2日目 救われたイグニス村



 わざわざ俺のために借りてきたらしいベッドに横になってはいる。だがいつまで経っても寝付くことができず、気づけばゼブが開けた窓から朝日が差し込んでいた。


「今日は天気が良い」


 差し込む日光が目にかかる。

 まぶしいのと、これ以上横になっていても寝れる気がしなくて上半身を起こした。

 窓の外からは冷たい風が入り込む。だが、以前の……封印を解く前の、吹雪の日に比べれば格段に穏やかだ。


「ハイト、見えるか?

 地脈の封印が解けてから、極寒のイグニスに晴れ間が覗くようになった」

「……」


 窓に視線を向ければ、確かに赤い光を放つ聖地がかなり遠くに見えた。ゼブは誇らしげな声色だが、俺は余計胸が痛む。


 あれを解放したばっかりに、アルカヌム村は地殻変動に飲まれたんだ。


 またそのことを考えていると、いつの間にか隣でしゃがんでいるゼブが、俺の頬に手を添えて視線を合わせてきた。

 頬がじわりと熱い。流石に火の一族、この雪国で上半身裸のまま寝ていたくせに体温が高いままだ。


「朝食は、食べられそうか?」

「いらない……」

「……そうか、せめてミルクでも温めよう」

「……」


 穏やかな口調で喋っていたゼブの姿が、衝立の向こうへと消える。

 なんとなく宙を眺めたままの視線をまた窓の外へと向けて、窓に近いベッドの縁に腰掛けなおした。

 青い空に溶けかかっている赤い光を見ても、何が起こるわけでもないし、もう一度封印する方法もわからないし、できたとして村が元に戻るわけでもない。

 うちのめされた気持ちでいると、いつの間にか窓の縁にカップが置かれていた。今日は湯気が出ていない。置かれてから随分気づかないままでいたんだろうか。

 まあどうでもいいかとため息をつくと、白い息が辺りへ溶けていく。

 その時ふと気づいた、視界の隅に映る自分の手が小刻みに震えていることに。


「?」


 ぐっと拳を握っても震えが止まらない。そもそも手先だけでなく、腕や肩、全身震えている。

 俺の呪いの剣は村に入ってすぐ解呪されてから手元にない。呪いじゃない。反対の手でもう片方の手を握る。

 熱を感じない。


「ハイト?」


 手を握ったまま、声のする方向へ顔を向けるとゼブがいた。小さめの樽を抱えたゼブは、驚いたような顔をして近づいてくる。


「ハイト、大丈夫か?」

「だい、丈夫だ」

「顔が青い、震えて……もしかして、寒いのか?」

「寒くない」

「寒くないわけないだろう……!」


 自分で握っていた両手の上から、ゼブの手が包むように重ねられる。その手が今度は痛いぐらい熱くて驚いた。さっきと全然違う。

 それにあれだけ気遣った様子を見せていたこいつが、咎めるような声を出したことにも驚いた。なんとなく悪い気がしてゼブの顔を見ると、俺の手を見ていた縦長の瞳孔の目がこちらへと動く。

 やはり機嫌が悪そうだ、こいつの言う通りにしておくか。


「寒い」

「……」


 ゼブがまた眉根を寄せる。

 寒いって言って欲しいんじゃないのか? 他にどうすれば良いんだ。

 困っていると、突然小脇にでも抱えるように体を持ち上げられた。自分の足を動かすよりも早く、ほとんど引きずるように運ばれた先は、昨日最初に通されたソファの一角。

 最も暖炉に近い位置に置かれるとゼブが離れた……かと思いきや何かの布を手にすぐ戻ってくる。

 その布を目の前で広げだしたので、すぐにそれがマントだと分かった。内側がボアになっている厚手のマントで俺を包み終わると、目の前に膝をついてまた手を握ってくる。


「悪かった」

「?」


 一体何を謝っているんだ?

 ゼブは俺の手をほぐすように揉みながら、もう片方の手を背後にある暖炉へ向けて火を大きくしている。いくら自宅で慣れているとはいえ、こんな小さな火を見もしないで細かく調節するなんて器用なやつだ。


「お前は寒いと思ってなかったんだろう、信じなくて悪かった」

「……」


 これはなんて答えればいいんだ?

 言われた通り寒くなかったにすればいいのか? それとも本当に寒かったから気にするなって方がいいのか?

 困って黙ったままでいると、ゼブが両手で包んだ俺の手を額へと寄せた。そしてすぐ、そこから魔力が溢れる。


『癒しを』


 こいつの魔法だ。

 全身を熱に包み込まれ、体の震えが止まる。関節が動かせるようになったことで、全身が強張っていたことに初めて気づいた。

 温かい。

 そう感じるのと同時に右目からぽろっと涙が落ちた。なんだこれ、目玉まで凍ってたのか?

 一粒だけ落ちた涙をぬぐうようにゼブの指が頬を撫で、そのまま手のひらも添えられる。その手が熱くて、自分の頬がかなり冷たかったことにも気が付いた。

 なんだか眠い気がする。ゼブの手に頭を預けて目を閉じると、ぐっと上体を引き寄せられた。背中に腕が回り、まるで抱きしめられているような状況だったが、頭を乗せた首元も温かくて案外嫌でもなかった。


 何度か治癒魔法が繰り返される間だけ、何も考えず寝れそうな気がした。


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