神奈川編 第四章 修行
神奈川
俺たちは反射で空高く飛んだあと、近くのビルに着地していた。
着地する時はビルの地面に落ちる瞬間、反射を使い、ホバリングのようにしながら着地すれば足への衝撃無しで安全に着地できると言うわけだ。
しかし、相変わらず空から見る神奈川の風景は東京と比べてもきらびやかで美しいものだった。
それに……
「女、やっぱり多いな……」
「……オヌシもやっぱり男じゃのう」
ハカセが何か発言しているが、ここは一旦無視しよう。
……俺だって男なんだ。それぐらい考えてしまってもいいだろう?
さて、こんなところでぼーっとしていてはいられない。すぐにでも行動を開始せねば。
(じゃないと俺が死ぬ!!)
ともかく周りの情報だ。交渉場所等は分かっているが、周りの地形や敵側の情報はわからない。とにかく端で稼がなければ。
「おーい、何をやっとるんじゃ?」
「情報を集めるんだよ。相手側の戦力がわからない以上、ちんたらしている暇はないだろ?」
「まぁもちつけ」
「古い!!」
軽くふざけているようだが、こっちはそれどころでは無いのだ。早くしないと俺の命が尽きてしまう。
「まぁふざけるのもこれぐらいにして……落ち着け、伸太、今そんなに急いで何になる?」
「何にってそりゃーー」
「オヌシと戦ったあの時の女は、あの隊服から神奈川の差し金じゃろう。神奈川の技術から考えて、ワシらが侵入してきたことなど筒抜けじゃ。警戒されているなんて寝ていてもわかるわい。そんな警戒されている状況でウロウロしていたら怪しまれかねんぞ?」
ハカセの述べた言葉は見事に正論だった。確かにペストマスクの男と黒ジャケットの男が徘徊していたら怪しさ全開だろう。
(……だからって何もしないのかよ)
「…………じゃあ今日は何しろっていうんだ?」
「今日ではない。オヌシは今日から神奈川と東京の交渉の3日前まで、あまり行動しないほうがよい」
「は? 何言ってるんだ?」
交渉の3日前まで何もしないだと?自分の耳の聞き間違いだと思いたいところだったが、ハカセは俺を見てもう一度言った。
「もう一度言うぞ? ……オヌシは交渉の3日前まで、決して目立った行動をするな」
「……は?」
――――
「……どういうことだ?何もしないとは」
俺も前のハカセを見ていて、かなり頭の切れる人物だということがわかっていた。だが、外に情報集めに行かないことに何の意味があるんだろうか。確かに身は隠せるかもしれないが、何の情報もないまま相手の陣地に殴り込むなど、ハカセが許すとは到底思えなかった。
「別にワシは何もするなとは言っておらん。あまり大きな行動を見せるなと言ったんじゃ。もちろん、オヌシにもある程度動いてもらう」
俺にもある程度動いてもらう。とは、一体どういうことなんだろうか。言葉に出す前にハカセがその言葉の内容をしゃべっていた。
「オヌシには……特訓をしてもらう」
「……特訓?」
特訓、その言葉に学校時代の忌まわしい記憶が蘇るが、今はそれをぐっと飲み込みハカセの言葉を聞いていく。
「伸太、オヌシも感じたじゃろう? オヌシとあの女の力の差を」
「…………」
確かに、あの袖女からは他のとは違う個体としての強さを感じた。
その個体としての強さには絶望感すら抱かせるほどだった。
「あれが勝ち組なんじゃろうな……結局、勝ち組しか強くなれないのかもしれん」
その言葉が俺の胸に突き刺さる。
実際、袖女に手も足も出なかった。素体としての個体値が違う、性能が違う。そう感じてしまう戦いだった。
……正直、ハカセの言葉にぐうの音も出なかった。
「だからこそ特訓するんじゃ、これ以上負けないようにな」
「……」
ハカセの言う事は理解できる。要するに勝てるように頑張れと言うことだろう。
……そんなことができるなら、こんなところにまで堕ちていない。目の前で天才を見てきた負け組だからこそわかるのだ。こんなところに届くのか、こんな奴に勝てるのか、近くで見れば見るほど自信がなくなり、こんなことをやっていても無駄だと、努力を諦めてしまう。
努力していても良い結果が出せず、親に怒られ、先生に怒られた。俺は努力しているのにもっと努力しろと言われた。結果が出ないならそれは努力ではないと言われた。
…………いくらやっても結果は変わらない。
そう思って生きてきた。
「それを勝ち組に体験させてやるというのはどうじゃ?」
ふとハカセの言葉が耳に入った。
「勝ち組が何十年もかけて作り上げた力を、プライドを……ぽっと出の負け組相手に粉々に破壊される………いい話だとは思わんか?」
ゆっくりと体に力が入る。拳を握る。
……反射も使えるようになった。闘力操作も今頃になって伸びてきた。
…………もう引き返せないところまで来ているんだ。
なら…………
とことんやってやろうじゃないか。
「確かに……面白いな、それ」
その時、ハカセは俺に振り向いて……
「じゃろう?」
ニヤリと笑った――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます