思い出す
「あまり時間はかけたくありません……そろそろ終わりにしましょう」
そう言うと袖女は構えをとる。正拳突きの構えではなく、サッカーのシュート前のような構えだ。
「オーラっ……キック!!」
足を振る速度の分、構えから発射までのタイムラグがほとんどない。しかも、威力もオーラナックルより上ときた。
……だが、くるとわかっていれば、かわすことなど動作もない。
「ちょこまかと……」
「こういう戦い方なんでね……」
俺は既に反射で横っ飛びし、オーラキックを回避していた。一見、弱点などないように思えるオーラキックだが、一度見るだけでも、弱点がいくつか露呈する。
まず1つに、オーラナックルより攻撃範囲が狭い点だ。
一度受けたときに感じたが、腹にしか痛みは感じなかった。威力が上がった分、その攻撃範囲はサッカーボール程度しかないのだろう。つまり、足からサッカーボールのようなものを出している。本当にシュートみたいだ。
もう一つの弱点は、一撃一撃に足を利用する点だ。足は人体を支える重要な部位である。2つしかない足の内、片方を上げると言う事は、体のバランスが弱くなり、そこを狙われればバランスを崩すことは間違いない。
つまりタイミングをあわせれば、崩せる可能性がある。
……だが、相手は黒のポーン。そんなことを前々から想定しないわけがない。
「オーラナックル!!」
横っ飛びしている最中、タイミングを合わせてきたのか、オーラナックルが真横を通り過ぎる。パッと袖女の方を振り向くと、右腕を無造作に振り抜いた後の体制になっている。放った後の袖女の体制を見る限り、予備動作なしのオーラナックルだった様だ。
そこからすぐに体制を立て直す。体制を立て直すと言っているが、無造作に腕を振り抜いた体制から立て直すなど、0.何秒もかかるかどうかだ。そんなものチャンスではない。
そしてそのまま、また右足でオーラキックを打ってくる。
……なるほど、これこそがオーラキックの後の、不安定な体制をカバーする予備動作無しのオーラナックルか。
連続して打つことによって、2発目のオーラナックルを打っている間に体制を立て直し、またさらにオーラキックを打ち込めると言うわけだ。
後はそれを繰り返すだけ。簡単に言うと無限コンボ。
……なるほど、確かに必勝パターンだ。
こんな状態になってしまえば、後は逃げ惑うままだ。遠距離からの強力な攻撃だけできついのに、それを連発されてしまうと隙すら伺えない。
「あっ……ぶねえ!!! 袖女ァ! 何回も連続で打ってくるな!! 両親に習わなかったのか!?」
「……敵なんだから当たり前でしょう……それと、私は袖女じゃありません!」
オーラキックを打ってきた瞬間、地に足をつけてもう一度、反射を使い、さらに横に飛んでいく。もはや半分浮遊してる様なものだ。
広大なキャンプ場を高速で移動しながら、飛び交うオーラをかわしていく。すでにキャンプ場の木や岩はほとんど倒壊しており、駐車場はひび割れだらけ、まわりの地面は地震が起きた後のようになっていた。
そんな中、俺はオーラを避けることに必死だ。横に飛んでいく動きは、数分たつと袖女の周りで円を描きながらオーラを回避し続ける動きになっていた。
その時、袖女は業を煮やしたのか、攻撃を急に止め、俺に警告してきた。
「もはや勝負はついたでしょう!! 私は敗者に鞭打つほど短気ではありません! どちらにしても死刑は免れないでしょうが……私に殺されるよりはマシでしょう!! もう投降なされては!!」
(……敗者だと?)
……俺は負けてはいない。いつもそうだ、あの学校の時だってそうだった。何にも始まってもいないのに、最初から俺は敗者の様に扱われる。
……その汚物を見るような目で、やりたいことすら束縛される。そして居場所までなくなって。
なくなって。なくなって。なくなって。
……ふざけるな。
(なんだ……これ)
ふつふつと何かが湧き出てくる。心の奥底から湧き上がってくる感情。カッとなる。ぞわぞわする。幼なじみとの下校の時とは違う。
――――ああ、そうか……これが……
――――怒りか。
この感情を自覚した。だから冷静になったと言うわけではない。怒りは収まらないし、俺の心を支配する……闘志とでも言おうか。燃えたぎったままだ。
(熱血男かよ……)
危ない危ない、文だけ見れば、俺が1番嫌いな人種である"きっとできる"と無責任に言い続けるような人間に勘違いされてしまう。
(……もっと残酷チックに考えたほうがいいかな)
「止まらないとは……反抗とみなします」
そんな事を思っていると、袖女は攻撃を再開する。ぐるぐると、まるで時計の針が高速で回転しているかのように動く俺に対して、タイミングを合わせてオーラキックを打ち込んでくる。
オーラキックは何とかかわせた……が、オーラキックをかわした後、足を地面に踏み込むと、石につまづきバランスを崩してしまう。
「しまっ……」
ここにきての凡ミス。回避するためのスピードが重要な今。失速の原因となるつまずきは不味い。オーラキックと予備動作なしのオーラナックルとの合わせ技である以上、次に来るオーラナックルをかわせないと詰みだ。
「……っ、こんのっ!」
つまずいた瞬間、地面にわざと手をつけ、逆立ちのように足を上げる。手をつけたバク転のようなものだ。これで、顔にダメージを受けるような致命傷は受けないだろうと言う考えである。
だが。
そう思った瞬間、目の前で腕がえぐられた。
……初めてだ。目の前で自分の肉がはがれる瞬間を目にするのは。ちょうど骨は回避できたようだが、うまいこと腕の上の部分の肉をえぐられる。
「ぐがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
強烈、強烈だ。今まで、骨を折られたり、みぞおちを殴られたりしたことがあったが、すべて経験したことのある痛みだったため、まだ耐えることができた。
だが、今回ばかりは訳が違う。肉がえぐられる痛み。慣用句でも表現でも何でもなく、本当に肉がえぐられた。目の前でえぐられた瞬間を見たと言うこともあり、ショックもとてつもない。今でも腕の骨が丸見えで、骨の間に残った肉が、まるで、マグロの中落ちのようになっているところを見ると、嘔吐感すら感じてしまう。
そうやって立ち止まり、叫び声をあげていると、急に後ろから破壊音が鳴り響く。おそらく、袖女のオーラだろうが、死への誘いの様な、そんな音な気がした。
「ちっ……いいところで外しましたか」
「あぁ……かぁ……ガフッ」
だめだ。口から血も出てきた。子供でもわかるような、危険な量の血。もちろん腕からも血がどくどくと流れでる。
「もう、限界ですね……」
かなり体にガタが来ている。今回は前の戦いと違い、疲れではなく、直接的なダメージでの体の限界が来ている。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
ちょっと前まで高校生だった人間に、この痛みは耐え難い。周りが見えなくなる。頭の中の思考回路が痛みで塗りつぶされる。美しい絵画に真っ黒の絵の具を塗りたくられるように、その人のことしか考えられなくなる甘酸っぱい初恋の様に、強く、強く潰されていく。
頭の中で、今までの人生がフラッシュバックのように流れてきた。
走馬灯と言うやつだろうか。言葉とともに、目の前にやつらが現れたように感じる。
『あんまり調子にのんなよ? ゴミが』
『よう無能力者?』
『所詮は無能力者……この程度か』
『しょうがないよ! しょうがないしょうがない!!』
……今までろくなもんじゃなかった。
そして……最後に聞こえたのは……ハカセの言葉。
『自分に……正直になれ』
いつも流されてばかりだった俺に、初めて選択肢をくれたんだ。
……間違えてたまるか。
(まだ……まだだ!!)
間違えない。俺はもう間違えない。もし、俺の選んだ選択肢が間違っていたとしても。
「俺は間違いをねじ曲げて、正しい選択にするんだ」
袖女はもう終わったと思っているのか、警戒は解いていないが、攻撃をしてこない。最初は殺してやるとか言ってたのに、非情になり切れないと言うやつだろうか……
だが、この場に限ってはありがたい。このタイミングで考えなければ、攻略しなければ、もう道はない。
考える。考える。考える。
頭の回転を観覧車ではなく、全力で回したコーヒーカップ並の速さで回転させる。
俺の勝ち筋は、もはや接近戦しかない。だが、接近戦に持ち込むにはあのオーラキックとオーラナックルの無限コンボを突破する必要がある。しかもこの出血量から見て、俺に残された時間はわずかだろう。
「…………」
『考えろ! 観察しろ! 思いだせ!』
(観察……)
俺は周りをぐるりと観察する。割れた地面、粉々になった木、倒壊している建物、穴が開いたコンクリートの壁……
(……ん?)
俺は、ついさっき袖女に破壊された後ろのコンクリートの壁を見る。
道路とキャンプ場を区切るために作られたもののようだったが、壊され方が少し変だ。
確かに破壊されてはいるが、その奥の道路がまるで破壊されていない。
かなり変だ。袖女のオーラはビルをも破壊する力がある。そんな力がありながら、薄いコンクリートの壁しか破壊できないのは妙だ。
(思いだせ! 何かなかったか? 袖女の不自然な動きは……袖女との戦いの中で、何か変な事はなかったか?)
(思いだせ。考えるんだ。袖女の動きを。今までの戦いを。
袖女の戦い方、そして周りの状況を、すべて意味あるものと考えるんだ)
そして……全てを思い出し、理解した時。
バラバラの点と点が、全て、全てつながった。
(……これだ。これしかない)
つながった瞬間、俺の脳内に現れたのは、"やれるのか? "と言うことではなく、"やる"と言うことだけだった。
もう迷ってはいられないのだ。
心でまだ燃え盛る、怒りの思いで前へ踏み出す。
(……さあ、魅せつけに行こう)
自分の今を守るために
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