本当の必勝パターン
攻略された。
私の一撃を……絶え間ない努力の中で手に入れた至高のパンチが……こんなポッとで相手に。
(…………)
頭がぼーっとする。予想外、考えられない事が起こると何も考えられなくなると言うが、私の中では初めてだ。
頭が真っ白になるとはこういう感覚なのか。
頭が回転してくれない。体が止まったまま動かない。時間にして数秒の停止。だが、数秒と言うのは戦いにおいて致命的な差をもたらす。
「だぁっ!!」
彼の拳が私の顔に向かって迫ってくる。肝心の私は数秒の停止によって、回避の判断が遅れてしまった。
何とか首をグラインドさせ、拳をかわそうと試みる。
「ちぃ……!」
「……」
かすった……私の右頬に刃物で切りさかれたかのような傷が出来る。かすっただけなのにもかかわらずこんな傷ができると言うことは、彼もここに至るまでにかなりの練度まで高めているということがわかる。
だが、その程度のことで怯む私ではない。すかさずがら空きになった右脇腹にパンチを突き出す。彼もそんな動きは見きっていたようで、もう片方の腕できっちりガードしてくる。
その後はひたすら拳のぶつけ合いだ。どちらかが拳をかわせば、どちらかがその隙をついて攻撃を入れようとする。
彼の視点からすれば、お互いに拮抗状態。あの弾かれるスキルを持っている以上、自分側が有利。接近戦ならば負けはない。後は耐久戦で粘り勝てる。
(…………そう思っているんでしょうね)
だが、こちらにだって奥の手はある。おそらく彼は遠距離からのオーラナックルで勝ちきる事が必勝パターンだと思ったんだろう。現に私にぴったりくっつき、オーラナックルを出させない動きをしている。
(…………見せてあげますよ。本当の必勝パターンを)
――――
(よし……よし、よし!!)
ゲームの世界かと思うほどに立ち回りよく動けている。神奈川派閥の超トップクラスの人間と戦えていると思うと、体の身震いが止まらない。武者震いと言うやつだろうか。
反射がある以上、近距離戦はこちらが有利なのは間違いない。闘力操作はがっつり使ってしまったが、そこもまた1ヵ月と言う時間をかけて成長したのだ。容量の8割ほどを使ってしまったが、まだ2割残っている。
このままタイミングを見て反射を使い、形勢を一気にこちら側に引き込む。そのまま頭をつかんでチェックメイトだ。
ハカセも離れてくれているようだし、遠慮なく戦える。
そう思いながら殴り合うこと数十秒。先に手を打ってきたのは袖女の方だ。
「オーラバースト!!」
前の戦いでも使った袖女を中心とした衝撃波。射程はそこまでないようだが、俺を引き離すのには充分と判断したのだろう。
だが、そこを対策しない俺ではない。
(対策ずみだっ……ぜっ……!!)
少なからず引き離したと思っただろう。だが、だがだがたが!! そうは問屋がおろさない。俺は既に接近し、袖女の目と鼻の先まで来ていた。
なぜ袖女の衝撃波をくらっておいて、接近しているのか。
これはもちろん、1ヵ月の特訓によって得た成果だ。
俺の反射はあらゆるものを反射する。生物から命のないものまで全て、全てを反射するのだ。そして、反射のスキルを使っている時、新たな可能性を見出した。
それが……物質の重さを無視した反射である。
それはどういうことなのか、簡単な例えを使って説明しよう。
例えば、全く同じ筋力、背丈をしている野球選手が2人いて2人で2つの野球ボールを投げあい、空中で激突させるとしよう。
するとどうなるか?無論、お互いのパワーはぶつかり合い、2つのボールはどちらも後ろに吹っ飛ぶだろう。
しかし、2人のうちの1人が野球ボールの代わりに小石を投げたとしたら?こちらも当たり前だが小石が吹っ飛び、野球ボールはそのまま直進することは明確。
そんな当たり前のことだが、よく考えて欲しい。
小石が野球ボールに負けるのは何故か。それは物質の重さである。人がサッカーボールを蹴るとサッカーボールが吹っ飛ぶように、人が大きな岩を蹴ると蹴った足の方が吹っ飛ぶように……それは当たり前のことであり決して覆ることのない物質の絶対基準だ。
……しかし、俺の反射でのみ、その絶対基準を覆すことができたのだ。
それに気づくことができたのは、特訓中、自分のやっていた戦闘を見直そうと今までの戦闘を思い出していた時である。
その日、俺は反射を体になじませようと小石を使ったり、地面に向かって反射をまとわせた拳を打ち込み、地面にヒビを入れ、意識的に反射の威力を制御できないかと訓練をしていた。
……まぁ結論、意識的な威力の制御はできなかったのだが。
そんな訓練の中で、ある1つの疑問が生まれる。
前の例えのように重いほうが押し負けて飛んで行くのならば、地面に拳を打ち込んだとき、拳の方が弾かれるのではないのか。
そして検証の結果、俺の反射のみ、重さや大きさを無視して弾くか弾かれるかを選択できるのだ。それも意識的に。
今まではそれを無意識的にやっていただけであり、もともとあったものだ。それを自覚しただけ。
だが、自覚しているのとしていないのでは、応用力に大きな差が生まれる。視野が広がり常識が消える。
そして生まれたのが……俺の新技"ダストジャンプ"だ。
どうやってやるのかと言うと……砂埃を蹴る。それだけでいい。自覚することにより生まれた新たな力だ。
俺の反射は重さを無視する。そして砂埃も物質だ。ならば踏める。踏めない道理は無い。そして自分を弾けば……はたから見ればまるで空を蹴っているように見えると言うわけだ。
あのオーラのようなものを使えば砂埃が舞う。それによって距離を取られる事を想定して用意しておいた奥の手。
オーラを打ち出すあの技も、構えが取れていない。そのまま右ストレートを決めれば勝ち確定。
勝利の道筋が見えた。
「……え?」
……が、その時、強い衝撃が腹を襲う。そのままの勢いで吹っ飛んでいく。
(馬鹿な、馬鹿な、そんなはずはない)
完璧だった。相手に隙を与えていない、構えもとってはいない。すべてが順調だったのに…………
そう思い、斜め上に吹っ飛んでいくまま、袖女の方を見つめる。
すると、驚愕の事実が発覚した。
「……キック?」
「……そう、オーラキックですよ」
なんて事だ。拳ではなくキック。盲点だった。
それならばわざわざあんな無駄な構えは取る必要は無い。
つまりは……誘われた。このためにわざわざ隙を作り、これを叩き込むチャンスを今か今かと待ち望んでいたんだ。
しかも、キックの単純な威力は拳の3倍、拳より威力が高い分、反射で相殺できない。
そのままやまなりに飛んでいく。やまなりに飛んでいくとは言えど、地面にぶつかるまでは一瞬だ。すぐに体制を立て直し近づかなければ……
(……は?)
袖女はキックをしきった体制から、一気に拳を握りしめて振りかぶる。構えをとっているわけでもない。一瞬かつ小学生でもできる無造作な動き。
(まさか、まさかそんなはずはない。構えもとっていないしまず間違いなくハッタリだ)
「オーラッ……」
「ナックル!!!」
そんな俺の切実な思いも知らず。
オーラナックルが確かに発射され……俺の体に衝撃を加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます