3日目 楽にしてくれ
昨晩はあのままベッドには戻らず、暖炉近くのソファに横になって過ごした。
回復魔法を受けている間は眠気を感じたのだから、少しぐらい寝れないだろうかとは思った。だが瞼を閉じればアルカヌム村のあの光景が浮かび、結局考えが止まらない。
辛い。
寝れないからでなく、ずっと故郷のことを考えるのが辛い。考えるのを止めようとしても止められないし、考えれば考える程後悔の念が深まるばかりだ、それに……
「おはよう、気分はどうだ」
「……」
起きてきたゼブを無視する。
こいつに世話を焼かれるのも辛い。
アルカヌム村の滅亡に後ろめたさを感じているのか、昔蘇生したことに義理を感じているのか、理由はわからないがこいつは思いのほか世話焼きだ。
俺が村の言いつけを、掟を破った結果アルカヌム村は滅んだ。
そのことだって辛いが、更に故郷を襲った奴らと暮らす……そんな裏切り者にまでなるなんて、耐えられない。
無理だ、これ以上無理だ。
「そろそろ腹が減らないか。好きな料理はなんだ? なんでも作るぞ」
「なあ」
「なんだ?」
「俺の剣、どこだ」
尋ねると、ゼブが口を閉じる。
そして数秒黙ったあと、俺の隣に腰かけてきた。
「神殿に預けてある。呪われていて俺が管理するのは難しかった」
「返してくれ」
「……剣で、何をするんだ」
「返してくれ」
「……」
俺がゼブの顔を見て言うと、ゼブは眉根を寄せて顔をそむけた。返してくれそうにない。だが、この状況が続くのはもう無理だ。
部屋を見渡すと、玄関付近に立てかけられた巨大な大鎌が目に入る。
立ち上がってそれを掴む。戦った時にも思ったが、ふざけた重量だ。いっそあの時死んでいれば、こんな苦しい思いはせずにすんだのに。
一体、なんのためにこいつに追いつこうとしたんだ……
担いだ大鎌を腰かけたままのゼブに差し出す。
「助けてくれ」
「ハイト」
「楽にしてくれ」
ゼブは顔を歪めるだけで動かない。
昔はあんなに迷いなく殺しにきたくせに、俺が頼むとやらないのか。
どうせ死ぬならアルカヌムの敵に殺される方がマシだ、と思ったが、やってくれそうにないなら自分でやるしかない。
巨大な大鎌に備えられた小ぶりの鎖鎌に手を伸ばすと、骨が折れそうなほどの力で手首を握られ届かなかった。
痛みに呻くと、ゼブが突然立ち上がって走り出し、ドアを開けるとともに大鎌を外へ放り出す。ガシャンという重い金属の音が響いた。
その光景に唖然としていると妙に怖い顔のゼブがずんずんと近寄ってきて、勢いよくソファへ崩れるように押し込まれる。昨日よりも抱きしめる力がかなり強い。
「ハイト、頑張ってくれ」
「無理だ」
「頼む、死ぬな」
「もう無理だ」
「ハイト……」
間近にあるゼブの顔を見れば、眉間に皺をよせ、歯を食いしばっている。お前がそんな苦しそうにする必要はないだろう。
ソファに押し倒されたような状態で、跳ねのけようとはしたがびくともせず、身動きが取れない。
どうすればこいつは諦めるんだ?
「お前は村を守れたんだからそれで良いだろう」
「駄目だ、俺はお前にも生きていてほしいんだ」
「なんで? あの時助けたからか?」
「それもある」
「でも俺はあの時助けなきゃ良かったってずっと思ってる」
縦長の瞳孔が見えるほど目の前にあるゼブの顔が歪む。
もう何度後悔したかわからない、そのことを考えるたびに苦しくて仕方がない。
「あんな、お前らの話なんて聞かずに、ちゃんと、村の掟を守っていれば……アルカヌム村は……
村は、無事だったのに」
途切れ途切れになりながら、思考が口から出続ける。
声に出すのも辛くて、目頭が熱くなった。
「俺はもっと、反対できた。
神具を持って逃げる事も、お前らから神具を守ることも、もっとできたはずなのに……」
涙が出そうだ、なんとか抑えようと目を閉じたが、声は震えた。
「3年前の襲撃だって俺はお前らに勝てなかった。
それでも、村は俺に剣も使命もくれたのに、俺は村に何も……返せないどころか、あんな目にあわせて」
「ハイト、もういい」
「なんでこんなに役立たずなんだ、なんで迷惑しかかけられないんだ。
もう嫌だ!」
ずっと、何度も、何日間も休みなく考えていたことを口に出すと、辛さと悲しさが一層強く襲ってきた。
俺はもう、これ以上自分を責め続けることに耐えられない。
唇を噛んで口を噤んでいると、何かがそこに触れる。思わず目を開けると、ゼブの顔が目の前にあった。
「ハイト、お前は役立たずじゃない」
「……」
「聖地の地脈を解放できたのも、イグニス村が助かったのも、俺が生きているのも、お前のお陰だ」
そう言いながらゼブが目尻へ、頬へ、口へと口付けていく。
それを黙って見ていた。どう思えばいいのかわからない。
「アルカヌムの村人は生きているだろう。
大丈夫だ、お前がそんなに大切に思う人たちなら、お前なりの最善を尽くしたことをわかってくれる」
顔中に無数の口付けを落としながらゼブが言う。
なんだか一層泣けてきた。もう一度強く目を瞑りなおしてもこぼれた涙で頬が濡れる。
「そんなふうに、思えない……」
「思えるようになる」
「でももう、耐えられない。無理だ……」
そう呟くと、次の瞬間唇に濡れた感触が触れる。
驚いて目を開けると、ゼブの舌が唇を舐めていた。
それと同時にゼブの視線が俺の目だけを見ていることにも気づき、なんとなく逸らすことができず、ずっと見つめあう。
「耐えられるようになるまで俺がお前を肯定する。
なんとか、生きてくれ……」
ようやっと口を離したゼブが言ったのは、それだけだ。
辛くて苦しくて、とても頷くことはできなかったが、暫く腕から解放されず動けなかった俺は、いつの間にか眠りに入っていた。
---
目を開けると、一番に硬そうな鱗のはえた腕が目に入る。
頭の上で何かが動いている、なんだ?
見上げようと頭を動かすと、動きが止まり声が降ってくる。
「起きたのか?」
「……」
「まだ昼過ぎだ、寝れるならもう少し寝た方が良い」
上からずらされた手のひらが、そっと瞼を下すように覆ってくる。どうやら膝枕をされて、頭を撫でられていたらしい。まさか朝からずっと撫でていたのか? どうかしている。
腕をどけて上体を起こすと、いつのまにか体にかけられていたマントがずり落ちた。
「ハイト」
名前を呼ばれると、ゼブがずり落ちたマントを俺に巻きなおしてきた。
何と言えばいいかわからず黙り込む。眠る前と違って、跳ねのけて逃げる気が湧いてこなかった。
「少し、このままでいられるか?」
「……ああ」
「すぐ戻る」
そう言うとゼブは勢いよく立ち上がり、隣の台所へと向かう。
卵を取り出して、何か作り出し、数分後にはもうこちらへ戻ってきた。
「飲めるか?」
「……」
手に握らされたのは、カップに入った卵のスープだ。
口元へ近づけると、わずかに出汁のような匂いがした。口に含むと、当たり前だが薄く卵の味がする。
一口ずつ飲み進めていると、飲み終わるころ隣から手が伸びてきた。
「気をつけて持て」
そう言われて渡されたのは、溶けたチーズのかかった薄くスライスされたパンだ。受け取ると熱いが持てないほどでもない。
一口かじると妙に癖のある味がする、あまり気が進まないが……隣を見ると、今度は小さなナイフでりんごを剝くゼブと目が合った。
その姿を見るとパンを突き返す気にもなれず、とりあえず咀嚼して飲み込むのを繰り返す。
そして食べ終わるのと同時に、今度は切られたりんごを差し出された。
「もういい」
「そう、か……」
語尾が弱くなったゼブに視線を送る。
「アンタ、……昼飯、まだなんじゃないのか」
それだけ言って、もう俺の世話を焼かなくて良いよう少し離れて座りなおした。ゼブに背中を向けるよう、ソファの背もたれに横向きにもたれかかる。
目を閉じると、俺はまた、故郷のことを考え出していた。
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