あと2日

 次の日の朝。


 黒いジャケットを着た俺は、交渉現場に向かっていた。

 昨日、ハカセの言ったように潜入する前に自分の目で下見しておこうと言うことである。

 口には黒いマスクをつけ、ぱっと見どこにでもいる一般人だ。


(しかし……)


 やはり慣れない。見渡すかぎり女、女、女である。

 男どもがこぞっていきたいと言う場所ではあるが、いざ来てみると肩身が狭いものだ。


 そんなくだらない事を思いながら、ついに交渉現場にたどりついた。


「ふむ……」


 本当にただの四角い家だ。豆腐に似せたのかと思うほど真っ白で長方形。

 1周してみたが、見える出入り口は正面の1つだけであり、ほこりひとつ中に入れないと言う姿勢を感じられる。


 ……これでもハカセは中を確認することができたのか。


 本当にハカセには毎回驚かせられるばかりだ。やはりこの世で尊敬すべきは老人か。


「いやーすごいですよね!! この建物!」


「!?」


 後ろから急に話しかけられ、少しびっくりした。


 ……いや、正直めちゃくちゃびびった。


 話しかけてきたのは、肩にかけている大きなカメラをみるとマスコミだということがわかった。


「……ええ、まぁ」


「ですよね! いやー僕、この仕事が初仕事でして……こんな大きな仕事をもらえると思いませんでしたよ!! いやーがんばらないと!!」


「……失礼ですが、出身は?」


「もちろん神奈川ですよ! そうゆうあなたは?」


「……僕は東京でして」


「東京! いやー僕も遊びに行ったことありますよ!! あそこの料理は絶品ですよね!」


「……そうですね」


 変な奴に絡まれた。それに出身は神奈川か……きっと、数少ない男だからと甘やかされたのだろう。綺麗な目をしている。まるでこの世の闇を知らないかの様な目だ。


 こういう男はとっとと離れるに限る。


 そう思い、俺は場を離れようとするが……ピタリと足を止めた。


(……待てよ)


 相手はマスコミだ。俺たちより情報を持っているのは明確。さらにこの男、しっかりしたタイプではなく、どこかふわふわしている。


 ……何か聞き出せるかもしれない。


 そうと決まれば、足を止めて男の方を振り返る。


「……あの、やっぱり凄いですよね。この建物、何に使われるのやら……」


「ふふふー実はですね……あなただけに特別ですよ? 実は……僕とあなたの出身地、東京と神奈川で何か会議があるようなんですよ……内緒! 内緒ですからね?」


「はぁ…」


 なんだこいつ、女みたいな口調で喋ってくる。

 喋り方は人それぞれだが、1人称を僕で女のような口調で喋られると嫌な記憶が蘇る。

 胸の奥をえぐられるような感じをぐっとこらえ、さらなるアクションを起こしていく。


「……いやぁ、それにしても見れば見るほど気になる建物ですね……もしかしてあなた、中で起こることを知ってるって事は……他にも何かご存知で?」


「え? いやまぁ……確かにいろいろ知ってますけどね!!」


 しまった。急に饒舌になりすぎたか、少し戸惑われてしまった。もう少し慎重にならなければ。


「……少し教えて欲しいなぁー……お兄さん……なんて……」


 やばい。自分で言ったことだが気持ち悪すぎる。これを美少女が言ったのならばともかく、俺のような根暗一般男性が言うとただの変質者だ。


「いやーー! お兄さんなんて言われたら! 口がうまいですねぇ!」


「い、いや……どうも」


「それじゃあもう1つだけ! もう1つだけですよ?」


 すごいぞこいつ。口が緩すぎる。男だからといってもう少し教育されなかったのか……だが、情報が知れるのは僥倖だ。もしかしたらハカセも知らない新情報かもしれない。


「実はですね……今回の取引は……」


 早く、もったいぶらずに早く言ってくれ……


「チェス隊が全員、会場に来るんですよ!!」


「……は?」









 ――――









 ……うそだろ? チェス隊が全員?


 正直ありえない事だ。なぜならチェス隊は上位32名で構成されたグループである。そんなトップグループならば、いろんな戦場に引っ張りだこのはずだ。集められたとしても白のチェスと黒のチェスの片方はおろか、黒か白の半分ぐらいの人数が関の山だと思っていた。


「……え? チェス隊が全員?」


「はい! チェス隊が全員ですよ! これってすごいことなんですよ!!」


 目の前の男は興奮気味に俺に顔を向けて話してくる。


 一方、俺は現実を直視できないでいた。


「ま、待ってください。チェ、チェス隊が全員? なんでですか? ……いろんなところに引っ張りだこのはずでは?」


「ええ! そうなんですよ! 普通、1年前までこんなことあり得なかったんですが…… 最近、白のポーンになったお方の力で、全員を収集できるようになったらしいんですよ!」


「それに、その情報をマスコミ全員にお伝えしてもらって!! いやもうほんと!興奮しっぱなしですよ!!」


(……なんてこった)


「……ありがとうございました」


「いえいえ! こちらこそ、楽しい時間でした!」


 そう言って男と別れ、離れたところで一休みすることにした。


「…………」


 言葉が出ない。

 チェス隊。神奈川派閥の中でも上位32名で構成された最強のスーパーチーム。一人一人がハイパーもしくはマスターの超実力派。

 ……はっきり言ってしまえば、俺とハカセが立ち向かったところで細胞1つ残らないだろう。


「はぁ……」


 これからどうするか……ハカセと相談しないとな。









  ――――









 その日の夜。俺はテントに戻りハカセといつものコンビニ弁当を食べていた。

 男に話を聞いた後、いろんなところを見て回ったりしたが特にこれといった成果はなかった。

 ハカセにはまだ喋っていない。手に入れた情報を言うだけなのに、変な緊張感が体を包み込んでいた。


「……なぁ、ハカセ」


「んん? なんじゃ?」


 こちらの気持ちも知らずに、素頓狂な声で返答してくる。


「……新しい情報を入手したんだ」


「おお! 本当か!」


 ハカセは本当に喜んでいるように思えた。


「……今回のチェス隊の人数の事なんだがな……」


「うむ……」


「……全員来るらしい」


「…………」


 それを聞いた瞬間、ハカセは急に黙り込み、下を向く。

 ……見た感じ、何かを考えているように思えた。


「……その話、本当か?」


「とあるマスコミの男から聞いた……マスコミにしか配られない情報だったらしい……普通の俺たちのことを知らない奴らだったら、ウソを作る必要性もないし……間違いないと思う」


 そう言うとハカセはさらに黙り込んで何かを考えているような仕草を見せ始めた。





 ……10分がたった。


 ハカセがこんなに考え込んでいるのを、俺は今まで見たことがない。ハカセはかなりの真剣モードだった。


 ……そこからさらにしばらくすると、考えがまとまったのか俺に向かって発言した。


「……まぁ、いいんじゃないか? もともと無理難題だったんじゃ。今頃レベルが上がったところで、そこまで変わらんじゃろ。それともなんじゃ?怖じ気付いたか?」


「なっ……そんなわけねぇだろ!」


「クックックッ! ならその意気でがんばることじゃな!」


「……わかったよ」


 そこからは、たわいもない時間が流れていった……









 ――――









 弁当を食べ終わった後。


(まずいぞ、実にまずい)


 ワシ、ドクトルは実に、大いに悩んでいた。

 ただでさえ、あのデュアルハイパー桃鈴才華が来ると言うのに、さらにチェス隊全員だと?

 ……伸太にはああいったが、さすがに無理ゲーにも程があると言うやつだ。

 いっその事、もう全て行ってしまうか?

 いやしかし、そのせいで変に意識しすぎてしまっては……



 …………もう、時間はない。




 交渉開始まで、あと2日。



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