進路変更
伸太たちが車で逃亡して数分。
キャンプ場では、血まみれで横たわる浅間ひよりと、その体を必死に揺らす1人の少女の姿があった。
その少女の名は……黒のビショップ、旋木天子であった。
「ひより! ねぇ! 起きてよ……ひより! ひより!!」
天子は、横たわるひよりの肩を必死に揺らす。だが、もちろんのこと、浅間ひよりは目覚めない。そんなことで目覚めていたら、どんな人でも救えている。
「そうだ……息は……」
天子は必死な顔になり、息を確認する。その表情からは、とても黒のビショップとは思えない悲痛な表情していた。
「……! ある! まだ……まだ!!!」
どうやら息はまだあったようで、悲痛な表情が明るい表情に変わる。なんとも顔に現れやすい子だ。そういうところも人気の1つなのだろうか。
「でも急がないと……! この量の血じゃあ……」
確かに息はある。だが、体いっぱいに広がる血、しかも手首からの出血だ。いくら息があると言っても、ちんたらしていると失血死してしまう。
「生きててね……すぐに治るから!」
天子はひよりをおんぶする姿勢で持ち上げる。
すると…………
「ふん、ぬっ!!!」
天子はひよりをおんぶした状態で、空へと跳躍する。伸太の足に反射を込めた高速移動とは違う、完全な高速飛行。旋木天子はそれを可能にしていた。
天子は、さらに速く、もっと速く飛行する。1分1秒でも早く、友を助けるために。
――――
「むう……ここもか……」
ワシは目の前の状況に、もう飽きたと言う表情になってしまう。なぜそんな表情になるのか。それは、さっきから何度も見るこの現場にあった。
「すいません! 神奈川の安全のため、おひとつ協力していただきたいことが……」
「東京へはどういった用件で……」
目の前では、東京と神奈川の県境で、他の車が検問に引っかかっていた。
他の所もそうである。どの通路にも、しっかりと検問が配置されており、これで何度目かもわからないほどの遭遇だった。おそらく、ワシらが起こした事件に紛れ、逃亡されるのを嫌ったのだろう。
「これではたどり着けん……」
検問を切り抜けようにも、伸太は重傷だ。無理矢理隠しては、傷を悪化させてしまうかもしれない。何とか隠せたとしても、誰も乗っていないリムジンに1人仮面男が運転していては、怪しいことこの上ない。間違いなく時間をかけて車内を探されてしまう。伸太が見つかるのは必定だろう。
このままでは時間が流れるだけである。ここは一旦離れ、考え直すことにした。
「ここら辺ならいいか……」
ワシは横道にあるパーキングエリアに目をつけ、そこにリムジンを駐車し神奈川の地図を広げ、これからの進路を練り直すことにした。
(神奈川A市からの東京への通路は、ワシが行ったところは全てに検問が配置されていた……その徹底具合から見て、他の通路にも検問か何かが配置されている事は間違いないじゃろう。つまり、神奈川A市から車で東京に戻るのは、実質不可能と言うことか……)
つまり、最短ルートは完璧に封じられていると言う事だ。A市以外から抜けるとなると、最低でも1日はかかってしまう。
「たとえ抜けられたとしても……肝心の伸太が生きているかどうか……」
きわどいところだろう。伸太は回復系のスキル持ちではない。よって、傷の治る速度は常人とそう変わらない。包帯やら何やらで止血、応急処置はしているが、何十時間もつか……少なくともこのままでは、2日もかかれば死んでしまう。
つまり……今後のルートとしては。
1日かけ、東京に戻ってから伸太を病院かどこかで治療するしかない。あの時の警察虐殺事件で、顔が知られている可能性があるが、おそらくその可能性は低いだろう。何故かと言えば、あの事件がばれてしまえば、謝罪会見などでマスコミによって言及され、レベルダウン壊滅の事実にこぎつけられる可能性がある。そうなれば、大騒ぎも大騒ぎだ。なのであの時の事件の犯人は不明、マスコミにも圧力をかけている可能性がある。事実、東京派閥からそういった大きな話題は聞こえてこない。つまり、東京派閥自体が隠蔽している可能性が高いと言うことだ。
これらの理由から、伸太自体を病院に連れて行くのは何ら問題ないだろうと思われる。
次に、肝心の東京までのルートだが……
「……内陸が好ましいのう」
もしものときの逃げ道を考えれば、内陸が1番いい。なので、とにかく内陸よりに動くことにしよう。
「……よし、逃走ルートはB市にするとしよう」
B市は、A市の左にある内陸地だ。交通手段も多く、逃走ルートの多さに優れている。これ以上の立地はないだろう。
ただ1つ、記念すべき点は……
(神奈川と東京も、同じことを考えている可能性がある)
神奈川と東京は最大派閥だ。いくら上層部が腐っていると言えど、身の安全ばかり考えているとは思えない。かなりの確率でB市にも手を伸ばしている事だろう。
だが、時間は有限。足踏みしていると伸太は死んでしまう。だとすれば、1分、1秒でも早くB市にたどりつかなくてはならない。
ワシは早速、パーキングを出て、B市へと車を進めた。
――――
一方、同時刻………
「長官! 今すぐにでも奴らを追うべきです!」
「だめだ! 奴は逃げたと思わせて、近くに潜んでいるかもしれない……我々の安全が確約されるまで、ここから離れる事は許さんぞ!」
東京派閥と神奈川派閥は、既に重要人物を近くの避難施設に退却させていた。
そこでは、長官とチェス隊による口論が行われている。
「長官! いい加減目を覚ましてください! 今回奴に奪われたものは、今までとはレベルが違います! どんなことに悪用されるかわからない……しかも、奴にはもう1人、仲間か何かがいることを確認しました。もし民間人だった場合、それが世間にバレればとんでもないことになりますよ! 今からでも、十分追う価値はあります!」
「だめだと言っているだろう! 確かにウルトロンは奪われた……だが! 当初の目的だった東京派閥との同盟は成立したのだ! ここで会場の爆破だけならまだしも、死傷者まで出してしまえば、神奈川の信用は地に落ちる! その民間人の話だって、バレなければ何の問題もないだろう!! 追うのは明日でもいい!! それともなんだ? 長官に逆らうのか!?」
「…………」
旋木天子は内心、歯ぎしりをしていた。ウルトロンを強奪され、友である浅間ひよりをも傷つけられた。チェス隊の中でも、伸太たちに対して、最も怒りを感じている人物だろう。
「それに、黒のポーンの1人は瀕死の状態で見つかっていたらしいじゃないか!」
「……っ!!」
「私に無断で追ったにもかかわらず、ズタズタになって帰ってくるとは……だから言ったのだ!! 追うべきではないと!!!」
「こんな大変な時に、無駄なことで人の手を煩わせるな!!!! チェス隊の失態は神奈川派閥の失態だ!! 少なくとも今日1日は別の場所へ行く事は許さん!! いいな!!!!」
長官はチェス隊に対して、大きく怒鳴り散らし、足早に施設の奥へと進んでいった。
「……っ」
「……天子ちゃん。今は耐えるのですよ」
私の肩を叩きながら、美代さんが励ましの言葉送ってくる。
「……わかっています」
わかっていると言いながら、その口からは一滴の血が垂れていた。
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