9日目 セラピー




 3年前のアルカヌム村のことを思い出す。

 流石にもう細かいことは覚えていないが、それでも大魔術の影響で荒れる聖域や、それによって仕留めた何人もの侵入者、激怒する大神官、最後に遭遇した逃亡中のゼブとベリーとの戦いは今でも焼き付いている。

 そして今だからこそわかる。あの時、二人とも確かに弱っていたんだ。地の聖地で戦った二人とは比べ物にならない。

 ソファに座ったまま膝を抱えこんだ。

 俺は、結局どうしていれば良かったのだろう。


「……」


 隣を見れば、ゼブも何か考え込んでいるのか黙ったままだ。昨日は色々話したから、ゼブも何か思い出したのかもしれない。

 夕食として貰ったスープを少しずつ飲む。

 カップが空になるころ、ずっと黙っていたゼブが口を開いた。


「……ハイト」

「なに」

「……」


 自分から声をかけたくせにゼブは黙り込んで答えない。

 飲み切ったカップをテーブルに置く。

 不思議に思ってゼブの目を覗くものの、目が合った瞬間逸らされた。一体なんなんだ?


「抱いても良いか」


 目を閉じて黙り込んだかと思えば、ようやく口にしたのはこんなことだった。昨日もしたのに、なんで言いにくそうにしてたんだ? 毎回のように大泣きしてしまったからだろうか。

 とりあえずマントの結び目を解く。


「好きにしろよ」


 大体タダ飯食わせて、こんだけ世話焼いてんだから好きに使えばいいのに。俺はあれから雪かきなんかも一切してないし、他に役に立てるわけでもない。

 それとも、こう考えるのも、俺が逃避したいのをごまかしてる言い訳なんだろうか。

 そんなことを考えながらシャツを脱ぎ、ズボンを脱ごうと紐を緩めたところで、ゼブが抱き着いてきた。

 またギュッと抱きしめたまま動かない。


「やらないのか」


 尋ねても返答がない。困って暫くじっとしていてもそのままだ。

 なんだ、止めるのか? こいつとするのは案外気持ちよかったのに。


「……ハイト」


 名前を呼ばれたかと思えば、ゼブがゆっくりと上半身を起こし、そのまま顔を近づけてキスされる。すぐに離れたかと思えば、また眉間に皺を寄せて歯を噛んでいるのが見えた。


「元気になったら俺を殴れ」

「はあ?」


 意味が分からない。

 俺は今、何か特殊なプレイを要求されているのか……?


「あと、苦しかったり痛かったりすればすぐに言え。

 なるべく優しくする」


 真剣な表情でゼブがそう言った。俺が泣いたりするもんだから気にしていたんだろうか?


「……、その……泣いてたのは、別に……、痛かったわけじゃ……」

「なら良い。

 お前は、色々と我慢しすぎるようだが……お前が少しでも楽になるなら、なんでもしたい」


 そういってゼブがそっと口付けてくる。

 なんだかな。

 そこまで気を使われるのは苦しい。なんか、こいつにこれ以上負担かけるの、嫌だし。お人よしに付け込んでる気がする。


「……やっぱ止める……」

「ハイト?」


 手近に脱いだシャツを拾う。

 着なおそうと首元を探していると、その腕を横から伸びてきた手が掴んだ。


「何か嫌だったか?」

「別に」

「なら、何故」

「抜きたいんなら舐めればいいか」


 掴まれた腕ごと持ち上げたゼブの手を口元に寄せて舐める。すると驚いたのかゼブの手がビクッと震え、俺の腕が解放された。

 その隙にシャツを被り、中に入り込んだ髪を引き出す。


「ハイト、ちょっと待て」


 固まっているゼブの正面に移動して跪く。

 ズボンを脱がそうと両手を添えたところで声がかかり、両手を掴まれた。


「ハイト」

「なんだよ」

「俺は、二人でやりたい」


 握る力が強い。

 なんか、少し……さっきより必死な感じがする。それがなんとなく面白いし、これは本音な気がした。

 こちらへ屈んで寄せられた顔にキスをする。


「じゃ、そうするか」



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