幕間 浅間ひより

 久しぶりだった。


 頭を貫かれた様な、しかし銃弾で撃たれてはいない鋭い痛み。

 久しく忘れていた。

 強く黒い意思を持った拳。



 ……前に受けたのは……いつだったかな。









 ――――









 ここは無数にある神奈川兵士施設。その中でもたった1つかつ、最重要である総本部である。

 兵士施設の存在は、神奈川以外では秘匿されており特に良好な東京派閥にも教えていない。


 ……まぁ、その中身は言うなら、強制寮生させてくる現役神奈川兵士用育成学校……みたいなものだ。


 違う部分があるとするならば、クラスが存在しないことと、授業がない代わりに任務がある感じだ。

 他にも細々とした違いがあるが、特に違うのはやはりその規模だろう。


 本部にもなれば、集まるのはエリート中のエリートたち。他の兵士施設の中でもその規模は段違いだ。


 その施設には、最新鋭の設備が整った訓練所もちろん、巨大なショッピングモールにボーリング場などの娯楽施設もある。


 正になんでもござれだ。


 そんな中にいる、私は……




「おーーい! ひーよーりー!」


「ん? ……あ! 天子てんし先輩! 何か御用ですか?」


「んー! モールのレストランで一緒にお昼ご飯食べないかと思って! どう?」


「はい! ぜひ!」


「決まりだね! じゃあ早速行こー!」


「あ……ちょ、待ってくださいー!」


 これが私。浅間あさまひよりと言う……


 私。









 ――――









 しばらくして……


 私はショッピングモールのレストランで海鮮丼を食べていた。今日の海鮮丼は身がトロッとしていると言うよりも、プリっとしている感じがする。


 目の前でピザを食べているのは、旋木天子せんぎてんし先輩。かなり明るい性格で身長は160位、その持ち前の明るさで、本部でも高い支持を得ているスーパー兵士である。それで私と1つしか違わないと言うのも驚きだ。


「ひよりは海鮮丼しか食べないんだねー……他のもおいしいよ?」


「むぐ……ごくん……これは私のソウルフードなので、そこだけは譲れませんね!」


「ちぇー」


「ふふふ……! って、そんなむくれた顔してもダーメーでーすー」


 私がそう言うと、天子先輩はしばらくして、諦めたのかまだ手元にあるピザを食べ始めた。

 それを見た私も、また海鮮丼を口に運び始める。


 ……今日もおいしい!


 そうやって、海鮮丼を食べること数分。


「……ねぇ、ひより」


「……なんですか?」


「ひよりってさ……最近何かあった?」


 急に何の話だろうか。最近何か? ……あるにはあるが、これは他人に言うべきものではない。


「……いえ! 何かの間違いでは?」


「……そっか、それならいいんだぁ。最近ってゆうか、いつもひよりは頑張ってるんだけど、最近ちょっとそれが過激っていうか……根詰めすぎなんじゃないかと思って……」


「いえいえそんな! 先輩ほどではないですよ!」


「……だったらいいんだけどね」


 この先輩、カンが鋭すぎる。もうそれがスキルでいいんじゃないだろうか。




 …………その後、私たちはモールでショッピングを楽しんだ後、天子先輩と別れて自分の部屋に戻った。



「はぁ……」


(だっ……る……疲れちゃったようですね)


 私はショッピングモールで買った服を机の上に放り投げ、お風呂でシャワーを浴びることにした。


 しかも……


(……ああ……まただ……)


 部屋に戻ってきたら、すぐに感じる心のざわめき。


 恋と言うわけでもない。どちらかというと、嫌な気持ちになるこの感じ。


 胸のざわめき抑えつつ、私はシャワーに到達した。



(周りに合わせるのも……大変ですね……それにしても)



「最近何かあった? か……」



 あの時の戦いを思い出す。

 いつもより、ちょっと過激な仕事。そんなふうに思っていた私を殴った1人の青年を。



 彼の拳には、可能性があった。


 10年や、10数年、はたまた数10年以上伸び続けるであろう拳。





 ……自分にないものだ。





「……くそっ」


 そうやって、自分の部屋でもトレーニングに励む。

 次、また見つけたら確実に仕留められる様に。



(…………)


 それに、再戦できる目星はあった。


 そうやって、2週間前言い渡された指令を思い出す。









 ――――









 私は指令室に呼ばれ、本部の最高指令長官に呼び出されていた。


 ……最高指令長官とは言え、その実態は名前だけだ。


 戦いの中、私たちの後ろに隠れてこそこそやってるだけだし、威厳を感じ取れない。


 同じ女なのに、ずいぶんと臆病なのだ。


「長官。今回はどういったご用で?」


「いえいえ、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ? ……と言いたいところですが、今回ばかりはそんなことも言っていられません」


「……どういうことですか?」


「……完成したんですよ。ウルトロンが」


「…………は?」


 信じられない。100人に聞いたら、100人に無理と言われそうな作り方をしたあの人工鉱石がついに完成したなんて。


「それはおめでたいですね!これは歴史に名を残す大進歩ですよ!!」


「ええ……」


 喜ぶ"フリ"をする私に対し、長官はあまり嬉しくはなさそうだった。


「長官? どうしたんですか? あまりうれしそうではありませんが……」


「ウルトロンが完成したこと自体は、とても喜ばしいですよ……だが、問題はその使い方です」


「使い方……と言うと?」


 私がそういうと、長官はしっかりとその疑問に答えてくれた。曰く、ウルトロンを交渉材料に使うと言う。


「ウルトロンを……交渉材料? そんなもの、ただの会議ならば必要ないのでは? ……それに、会議自体はさほど珍しいものでもないでしょう? チェス隊を全員参加させる必要もないのでは?」


 私がそう言うと、長官はゆっくりと答えてくる。


「問題は……ウルトロンを犠牲にして得ることのできる対価だ」


「対価……ですか」


「……ああ、そしてその対価は……」


「……本当、ですか?」


 その大きな大きな対価を知った瞬間、私の背筋に寒気が刺した。




「浅間、来てくれるな?」


「……了解しました」









 ――――









 ……と言うわけで、あと2週間後の交渉現場の護衛が決まった。


 あの男も、ここに乱入するとみて間違いないだろう。



 ……なぜそう考えたのか、そう思うだろう。


 だが、考えてみれば簡単な理屈である。単純に今、神奈川で話題の物や場所は、これ以外存在しない。

 ここ以外の目標で、不法侵入は考えにくい。


つまり、その時に入る確率ほぼ100%と言うわけだ。





(……どっちにしても)


「私のやることは変わらない」


 私はトレーニングをする。きたるべき時に備えて。

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