5日目 なんだ、この扱い……
背中が温かい。
瞼を開けると、薄暗い室内がぼんやりと見える。でも、なにかが違う。昨日まで一晩中見上げていた景色と、位置が……
そこで意識が覚醒した。
恐る恐る首を後ろに向けると、やはり背中にはゼブがいる。それどころか俺が枕にしていたのはゼブの腕のようだし、布団の中ではもう片方の腕が腹に巻き付くように回されていた。
そういえば、昨日は泣き喚いたあと連れられるままゼブのベッドに入ったような気がする。
あいつはまだ寝ているのか……?
なるべく動かず背後の様子を探れば、ゼブはピクリとも動かず、かすかな寝息が聞こえた。
少しほっとする。今、どういう顔でこいつと話せばいいのかわからない。
息を深く吐く、体がだるい気がした……が、なんか、少し……すっきりしたようにも思う。
それにしても、こいつ、よく男を抱けたな……妙に距離が近かったのはそういうわけか? 折角人好かれしそうなやつなのに、趣味が悪いとは残念なやつだ。
その後は特に起きる理由も、起こす理由もないのと、誰か人がいるベッドというのが温かくて、そのままじっと過ごした。
故郷のこともまた考えたが、時々視界の隅に見えるゼブの腕に気が付けると、昨日言われた「許してやってくれ」というゼブの声を思い出して一瞬止まる。
結局ゼブが起きたのは、おそらく1、2時間は経った後だった。
「……おはよう」
「……ん」
「すまない、何時から起きてた?」
上半身を起こして被さるようにゼブが覗き込んでくる。なんとなくばつが悪そうな表情をしたかと思えば、俺の頬へ手のひらを添えた。
「体調はどうだ?」
「別に……」
「そうか、無理はしないでくれ」
そう言いながらゼブが額にキスを落とす。
なんだ、この扱い……
気恥ずかしくなって顔を逸らし、そのままベッドから足を下した。布団の中が温かかったからか、より部屋の中の空気が寒く感じる。
部屋着は着させられてから寝たが、マントは見当たらない。昨日ソファで脱いだはずだから、向こうに残されたままだろうか?
キョロキョロと辺りを見渡していると、背後のゼブから声がかかった。
「何を探している?」
「……マント」
「寒い、のか?」
「別に大丈夫だ」
布団でくるもうとしてきたゼブから立ち上がって逃げる。
本当に一体なんなんだ? 朝なんてある程度寒いものだろう。
さっさとベッドから離れてソファを見に行ったが、マントは無い。無いなら無いでいいが、この狭い室内で無くしたりするか?
「ハイト、マントなら洗ってくるから暖炉の前に居てくれ」
「洗う?」
「……昨日汚れたからな」
ベッドから出てきたゼブが、衝立の上から顔を覗かせて言った言葉で思い出す。確かに俺が色々と汚した。
思わず視線を逸らす、そんなものを洗わせるのは流石に気まずい。
「俺がやるからいい……」
「風呂場は冷えるし、俺ならすぐに乾かすこともできる。だから暖炉の傍でじっとしていてくれないか」
「……」
風呂場への暖簾をくぐろうとした俺の腕をゼブが取り、反対の方向へと手を引かれ、暖炉前のソファに招かれる。
なんか……過保護を通り越して子ども扱いというか……幼児扱いというか……ごねても余計その扱いが酷くなりそうな気がする。黙ってソファに腰かけた。
これで良いだろう、と思っていたが……一瞬ゼブが離れたかと思えば、ベッドから剥ぎ取った掛け布団を担いで現れる。
ギョッとしていると案の定布団を俺に羽織らせるようにかけてきた。
こいつ馬鹿か?
「すぐ戻る」
そう言ってゼブがのれんの向こうに消えていく。目の前の暖炉にも火をつけたのに、布団までかける必要がどこにあった? 服だって着てるんだぞ? 気配りとかそういうことじゃない気がする。
なんだか面倒でため息をついた、もし脱いだら直しにくるんだろうか。
厚みのある布団のせいで座りにくくなっているソファの目の前、テーブルの上には昨晩のままで夕食が放置されている。
とりあえず置いたままになっていたコップから水を飲んでいると、スープやソーセージやキッシュが完全に冷え切っているのが目に入った。とはいっても、俺が何度か口に含んでいる間にゼブはほとんど平らげているから、残っているのはほぼ全て俺の皿のものだ。
折角作ってくれたのに悪い事をしたな。
コップを置いて目の前の皿からキッシュを掴む。昨日口に含んだ時はなんの味もしなかったのに、今はパイ生地とベーコンの味がするのが不思議だ。冷えて硬くなってはいるが、キッシュだからか別に不味くはない。
皿に盛られた二切れ分を食べきり、今度はスープの入ったカップを手に取った。でも冷え切ったスープは、少し飲みにくいな……多分キッシュと同じベーコンで作ったんだろうが、油が冷えてるのが不味い……
だが折角作ってくれていたんだし、食えない程でもないからいいか。
「ハイト?」
湯気の立つマントを手にゼブが部屋に入ってきた。
随分早い。それに湯気が出ているってことは、火で温めたんじゃなくて直接熱をコントロールしたのか? そういえばそんな魔法も使っていた気がする。本当に器用な奴だ。
「腹が減ったのか? ……冷めているだろう?」
「別に、冷めたら毒になるわけでもない」
「待て、少し待て」
再び口をつけようとするとゼブが俺の手ごとカップを掴んだ。そのまま魔法を使いだすと、スープから湯気が立つ。
俺の手越しだったからか、魔力の流れがよくわかる。なるほど、あの熱した大鎌での攻撃はこうやっていたのか。
そんなことを考えているとゼブの手が外れた。そっちを見れば向こうも俺の顔を覗いている。
もう満足したのか? わざわざ温めなおすなんて細かいやつだ。
「どうだ?」
「……まぁ、冷めてるよりは、飲みやすい」
「そうだろう。……まだ食べられるか?」
言われて皿を見ると、まだ大きなソーセージや雑草を煮込んだようなものが残っている。こっちも食べた方が良いんだろうな。味はともかく。
それともこれも温めたいんだろうかと思って皿を取ろう……としたところでゼブがさっと横から奪い取っていった。
「少し待っていろ」
「別にそのままで良いぞ」
「俺は良くない。キッシュなら残りがまだある、腹が減っているならこちらから食べていてくれ」
そういって皿を持って行ったゼブが残っているキッシュの皿を持って目の前のテーブルに置いた。
別に空腹で耐えられないわけじゃないし……ゼブ用に残してあるものまで俺に分けなくても……
更にゼブは、布団をはぎ取ったかと思えばベッドに戻し、すぐに湯気の立つマントを俺の肩に巻いた。
うわ、これ良いな。なんか、温かいというか、風呂に入ってるような熱い気持ちよさがある。
「すぐに作る」
なんとなく機嫌良さそうにゼブが台所へと向かう。
その後ソーセージと雑草のようなものはパンに挟まれ、ホットドックの様なものに変わったことにも驚いたが、更にその後アップルパイまで作られるとは思いもしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます