7日目 ちょっと目を覚まさなかっただけ



 なんか口の中で動いてる。

 目を開けると、やや霞んだ視界にゼブが映った。

 こちらを覗き込んでいる、なんだ?


「ハイト、良かった……」


 良かった? なんのことだ。

 よく見るとゼブの手にはスプーンが握られている。口の中で動いていたのはこれか?


「何度声をかけても、揺すっても起きないから……心配した」


 それは意外だ。旅をする前でも呼ばれたり物音がしたりすれば目が覚めたし、旅をしてからはどんなに疲れていても何かの気配を感じれば起きれるようになったのに。そんなにぐっすり眠っていたんだろうか?

 室内は雨戸も閉じられ、ランプの明かりしかなくかなり暗い。夜か朝に近いのかもしれない。

 まぁ最近寝れてなかったからか、と考えているとゼブが両手でギュッと俺の右手を握りしめ、その手を額へと当てた。

 何を大げさな。ちょっと長く寝ていただけだろう。


「……もう、……目を覚まさないかと思った」


 ゼブの細い声とともに、握られた手にわずかに濡れた感触がする。

 まさか。


「泣いてる、のか」

「……」


 ゼブは答えないが、握られた手に更に強く力がこもる。

 こいつの、いくら弱らせようとも苛烈に攻撃してくる姿や、死の淵でも立ち上がる姿は見てきたが、こんな風に、ただ弱った姿を見たのは初めてだった。

 握られた手を握り返そうかとも思ったが、手に力が入らない。


「……アンタ、泣くのか……」


 そんな、ちょっと俺が目を覚まさなかっただけで。


「当たり前だ」


 ゼブが迷いなく答える。

 馬鹿なやつ。アンタみたいなお人よしが、世話なんか焼くから気になるんだ。

 ゼブから視線を外すと、近くの木箱の上にシロップらしきものが入った瓶が置かれている。まさか、手に持っていたスプーンはこれを流し込まれていたのか? こんな甘いもんをそのままで?

 口の中で舌を動かすと、なんとなくねばつく気はしたが味は感じない。まぁ、それなら良いか。

 息を吐いて天井を見上げる。

 なんか、こいつの目の前でだけは……死なない方が良いのかもしれない。気の毒な気がする。

 はやく、出て行くべきだろうか。



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