第3話亡国の姫君
王様から報奨金と勲章を受け取り、しばらくは王都に居たが、王都に居るとすぐに民衆が集まってきて散歩も碌に行けないので、田舎に家を買った。
体力を落とさないための走り込みと薪割りはしているが、している運動といったらそれぐらいだ。後は本を読んだり、昼寝をしたりして過ごす。
田舎だから魔物が出ることもあるが、魔王と戦って勝ったんだ。サマー王国の田舎に出る魔物ぐらいは聖剣や仲間がいなくても退治できる。
そうやって退治した魔物の素材を売れば、金も手に入る。まあ、俺は魔王討伐の報奨金があるから、しばらくは金の事なんて気にしなくていいんだけど。
そんな平和な日々が続き、流石に刺激に飢えていた頃だった。
いつものように昼寝をしていると、扉がノックされる。
「はいは~い」
この田舎では魔王がどうの勇者がどうのというのを気にする人はあまりいない。そもそも王都の情報があまり入ってこないからだ。
だから俺もここでは一冒険者として振舞う事にしている。地位に興味がないといえば嘘になるが、偉いからといって威張るのは違う気がする。
ドアを開けると、そこにはみすぼらしい格好の女が立っていた。布一枚を強引に腰で縛って服に見立てた格好に、髪も元は綺麗な桃色だったのだろうが土埃で汚れてしまっている。
村人の中にこんな女はいなかったはずだ。そもそもこの格好は村人ですらない。これはスラムや奴隷の格好だ。
「どちら様で?」
「覚えていませんか。それともこの格好では分かりませんか」
そう言われてもな。肌とかも土埃まみれだし。顔自体は美人っぽいし、磨けば光るとは思うが。
「お久しぶりです、ハヤト様。私は今は亡きフーバー王国第一王女、アリア・フーバーです」
フーバー王国には行ったことがある。まだ魔王討伐の旅を始めたばかりの頃だ。アリア王女にもあったことがある。その時はまだ小さかった。確かに桃色の髪をしていたが、背はこんなになかったし、こんなに女らしい身体つきではなかったが。
もし本当だったら。
「そうでしたか。アリア王女とは気付かず、とんだ失礼を」
俺はその場に跪いた。とりあえず、真偽は不明だが、この場はアリア王女として通すことにする。
「見ればひどく汚れているご様子。どうですか、王侯貴族の様に風呂とはいきませんが、湯を用意するので身体を拭かれては」
「ありがとうございまず。ご厚意に甘えさせていただきます」
田舎の村の一軒家に一人暮らしだから、部屋は余っている。鍋に水を入れ《火球》の魔法で温める。こういう時、初歩的な魔法を覚えておくと戦闘だけでなく、日常生活にも冒険にも応用出来て便利だ。
「アリア王女。お湯が用意できました」
「ありがとうございます」
もちろん裸を覗いたりはしない。亡国の姫とはいえ相手は王女だ。それに、聖剣を手放してとはいえ俺は勇者。そんな非紳士的なことはできない。
それに、フーバー王国が滅んだ責任の一端は俺にある。
フーバー王国は、魔物の侵攻で滅んだ。その際、俺は既に魔王の配下の中でも幹部クラスの敵と戦うために遠く離れた場所にいて、間に合わなかった。
責められることも、殴られることも覚悟していた。だが、今のところアリア王女が俺を責める気配はない。俺のことを恨んでいないのだろうか。
しばらく待っていると、王女が身体にタオルを巻いてドアから身体を半分出してくる。
「すみません。男物でもいいので、何か綺麗な着るものを用意してもらえませんか?」
そういえば、アリア王女が来ていた服はボロボロで汚れていたな。
「かしこまりました。考えが及ばず申し訳ございません」
「いえいえ。こちらこそ、突然押しかけておいて申し訳ありません」
正直、この家には男物の服しかない。女を止める機会なんてなかったし、俺にも女装の趣味なんてないからな。
なので、アリア王女の言った通り、洗濯したての俺の服を渡す。本当はできるだけ高級なものを着せたいが、儀礼用の服は王城へ行ったときに着てしまった。
申し訳ないが、洗濯したての服は普段着しかないので、これを着てもらう。
「服を用意しました」
「ありがとうございます」
また扉から身体を少しだけ出すと、服を抱えて部屋に入っていった。
さらにしばらく待つと、今度はちゃんと服を着たアリア王女が部屋から出てきた。
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえいえ、あなたは王女なのですから、おもてなしするのは当然です」
俺は立ち上がり、彼女を対面の椅子に座らせる。その後、お茶を淹れ、俺も対面の席に座る。
「それで、ご用件は?」
少々無礼かもしれないが、聞かないことには先に進まない。まさか湯浴みをし、服を借り、茶を飲みに来たわけではないだろう。
「ハヤト様が勇者をお辞めになったと聞きまして」
アリア王女は滅んだ国とはいえ王族だ。少しこの国の高官を脅せば、俺の居場所くらい簡単に聞き出せるだろう。
「はい。実は少々事情がありまして……」
俺は魔王を討伐はしたが、魔王の血を浴び、聖剣を握れなくなってしまったことを告げる。
「そうですか。それはおいたわしい。ところで、ハヤト様には弟子がいなかったかと思いますが、後継者はどうお考えで?」
そういえば、全然考えていなかった。というか、別に歴代勇者が必ず後継者を育ててきたわけではないのだし、俺も育てなきゃいけないんだろうか。
「弟子を取ろうとは考えていませんね」
「そうですか。それを聞いて安心しました。お願いがあります」
俺は居住まいを正す。俺に会いに来たのも、そのお願いを言うためなのだろう。
俺はどんな無茶な願いでも叶えるつもりでいた。だって、フーバー王国が滅んだ責任の一端は俺にあるのだから。
「私を弟子にして下さい」
「……は?」
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