10日目 蘇生魔法をかけた訳




 ここは温かい。

 夜中に目が覚めるとゼブの腕の中だった。一人で冷たいベッドにいるよりも、ほんの少し眠りやすい気がする。誰かがいるとストレスを感じがちな俺が、こんな風に感じるのは驚きだ。ゼブが寝ていて話しかけてこないからかもしれない。

 ゼブを起こさないよう、そっと目の前の胸に額をつける。

 生きている。

 心音を聞いていると、ゼブと初めてまともに会話したときのことを思い出す。

 それは、争いの結果、俺がゼブに溶岩の流れる地割れへ道連れにされかけたときのことだ。その際に咄嗟に帰還魔法を使うと、不思議なことに俺とゼブは最果ての小島まで飛ばされた。

 流された先がそこだった理由は、封印を解いたばかりで、溢れんばかりの勢いの地脈の余波を食らったのか、共にいたゼブの意志が転移先に影響したのか、全く違う理由なのか今でもわからない。

 だ、がそこで初めて見た、『世界の果て』の光景はあまりにも衝撃的だった。


「世界は……氷に閉ざされようとしている……」


 呆ける俺に、死にかけていたゼブは掠れた声でそう告げた。

 そして最後にベリーの心配と、俺への謝罪をして……目を閉じた。

 世界の果てで起こっていること、村を襲った敵の抱えていたもの、それらの断片を突然見せつけられて、俺は初めてこいつから話を聞きたいと思ったんだ。


 そして、ようやく、ようやっと倒せたと思った故郷の仇に、俺は蘇生魔法をかけた……


 そのことを数日前まで何度も悔やみ、助けなきゃ良かったと、何百回も考えていたが……

 今は、死んでほしくはない。

 一昨日の話も思い出す。もし、俺が封印を守れていても、こいつは生きている限りきっと諦めなかったんだろう。

 だがもしあの最果ての小島で助けずに死んでいて、地脈が開放されなかったら俺と同じように自分を無力に感じたのかもしれない。

 イグニスは故郷の大神殿を荒らし、掟を破った賊だ。だから、アルカヌムの為には奴らの望みが叶わない方が良い。

 そう思っていたのに……

 ゼブの心臓がゆっくりと鼓動している。

 だからって、故郷があんなことになるぐらいなら。

 どうすれば良かったんだ。

 ずっとぐるぐると考え続けていると、ゼブの体が動く。どうやら起きたらしい、上半身を起こされて、心音が離れていった。

 それが嫌で手を伸ばそうとして、やっぱり止める。都合の良い自分に嫌気がさす。

 だが、そんなことを考えていると目の前にゼブの手が差し出された。

 なんだこれ、どういう意味だ。

 そう思って上を向くと、ゼブが手を差し伸べたままこちらを見ている。数分経っても動かない。

 じっと、待っている。


「……」


 恐る恐る、その手の端を指先で握ると、勢いよくゼブの腕が動き、お互いの全身が絡むように抱きしめられた。

 さっきは額だけだったが、今度は全身で重なっているのが少し気恥ずかしい。

 だが、悪くない。

 ギュッと力強く抱きしめられたまま、暫く動かずに過ごした。ゼブは俺を抱きしめつつ、偶に頭を撫でてきたり、髪をすいてきたりしている。

 そうしているうちにふと思い出す。


「なあ」

「なんだ」

「大神殿で……」


 髪をすくゼブの指がぴくりと動く。

 なんとなく空気も変わり、緊張感が出た気がした。聞くべきじゃなかったか。


「大神殿で、なんだ」

「なんでもない」

「気になる、言え」

「……初めて大神殿に来た時、仲間の遺体、連れ帰れてないだろう」


 重なって密着するゼブの胸が小さくはねる。

 暫く無言が続き、次に聞いたゼブの声はこわばっていた。


「……ああ、そうだ」


 ゼブが眉間に深く皺を刻んで言う。

 まあ、そう答えるだろうとは思っていた。逃げるゼブ達を追ったのは俺だ、遺体なんてとても運べなかっただろう。


「それがどうした」

「その戦士たちなら……アルカヌムの墓に弔った」


 ゼブが肘を立てて上半身を起こした。


「本当か」

「ああ。大神官……ルーナの親父さんは、死者に対して敵味方の区別はしない。

 皆、神官が弔った」

「……」


 昔は村に災害を呼び寄せた敵を、丁重に弔う大神官になんとも言い難い憤りを感じたものだが、今ならほんの少しわかる。

 ゼブがほんの少し上半身を離して俺と視線を合わせてくる。その目は見開かれていて、無表情だが何か期待が込められている気がした。

 そんな表情を向けられても、これ以上俺には何も言えないのに。


「……だが、アルカヌム村は聖域とともに地殻変動に飲まれた。だから……戦士達をイグニスに帰してやることは、難しい、と思う」

「ハイト」


 俯き、目を逸らして喋っていた俺の頬に、ゼブの手が包むように添えられる。

 がっかりしたかな、と恐る恐る顔をあげると、ゼブの表情は穏やかだ。


「ありがとう、聞けて良かった」


 ゼブの顔が近づき、額と額が重なった。

 何故だろう、それだけなんだが、なんとなくほっとする。こいつは随分お人好しのようだから、気にしていたんじゃないかと思ったが、やはりそうらしい。


 少しでもゼブが安堵したなら、良かった。


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