る。剣は日本刀ではなく、西洋剣のような感じで、とてもスラッとした感じが見受けられる。


「お、おう……過去一興奮しとるなオヌシ……」


 当たり前だろう。剣をくれると言って興奮しない男はいない。ましてやこんな黒光りしたカッチョイイ剣だと、尚の事だろう。やっぱり凄まじくかっこいい。持ち手の部分も黒くしたのには、店主のセンスを感じる。いい趣味だ。


「あ、でも……こんなのもってたら一瞬で不審者だぞ?」


 ここは動乱渦巻く戦国時代ではない。同じく動乱は渦巻いているが、現代では剣を持って歩くのは禁止されている。こんなのを腰につけて歩いていたら、一瞬で職質にあってしまう。


「あーそれは問題ない。ほれ、剣に消えろと念じてみい」


 俺はハカセに従うままに、剣に向かって消えろと念じてみる。


「……えっ」


 するとどうだろう、さっきまで手元にあったはずの剣は、一瞬にして見えなくなってしまったではないか。透明になったのかと疑ったが、さっきまで感じられていたズシリとした重みが感じられない。手元からは完全になくなっている。


「お、おい! 一体どういう「で、次は出てこいと念じてみい」……ああ? ……うおっ!?」


 またまたハカセに従い、今度は出てこいと念じる。するとどうだろう。剣がなくなり、フリーだった右腕に、新たにずしりと重みを感じる。右腕を見ると、そこには今までなかったはずの剣があった。


「ハ、ハカセ……これって……」


「うむ、これが店主の付与エンチャントして剣に付けた能力……まぁ、対価の代償でつけとったんだかな……"具現化"じゃと」


「なるほど……これなら安心ってわけか……」


 これは嬉しい。初めて誕生日プレゼントをもらった気分だ。


 嬉しみ深し。


「……さて、良い話も終わったところで、次は悪い話をしよう」


 さぁ、おそらく、次が本番だろう。この話1つで俺の向かうルートがどういうものになるのか、それが決まるからだ。


「……東京派閥がいよいよオヌシのことを指名手配した」


「……そうか」


 まぁ、わかりきっていた事だ。


 神奈川とは言え、東京の実力者もいる中で、堂々と姿を見せてしまった。顔は黒マスクで隠せていたとしても……スキルの関係上、ばれるやつにはばれてしまっただろう……


「と、言うことで、オヌシは東京以外のところに行かなければならぬ……それは理解してくれるな?」


「……ああ」


 どうしようか。東京以外に親戚なんて1人もいない。父さんや母さんの親族なんて知らないし、そもそもその2人もどこにいるかすらわからない。どうしたものか。


「そこでじゃ……ワシに良い提案がある」


「……ほう。どんな提案だ」


「クククッ……心して聞け〜」


 さて、どんなぶっとび提案が飛び出してくるのか。








「伸太よ。大阪に行ってみる気はないか?」





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