4日目 考えなくて済む時間 ・

※R15回です。ご注意ください。





 いつの間にか日が暮れている。

 結局昨日、昼寝はできたものの、夜は眠りに入れることはなかった。そして今朝を含め何度か飯を手渡されたが、どれもまた味がせず少し口をつけただけで断念している。

 また最悪な気分に逆戻りしたが、一つだけ変わったことがあった。


「ハイト」

「……」

「大丈夫だ、お前は悪くない」

「……」


 ゼブが、真隣に座って手を握ってくるようになった。こうやって時々声をかけてくる。

 正直鬱陶しいし、もう解放してほしいが、ゼブはどこかに出かけることもしないし、外に出てもせいぜい玄関から音が聞こえてくる程度の距離までだ。誰かが訪ねてきても大して時間をかけることもない。

 こいつはちゃんと村を守って、皆からの期待に応えたんだから、俺なんかに構ってないでそっちに行けばいいのに。


「大丈夫だ、必ず……」

「うるさい」


 手を振り払って背を向ける。体を丸めて、耳も目もふさいで拒絶した。

 もう諦めてくれ、放っておいてくれ。早くどこかへ行ってくれ。

 何度か声がかけられたが、何を言ってるかはわからない。無視していると、ようやくゼブの気配が背後から消える。

 少しほっとしていると、突然顔を掴まれた。

 驚いて目を開けると、目の前がゼブの顔だけになっている。


「 」


 多分名前を呼ばれたと思う。

 力が強すぎて顎を掴む手を払うことも、顔を逸らすこともできない。

 だが耳をふさいだまま、再度目を硬く閉じて無視すると今度は両手をソファの背もたれに縫い付けるかのように押し込められた。


「ハイト、これ以上責めないでくれ」

「止めろ」

「許してやってくれ、頼む」

「……」


 耳元から発せられる声が嫌でも聞こえてきた。

 本気で逃れようと腕に力を入れたが、体勢が悪すぎる。ゼブが覆いかぶさるように腕に体重をかけていてびくともしない。

 なんなんだよ。

 お前はちゃんと守れたくせに、なんで俺がお前の望みに応えなきゃいけないんだ。


「もう……放っておいてくれよ……」


 拘束を解くこともできず、口から弱音がこぼれた。目を硬く閉じていなかったら涙も出ていたかもしれない。唇を噛んで口を閉じると血の味がしたが、これ以上余計なことを喋るよりはマシだ。

 そんなことを考えていると、唇に何かが触れてきた。

 唇をなぞったり、ちゅっと音をたてたり、何度も何度も触れる。目尻や頬や額へとあちこち口付けられて、恐る恐る目を開けた。

 するとやはり、眉根を寄せたゼブの顔が真正面にあり、黄色い瞳がこちらを見ている。


「ハイト、」

「……」

「すまない」


 噛んでいた唇を舐められ、走った痛みに息が止まる。

 だがすぐに痛みが消え、代わりにぞわぞわするような感覚が走る、また治癒魔法を使ったようだ。

 そのまま治ったかを確認するように、もう一度ゆっくりと唇をなぞられた。


「う」


 今度は痛みこそないが、濡れた感触に思わず声が出る。するとゼブの目が驚いたように見開かれるのが目の前で見え、いきなり恥ずかしくなった。


 なんだこれ、どうしたら良いんだ。


 開いた唇から舌が差し込まれ、舌が触れる。混乱してる俺をよそに、覆いかぶさっていたゼブが、俺の足の間のソファに膝をつき、更に体を寄せてくる。それに体がすくむものの、元々背もたれに縫い付けられている以上身を引く隙間もない。

 そして体が近づいた分、ゼブの顔がより近づき舌が上あごにまで触れる。思わぬ感触に体が跳ねるが、口が離れることはなく、むしろ反応した箇所を何度も舐めてきた。

 困ってゼブの目を見ると、むしろ眉間の皺もなくなり、興味津々といった様子でこちらを見つめていて、腹立たしいし、恥ずかしい。


「っう……、……ん」


 声が出たり、息をのんだり、体が震えたりするだけでも恥ずかしいのにそれをじっと見られていて、その度に確認するように同じことを繰り返してくるなんてたまったもんじゃない。

 今何をしている? 噛み付いた方が良いか? いや、好きにさせておけば良いのか……?

 迷っている内にいつの間にか左手が自由になっていたが、代わりに頭の後ろを持ちあげるように掴んでいるゼブの右腕にすがるだけで精一杯だった。

 口から唾液があふれ、ピチャピチャと舌が立てた音が大きく聞こえてくる頃、ようやくゼブの口が離れていく。


「っは、はぁ……」

「ハイト」

「な、なに」

「嫌か」

「え……」


 ゼブの質問の答えに詰まる。

 嬉しいとは言い難いが、嫌なのかもわからない。

 答えられず黙っていると、ゼブの腕が背中に回り、ぎゅっと抱きしめられた。


「嫌なら止める。言ってくれ」


 その声と重なった上半身の体温で、どうしてだか泣きそうになる。

 結局何も言わずにいると、またゼブと唇が重なった。

 その内息が荒くなり、服の裾をめくってゼブの手が肌に触れてくる。マントを脱いだのに寒くない。体をあちこち触られてる頃にはもう、お互い勃ってることもとっくにわかっていたがどうにももどかしい刺激が続いている。

 生殺しされているような気分の俺は、そこに決定的な刺激が欲しいような、もう行き着く所まで行ってしまった方がお互い楽なんじゃとばかり考え出していた。


「お、い……」


 ゼブが動きを止めてこちらを見つめてくる。

 かなり物欲しげな声をしていた気がする、だがもうどうでもいい。

 いつの間にかソファに仰向けで押し倒されていた体を横向きにひねり、ゼブの顔を見る。

 こんな様を見られていることに羞恥心が湧くが、このままでいるよりはマシだ。


「責任、取れよ……」



---



 最後の方には、俺は完全に息が上がってクタクタで、指一本動かすのも億劫な程だった。

 そんな時、突然、涙腺が壊れたかと思う程涙が出た。


「ひ、う……う゛ぅ……」

「ハイト?」


 苦しいからかもしれないし、我慢する余力がなくなったからかもしれない。

 ボタボタとソファに染みができ、頬が濡れる感触がする。

 苦しい、だが、苦しい理由が多すぎてわからない。


「うう、う゛……」

「ハイト」


 ぎゅっと、ソファを掴む手に上から被せるように握られる。ゼブが抱きしめるように被さってきて、肌が触れる背中が温かい。

 それが苦しさで一杯な中、少し気持ちよく感じる。


「ひう、あ……ぐ、う、う……うあ」


 ゼブが動くたびに頭がゾクゾクして、何かを思い出しそうになってもすぐに思考できなくなる。

 これは、イイ。

 考えたくない、楽だ。いや苦しい、涙が止まらない、気持ちが良い。

 色んな感情が渦巻くのを、ソファに爪を立てて跳ねる体ごと抑え込む。


 ゼブは行為中も終わった後も、ずっと抱きしめてくれていたようだった。


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