第三章 逃亡

目覚め

「さてと……」


 あの一夜が明け、ワシはあたりを見渡す。もうすでに時間は9時を回り、通勤する社会人が高速で流れていく。


 そんな中、ワシは……


 車の中にいた。









 ――――









「さて、と……」


 朝の9時を過ぎた頃、ワシはレンタカーを借り、朝の道路に車を走らせていた。

 チラリ、と後部座席を見ると血まみれになった体に包帯を大量に巻かれた伸太の痛々しい姿が目に入った。


 それを見て、少し顔を歪めながらも前を向く。


 もうすでに車はA市にたどり着いていた。


(もうすぐじゃな……)


 伸太復活までは、そう遠くない。




 それからしばらくすると、車を止めてとあるパン屋へたどり着く。


 ぱっと見、その姿はただのパン屋にしか見えないが、実は裏の人間御用達の店なのだ。

 玄関を開けると、チリンチリンとお店らしい鈴の音が鳴り響く。それと同時に陽気な声で挨拶をする店員たち。前入った時とは、違う店員が挨拶しているところを見ると、どうやらアルバイトの様だ。


 その言葉を聞き流しながら、ワシはまっすぐと店の中を歩いて行く。


 店内の奥にいる店員に向かって1枚のカードを渡す。そのカードを渡すと、店員は一瞬、目の色を変えて……


「入れ」


 そう言われ店内の奥に入っていく。


 そうやって店の奥にある階段を上ると、1つの相談室のような所にたどり着く。その椅子に座ると、その店員も対面の椅子に座り、鋭い目線でワシを見てきた。


「……で? 今回は何をしにきたんですか?」


 そのままの目線で店員……いや店主はワシに問い掛ける。尋問を受けている気分だ。


「まぁまぁ、ワシとオヌシの中じゃろ? そう警戒せんでもいいじゃろ?」


「不快にさせたのなら申し訳ありません。ですが、私の稼業は疑うこと前提でしてね……」


「……それは否定せんが」


 この店の稼業。それは、いうなれば何でも屋だ。暗殺から商売まで、対価を払えば何でも叶えてくれるという夢の店。それがこの"なんでもパン屋"である。


「……治してほしいやつがおっての」


「ほう? 自分以外はどうでもいいとおっしゃっていたあなたが? どこか頭でも打ちましたか?」


「そんなこと老いぼれに言うんじゃない! ちょいと見込みがあるから連れてるだけじゃ……なんじゃ? 治せないとでもゆうんか?」


「……では、その子の容体を見せてくれませんか? 体を見ないと何とも言えませんので……」


「わかった」



 そう答えると、一旦車に戻り大量の包帯で血を止められた伸太を担ぎ、店内へ引きずり込む。おそらくアルバイトであろう青年に怪訝な顔をされるが、それを無視して店内へ引きずり込む。


「……これは」


 それを見て、少しむっとした顔になる店主。


「……だいぶやられましたね」


「……まぁな」


 そう言って伸太の容体を事細かに説明していく。


「横腹、右肩甲骨の辺り、左足に銃弾を撃ち込まれていますね。計三発といったところか……出血もかなりひどい。肋骨も3本折れています。包帯で無理矢理止血したようですが、まだ生きていることが奇跡なレベルですよ……まるで死ぬことを拒絶しているようだ」


「……そうか」


「一体どこでこんな怪我を? 正直、こんな怪我、よほどの大事でないとできない傷だと思いますが」


「店主には関係ないじゃろ」


「関係あります。これから私は彼を救わなくてはいけない。何によってこんな大怪我をしたのか、聞く義務があるはずです」


 そう言われ、ワシは少し考える。ばれたところでどうなるということは無いが念には念をかけたい。正直バラしたくは無いのだが……致し方ない。


「ニュースになったじゃろ? ……本部での警察虐殺事件…… あれじゃよ…」


「ほう! あの事件ですか! これはビッグな人を拾えたようだ。これは気合が入りますねぇ」


 これだ、こんなことになるから嫌なのだ。

 直してくれるだけでいいのに、変に気合を入れてもらっては困る。


「……さて、これを治すためのお値段ですが……」


 そう言いながら店主は話す。


「1億ほどもらいましょうか」


「…………」


「ん? もう少し驚くと思ったのですが……」


「……これだけの傷じゃ、それぐらい想像つく」


 普通の回復系スキルでも、もう手遅れと言われそうなほどの出血をしているのだ。それぐらいかかるだろうなとはうすうす感づいていた。


「……では、お金が?」


「いや、ない」


「……でしょうね」


「そこでじゃ……少し、取引せんか?」


「と言うと?」


「こいつを直すかわりにただでなんでもしよう……誰かの暗殺でもなんでもいい。何か受けようじゃないか」


「なるほど……」


 そう言って店主は考え込むような素振りをする。正直、これがダメになってしまえば終わりだ。ここはなんとしてもこの案を通したいところである。


「アナタねぇ……1億分の金になる依頼なんてそう簡単にあるもんじゃないよ」


 当然と言えば当然の回答をする店主。だが今回はその無理を押し通さねばならない。


「だったら複数の依頼を「……と言いたいところだったが」……!」


「何か、あるのか?」


「あるんですよ……それも、とびきりのがね」


 そう言いながら店主に1枚の紙切れを渡される。


 そこに記されていたのは……わかりやすく言うと"神奈川と東京の取引する品物と場所の情報"である。


「その品物がうちの都合でとっても欲しくてね〜。それの『強奪』なら1億円も下らない価値がつくと思うが……どうする?」


 答えなど決まっている。


「わかった……この依頼、受けよう」


 契約が成立した。









 ――――









 暗闇の中、俺はゆっくりと光が差してくるのを待っていた。

 前とは違い、この暗闇の世界から抜け出せると信じて疑わなかったからである。

 その思いが実ったのか、ゆっくりと暗闇の世界に光が差しはじめる。



 そしてそのまま………………



 目を覚ました。



「ここ……は」


 相談室のような場所にハカセと……あともう1人、何かの店のエプロンのようなものをつけた男が近くにいた。


「ハカセ……ここは」



「次の行き先が決まった」



「……!」



 脈絡なく飛び出したその言葉に、自然と体がこわばる。


「次は……神奈川じゃ」


 そしてその口からは、東京に負けずとも劣らない大派閥の名があげられた。


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