6日目 味のしない食事



 やっぱり味がしない。

 朝食に出されたオムレツを噛むが、ぼそぼそとした食感しかしなかった。

 隣に視線を向ければ、座ってこちらを見ていたゼブが眉根を寄せている。怒っているのか、困っているのかよくわからない。まぁ、両方かもしれないな。

 なにせ今朝は今までに比べても量のある、豪勢な朝食になっていたからだ。

 昨日俺が出された物を食べたからかもしれない。それで残すぐらいなら最初から食わないままの方が良かっただろう。悪い事をした。

 そうだ、村から使命を受けたときだって、できるはずがないって言えば良かったのに。どうして俺なんかがやれると思いこんだんだろう。

 口の中の物を飲み込んでも次を取る気にならない。たかだかこんな量を食べる事すらできないのか。

 箸を持ったまま止まっていると、その手にゼブの手が重なってくる。

 顔を上げれば先ほどの表情のままこちらを見つめてくるゼブと目が合った。早く食えってことだろう、急いで次を取って口に入れる。

 味はしないのに、喉の奥に胃液が上がってくるような気持ち悪さだけを感じて無理やり水で流し込む。もう口には入れたくない。


「すまない」

「何を謝っているんだ」

「昨日俺が食べたから色々作ってくれたんだろう」

「……」

「もう俺の分は作るな」

「馬鹿なことを言うな」


 うつむいて話す俺の頭に、ゼブの手が置かれる。

 そのままゆっくり撫ではじめたので、俺は目を閉じて謝った。


「すまない……」

「ハイト、謝るな。

 体調が悪いときは仕方がない。俺ももっと食べやすいものを作るべきだった」

「……」


 ゼブの大きな手がゆっくりと動くのが気持ちいい。

 そのままじっとしていたが、暫くすれば当然ゼブの腕は離れていく。

 なんだかまだ続けて欲しくてその腕を掴もうとしかけたが、期待に応えられなかったくせにこいつに縋ろうとする自分が許せなくて、持ち上げかけた手を落とした。


「昨日、ずっと起きていたんじゃないのか。眠くないか?」

「眠くない」

「そうか……

 ……ハイト、少し体でも動かさないか?」


 ゼブの言葉が理解できず訝しむ。これはどういう意味だ?


「薪割り、いや……雪かきならどうだ。少し運動した方が気分が良くなるかもしれない」

「……わかった、やる」


 普通に運動する方の意味か。まあ何もしないでいるより働いた方が気楽だし、これだけ世話を焼かせているのに断るのも心苦しい。

 暫くゼブが食事と支度を終えるまで待ってから着替える。以前の旅をしていた上着を着ていると、マントだけあの分厚い方を巻かれた。

 ドアをくぐると、痛いほど冷えた空気が肌に刺さる。昨晩は大雪だったのか、一面柔らかそうな雪景色だ。

 少し目を細め、一歩外へ出てから振り向くと、玄関のすぐ隣にあの大鎌が立てかけられていた。刃が半分埋まっているのに存在感が凄い、これはここに置いたままで良いのか? 大切な武器なんだろう?

 じっと大鎌を見ていると、大きく足音を立ててゼブが背後から近寄り、手を握ってくる。

 そして手を引かれたまま家の側面に回ると、雪下ろし用にか梯子が置かれていた。


「アルカヌムには雪は降るか?」

「ああ」


 シャベルを渡されながら頷いた。アルカヌム村でも冬は雪が降るが、ここまでの豪雪は初めてだ。まあ量が変わっただけでやることは変わらないだろう、多分。


「俺が屋根の雪を下す。ハイトは落とした雪を集めてくれるか?」

「最後はどこに捨ててるんだ」

「近くの川だ」


 ゼブの指さす方には、以前は凍りついていたはずの川の水が、穏やかに流れているのが見えた。


「わかった」


 とりあえず移動に邪魔な雪を、川沿いの方へと集めて道を作る。すぐに屋根から雪の塊が落ちてきて、それをザクザクとシャベルで移動させた。

 こういう作業は好きな方だ、アルカヌムでも雪が降った後は村中の雪下ろしや雪かきをしていたのを思い出す。

 ミドや、ルーナや、爺さん婆さんも、喜んで……

 ぐっとシャベルを持つ手に力が入る。もう、それをすることもないのか。

 そんなことを考えながら続けていると雪を下し終わったのかゼブが屋根から降りてきた。

 そしてすぐこちらに近寄って頬に触れてくる。この寒空の下、起きた後の半裸と大して変わらない薄着のままのくせに指先が熱くて、なんか訳が分からなくなりそうだ。流石イグニス族だな。


「寒くないか?」

「ああ」

「……眠くないか?」

「別に」


 こんな動いていて眠くなったりするか? 訳のわからない奴。

 とりあえず無視して雪かきを続けると、屋根から降りてきたゼブが大きな塵取りのようなソリを出し、川に雪を捨てに行った。手慣れた動きで人間ほどの高さの雪を運んでいるが、流石に量が半端じゃなく中々減らない。

 段々汗をかいて息が上がる。これだけで? まだ家一軒も終わってないのに?

 息を大きく吸って更に動きを早くする。

 結果、30分もする頃には家の周りは綺麗に除雪できていた。

 雪を捨てに行ったゼブが戻ってきて頬に触れる。こいつ毎回顔を触ってくるな、なんなんだ?


「寒くないか?」

「ああ」

「……疲れたか?」

「いや」


 汗もかいて暑いぐらいだし、家一軒だけの雪下ろしで何を言ってるんだ。

 少し離れた箇所に井戸が見えたが、そこへの道も雪に覆われている。


「井戸の周りもやった方がいいんだろう」

「……そうだな、やるか」


 またシャベルを握り、黙々と道を作る。

 腕が重い、だが最後に火の聖地を進んだ時ほどじゃないはずだ。これぐらい役に立ってほしい。

 流石に日が昇って時間が経ってきたこともあり、時々村人が現れるようになった。ゼブは都度何かを話していたが、俺は関わりたくない。

 無視して雪かきを進めると、大体一時間も経たないうちに井戸の周りや、そこまでの道の雪が無くなった。


「おつかれ。……大丈夫か?」

「あ、ああ……」

「ありがとう、助かった。

 流石に疲れたんじゃないか? 戻って休もう」


 荒くなった息を整えるように深呼吸を繰り返す。

 なんだか凄く暑い、こんなに空気が冷たいのに汗をかいたままだ。アルカヌムの時より暑い気がする、雪の量が多かったからだろうか?

 だが、ほんのわずかにでも役に立ったなら良かった。

 ゼブについて家へと戻る、今は腕どころか足も重い。無理やり動かしていたが、もう限界だ。


「少し寝ても良いか」

「ああ、勿論だ」


 それを聞いて、靴だけ脱いでベッドに横たわる。

 確かに運動して良かったのかもしれない。

 最近では珍しく、横になった途端意識が消えたからだ。


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