狂気
「は? ……あ……え?」
胸を撃ち抜かれた女はふらふらとよろめきながらついに仰向けに倒れる。
その目からは、なんで、どうして、と言う疑問に包まれていた。
「アナタガイッタンデショウ」
それに対し冷徹に告げる。
「ハヤクオワラセヨウト」
そう言うと他のレベルダウンが一斉に銃を取り出し、女の方に向ける。
女はそれを見て、顔を青ざめさせる。自分がこの後どうなるか察してしまったようだ。
「まっ、まって、私、味方…………」
無情にも、大量に打ち込まれる弾丸。
有無を言わさぬ大量連射、女の言うことなど聞く必要もないと言わんばかりである。
腕がひしゃげてあらぬ方向に曲がり、頭が吹っ飛び、体が穴ぼこだらけになる。ものの30秒程度で、女"だったもの"の完成だ。
「サテ……オマタセシマシタネ」
体をグリンと曲げてこちらを見据える。
ゆっくりと近づいてくるレベルダウン。
まるでロボットのように変わらない表情で近づいてくるレベルダウン。その異様な存在感には生理的な嫌悪感を感じる。
「アトハ……アナタヲ始末シマショウカ」
体を動かせない俺の前に立ち、銃口を向けてくる。
俺はその一言でこの後レベルダウンが何をするかを理解した。
「何故だ? ……なぜあの女を殺した?」
「……上官ノメイレイデシテネ……イマカラ死ヌアナタニハ、カンケイノナイモノデス」
「……やっぱ、この研究室を知られるのは嫌だったか?」
「…………」
……簡単だな。この手の訓練はされていない様だ。
上の人間としては、この辺を知られるのは色々と不都合だったのだろう。最初から2人とも消すつもりだったのだ。
そして、俺を殺した後……レベルダウンは間違いなくハカセの場所に向かうだろう。
今、ハカセのところにも敵が向かってきたと言う事は、ハカセの場所を知られていると言うことである。
相手の場所がわかっている時点で、レベルダウンを向かわせない手は無い。そして、俺がこの場を打ち勝つことができる保証がない以上、できるだけ時間を稼がなくてはならない。
「で? どうだ? あの女を肉塊にした感想は? 俺に聞かせてくれよ」
「……コレイジョウハ、ムダダトハンダンシマシタ」
目の前に突きつけられている銃の引き金に指がかかる。
(……もうこれ以上、時間稼ぎは無理か……)
なのであれば…………!!
(あの2人組の次は……レベルダウンかよ……冗談きついぜ)
目を細めて、頭を高速回転させる。
時間稼ぎする手ではなく、レベルダウンに勝つ手を。
最低限の結果ではなく、最高の結果を。
……さぁ、魅せつけてやろう。
「オオオオオオ!!」
「…………!」
銃口を向けているレベルダウンに向かってまっすぐにダッシュする。
この夜、初めてレベルダウンの顔が驚きの表情に変わる事になった。
なぜ、レベルダウンに動きを無力化されているのにうごけているのか。
それはとても単純明快である。単純に人数が足りないのだ。人間の動き方なんて何百何千通りもある。その中で50人という数は正直あまりにも少なすぎる。
相手側もすべてのレベルダウンを投入しているわけではないのだろう。ならば俺がレベルダウン側に立っているとしたら何を考えるか。主要な動きだけを止めるに決まっている。
だが、逆に考えれば相手が予想もしない動きは自由と言う事だ。だから俺は、わざわざ銃を持っているレベルダウンへ向かってダッシュしたと言うわけだ。
そして案の定、前へダッシュすると言う動作は無力化されてはいなかった。
「……チッ」
ダッシュしている中、闘力操作による身体強化をした。
だが、やはりというかなんというか、それに関してはしっかり無力化されていた。
なので今回は、右腕だけに闘力をチャージし殴りかかりに行く。
「……ハッ」
だが相手はレベルダウン。伊達に30年も戦場を渡り歩いていないと言うべきか、銃を瞬時に投げ捨て俺の拳をいなし、対応する。
そこからは乱打戦である。
俺が殴ろうとすると、レベルダウンが対応し、レベルダウンが殴ろうとすると、俺が対応する。
一見、一進一退と思える戦闘だが、実際は俺が押し負けていた。
「……はぁ……はぁ……ふうっ……ふうっ……」
1つは連戦による体力消耗とダメージ量だ。
俺はレベルダウンと戦う前に2人組と戦っている。
そこでは体力消耗に加えて、左足、背中、腹に弾丸を打ち込まれ激痛とともに少量とは言えない量の出血をしてしまっている。対してレベルダウンは完全に無傷、これだけでどれだけ俺のコンディションが悪いかが理解できるだろう。
2つ目は、レベルダウンの練度だ。
俺とレベルダウンの練度が違いすぎる。俺も東一で戦闘技術を学んでいたが、戦場で戦っていた分動きの練度が段違いである。腕が蛇のようにしなり、俺の繰り出す攻撃を次から次へといなしてくる。ただの何のバフもない拳など闘力操作によってさすがに守れるが、闘力操作による体全体の身体強化は無力化されているため普通に痛い。
最後に無力化による動きの制限である。
体の関節の動きなどが、ロックされており体の動きをかなり阻害される。反射ももちろん無力化の対象になっているだろう。
体力、出血、練度、スキル、あらゆる部分で負けてしまっている以上、このままでは勝ちは無い事は明確だった。
「ソコデスネ」
体力の消耗により無防備になった体に重い一撃が叩き込まれる。何もできず一撃をもらってしまった俺は、その場にしゃがみ込んだ。
「ガッ!! ……ハッ……」
「……オワリデスネ」
気がつけば、俺の周りには大量のレベルダウンが包囲するように俺を囲んでいた。そしてゆっくりと全員から銃口を向けられる。
「はっ……はっ……え?」
周りを睨んでいると……
あいつらの顔が一瞬よぎる。
憎くて憎くてしょうがないあいつらの顔が。
俺を取り囲んでいるレベルダウンの顔がだんだんとあいつらに見えてくる。今のように俺を集団で責め立ててそれに怖がった俺を見て笑い出す。
……あいつらの顔が。
……怖い
(は!? ……俺、今なんて思ったんだ?)
怖い、こわいこわいこわいこわいこわい
俺が1番抱きたくなかった感情。それが俺の中で大きく大きく膨れ上がる。
大きくなって
大きくなって
大きくなって
大きくなって
俺は……
フッと笑った。
(まだこんな事を考えるなんてな……)
自分で自分のことが情けなく感じる。完全に律したと思っていた自分が恥ずかしい。
だが
(……それがなんだ)
この青年は
(……それでも戦うんだ)
既に
(……それに……勝ちの日がないわけじゃない)
狂っていた。
勝ちへの、戦いへの狂信的な執念。それが伸太の体を動かしていた。
「ウテ!」
レベルダウンの1人が命令を出す。ここからが本番だ。大量の銃弾が俺を射貫かんと向かってくる。
「ダァッ!!」
俺はしゃがんだ状態から、まるで蛙のようにジャンプする。
「ナニッ!?」
そうすることで俺はほとんどの銃弾をかわすことに成功した。
理屈はこうである。
俺は最初、床にしゃがみ込んでいた。そうすることによって銃弾が床のほうに密集し、立っている時よりもかわしやすくなっていたのである。そこから飛び上がってしまえば、俺は上にいるのに周りは下を撃っていてほとんどの銃弾を回避できるということである。
「問題ナイ! モウ一ド撃チナオセ!!」
全員が俺に銃口を合わせようとする。このままでは着地した瞬間を狙われて、一生射撃に合うだろう。
だが、俺はもう一つの策を実行する。
それにより俺は"研究器具がある側"に着地した。
「……ッ」
間違いない。レベルダウンにとっては研究室を守るのも任務の一環なのだろう。これにより撃たれることなく、安全に着地できると言うわけだ。
「ハアアアアアアアアアアア!!!!」
そして、足に闘力をこめて相手に向かっていく。
反射が役に立たない以上、銃を持っていない俺からすれば、近接戦闘よりも勝率が低い。ならば少しでも近づき戦闘し、集団でしか起こらない現象……銃の誤射によるフレンドリーファイアに期待するしかない。
だが、レベルダウンがそう簡単に近接をさせるわけもなく、銃を構えてくる。
「だっ!!!」
「……ム」「ホウ」「コレハ……」「……グッ」
俺は相手の体めがけて腕を振り、血を飛ばした。
血はレベルダウンの目や腕などに付着し目くらましの代わりをする。
そこの隙を逃すはずはない! すぐさま右腕に闘力を注げるギリギリまで注ぎ、一撃を加えようとする。
(よし! これならまだわからなーーー)
その時、俺の腹に
ナイフが突き刺さった。
「あ……? ガ……ゴホッ……」
腹に走る激痛、口からも傷口からも流れ出る血。その現象が何が起こったかを物語っていた。
「バカデスネ……」
「近接ヨウノブキヲモッテナイワケナイデショウ」
俺の返り血を浴びながらレベルダウンはしゃべっていた。
「アガッ……クソっ……クソ! クソォ!!」
レベルダウンはナイフを手放し俺を解放する。もう問題ないと判断したのだろう。
体をぶんぶん振り回し、血を撒き散らしながら痛みに悶える。
血は床やレベルダウンの体などにばらまかれる。
「……フンッ!」
それに嫌気がさしたのか、俺の顔面を殴りつけ、奥の壁まで後退させられる。
床についている俺の血など気にする様子もなくレベルダウンは俺に向かってくる。
――――
私はレベルダウン。
東京派閥の最高戦力の1つであり東京本部の守護をしている。
今回は、たった1人の青年から研究室を守ると言うことだった。
なんて簡単な任務だろう。最初はそう思っていた。
蓋を開けてみればどうだ。この目の前の青年は、我らに対してあの手この手を使って対抗してくる。打ち勝とうとしてくるのだ。
だが……決着の時が来た。
青年の体はもはやズタズタで三発の弾丸にナイフを腹に刺されている。ついに青年は壁にへたりこんだ。
それを見たわれらはゆうゆうと青年に近づいていく、この戦いを終わらせるために。
目の前にたどり着いた私は、ゆっくりと銃を構えて語りかける。
「……ナニカ、イイタイコトハアルカ?」
その言葉に気づいたのか、ゆっくりと青年は顔を上げ口を動かし始めた。
「俺の……」
青年は喋ろうとする。もう何の意味もないと言うのに。
「俺の……反射は……はぁ……体の……一部に触れて……いないと発動しない……」
「だから……俺は……勝手に……このスキルを近接用だと思っていた……」
「? ナニヲ……」
「よく考えてみろ……体の1部だぜ? なんでもいいんだ……例えば……」
「"血とかな"」
意識がそこで途切れた。
――――
大量に転がる真っ赤な死体の山、そんな死屍累々な光景の中で俺は確かに生きていた。
「ゴホッ……ゴホ、ゴホ……」
体の力がどっと抜ける。
この作戦を考えついたのは、最初に弾丸を撃ち込まれた時である。
正直、こんなに大人数で反射もまともに使えない以上、これをするしかないと思っていた。いくらレベルダウンが行動を無力化できるといっても"ばらまかれた血で反射する"なんて行動は予測できなかったようだ。
俺が拒絶した瞬間、目の前のレベルダウンは全員肉塊になっていた。もちろん俺の血がかかった研究器具や天井にぶら下がっている体なんて全部めちゃくちゃである。
(……物にまで効果があるのか……)
新たな発見をした後、俺はゆっくりと立ち上がり、外へと歩を進める。
(……早く……ハカセの所へ行かないと……)
エレベーターを使って1階までたどり着くと
「直ちに投降せよ! 繰り返す、直ちに投降せよ!」
(……この音は)
聞き慣れたサイレン、発声機から流れる投降しろと警告する言葉。間違いなく警察が来ていた。
「……ハハハッ」
俺は思わず笑い、足速に出入口へと向かう。
ああ、いいストレス発散になりそうだ――――
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