ツカまえた

 俺は怒りを原動力に、血まみれの体を無理矢理動かし、最初の一歩を踏み出す。

 袖女の眼からは、俺は一体どう映っているんだろう。醜く見えているのだろうか、はたまた勝利をあきらめない主人公の様に見えているのだろうか。


 ……残念ながら、俺の心に渦巻いているのは怒りだけだ。


 できれば猟奇的な殺人鬼のように見えて欲しい。

 俺は優しい人間になりたいのではなく、簡単に何かを殺せる人間になりたいのだから。


「……投降する気にでもなりましたか?」


 どうやら袖女の目からは、もう観念したかのように見えたらしい。


(まぁ、誰にどう思われてようと関係ないか……)


 俺の心は変わらない。


「お前を……殺すために歩いてるんだ……だから」


「…………」


 袖女の顔が一気に険しくなる。殺すなんて言われたんだから、当然と言えば当然だ。

 だが、俺の言葉1つで袖女の感情を操っていると思うと、自分が上に立ったみたいでゾクゾクする。人間とは上に立ちたがる生き物だが、今になって、その理由を再確認できた。

 胸を張り、傷ついた肺をフルにつかって、大きく叫ぶ。








「もうすぐ……終わりだ!!!!」









 ――――









(殺すだと……? もうすぐ終わりだと……?)


 彼から漏れた言葉に、思わず右手を握りしめる。

 いつだってそうだ。私は選択肢をもらえなかった。


 ……そして、今もそれは変わらない。


 何も知らないくせに……何も知らないくせにそんな口を私に聞くな。


 そうだ……私は。


(約束を破るのが大嫌いでしたね……)


 危なかった。もうすこしで嫌いな人種の仲間入りをする所だった。最初殺すと言っていたのに、殺すのを躊躇してしまっていた。


 だが….今なら。


 彼に怒りを抱いた今なら……何のためらいもなく殺せる気がする。





 彼は、私に向かって移動してくる。

 無論、あの弾くスキルを使っているようで、オーラによる感知がないと、目で追うのも難しいレベルだ。


 しかし、私の開発した無限コンボにかかれば、いくら速度があろうが関係ない。その前に近づかせなければいいだけのことなのだから。


「はぁっ……!!!」


 向かってくる彼に対して、オーラキックを打ち込む。これにより、彼がオーラナックルを受けても前へ進んだ時のようになることはないだろう。

 理由は簡単だ。おそらく彼は、前に進むことによる推進力を利用し、私のオーラを相殺して前に進んだんだろう。一見、凄く強気な行動かつ、強力な一手のように見えるが、対抗策など簡単なことだ。さらに強力なパワーを打ち込めばいい。1+1を解くより簡単な事だ。

 という事で、ここはオーラキック一択。それ以外に答えはない。オーラナックルを使うと、威力がさほど変わらず相殺されてしまうだろう。だが、オーラキックに必要な蹴りに必要な足は、腕の2,3倍のパワーを誇る。これにより、彼は相殺することができない。となると、彼のとる行動は1つに絞られる。


「……ふっ!!」


(そうくると思いましたよ!!!)


 そう……瓦礫を使ったカードだ。


 あの時と同じ動き。東京A市で最後にしてやられた動きだ。

 どんなスキルでそうなっているのかわからないが、私のオーラによって瓦礫だらけになった地面を持ち上げ、盾に使う動き。


 ……あの時はしてやられたが……今回は違う。


 "わざと"瓦礫でガードさせたのだ。その理由は次の行動にある。


「はああああ……!」


 左足でオーラキックを打った瞬間、そのままの勢いで、右腕でオーラナックルを放つ。そう、一発目はフェイクであり、本命は二発目のオーラナックルである。

 実践してみて欲しいのだが、左足で蹴ってからの右腕でのパンチと言うのは、体制を立て直すことなく、自然に、圧倒的に、簡単に連続で打つことができる。

 瓦礫で一発は防げても、ニ発目の攻撃は絶対に防げない。

 私のスキル"オーラ"の性質上、盾がもう一つあるわけでもない限り、防ぐことは不可能だ。


 そして、彼のスキル的にも防ぐ事は難しいだろう。

 そう思った理由はこうだ。私は彼のスキルを、弾いたりする単純なスキルとばかり思っていた。だが、この戦いの中で、それには条件があるんじゃないかと睨んだわけだ。最初に気づいたのは、スキルで私の周りをぐるぐる回っていた時である。瓦礫でガードすると言う攻略法を知っていながら、それを行わないのはかなり妙だった。

 おそらく、足を弾いて高速で移動しているのだろうが、それをしながら瓦礫でガードすれば、腕をえぐられるダメージなんて受けなくてもよかったはず。


 ……と、言う事は、何らかの理由があるはず。それを考えていくと、ある1つの仮説にたどり着いた。


 一度にたくさんの行動が行えない。


 これがスキルの使用条件としてあるのではないだろうか。それならば、瓦礫を持ち上げなかった理由にも納得がいく。


 逆に聞くが、これ以外の仮説があるとでも言うのか、あるのならばぜひとも教えて欲しい。


 ともかく、この仮説に基づけば、瓦礫を持ち上げた直ぐに、ピンポイントで攻撃されそうな場所をガードする事は至難の業だ。そもそも瓦礫で視界が塞がれている分、スキルを使うことすら難しいだろう。


 この仮説を信じての攻撃。この仮説が間違っていたとしても、防ぐことなどできないであろう2回攻撃。




 ……拳を振り抜く。



(……勝った!)





 だが、戦いと言うのは。




 油断したやつから負けていくのが常だ。





 私のオーラナックルで、服が破かれ、鮮血が舞うはずだったのに。


「……なぁあ?」


 舞ったのは、服の方だけ。彼が着ていた黒いジャケットだけがビリビリに引き裂かれ、中を舞った。


「ジャケットを!!」


 そう、彼はただ瓦礫を持ち上げてガードしていたわけではない。瓦礫の裏に、私に見えないようにジャケットをかぶせることによって、二発目もカードできるようにしたのだ。

 通常、ジャケットをかぶせた程度で攻撃が防げるとは誰も思わない。

 つまり、知られてしまった。



 私のスキルの弱点を。



 ジャケットが破れた瞬間、私と彼の距離をほぼゼロに詰められる。無理矢理連続でオーラを打ち込んだことにより、体勢がまずい。オーラキックはおろか、オーラナックルだって打ち難い。


 そのまま頭を掴まれる。急な締め付けられる衝撃に、自然と痛みを感じるが、その後すぐに後頭部に痛みを感じた。どうやら地面に頭から叩きつけられたようだ。


「ひぎっ……ぐ……」


 そのまま足の"弁慶の泣きどころ"の部分を足で抑えられ、足の動きを封じられる。


(まずい……!! 何とかして脱出しなければ……!!!)


 このままでは非常にまずい。このままでは彼のなすがままだ。


 ……だが、こんな時でも安心できる要素が1つ。


 私だって、伊達に黒のポーンをしていない。長くやっていれば、こういう場面なんて何度でも遭遇する。そんなもの、対策していないわけがない。こういう時のためのオーラバーストだ。四肢を塞がれていても、状況をなんとかすることができる唯一の対抗手段。今使わずしていつ使う。


(よし…これで脱出ッ……!?)


 その瞬間、右腕に鋭い痛みが走る。


(まさか……まさか……!!)


 ゆっくりと、恐る恐る痛みが走った右腕を見る。




 ……そこには、大きな片手サイズの木の破片で、手首を串刺しにされた……自分の右腕があった。



「ぐがあああああああああああああああああ!!!!!」


 痛い、痛い痛い。これ以外でこの感覚を形容する言葉があるのだろうか。何かに刺されると言うのは、自分が思っている10倍、いやそれ以上かと思うほどだ。


 当の突き刺した本人は、そんなことはどこ吹く風といった表情をしている。しかし、その目の奥底では、確かな心の荒みと怒りを感じた。


(本気だ……本気なんだ……本気で私を殺す気――)


 そう思っていると、彼はどこからともなくもう1本、木の破片を片手に掴む。


「あ……あ、あ」


(やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて――――)


 そんな心はもちろん届かず――――木の破片がもう片方、残った左腕の手首に突き刺さる。


「ああああああああああ!!!!」


 痛い、痛い、痛い。思考回路が、その2文字だけで埋めつくされる。痛い。ただ痛い。そんな思いが積み重なって――――



「……うるさいな」



「ああああああああ――――がぁ……が、ぁ、ぎ、」



 なんだ。呼吸ができない。息が詰まる。涙が出てくる。

 どうやら首を締められたようだ。激痛に次ぐ激痛で、もはや頭の中には、オーラバーストを使うと言う事が頭の中からなくなっていた。


「カヒュー、コヒュ……ゲフッ、ゴフッ……」


 首もまだまだ締められているが、呼吸できる程度には緩められたようだ。空っぽになって、しぼんだ肺が急激に酸素の吸引を始める。


 そして、呼吸も落ち着かず、情けなく涙もボロボロと出ている中で、彼はポツリと言葉を落とした。








「お前は……何も成長してなかったんだな」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る