君が好きで

おくとりょう

大好きだよ。だから、ずっとそのままで。

「好きだよ」


 そう言うと、キミは「嘘でしょ」と泣きそうな顔で首をすくめた。オレは笑ってキミを引き寄せる。力を込めれば壊れてしまいそうな小さな身体。

 でも、抱き締めれば、すぐわかる。キミは決して弱くない。弾力のある筋肉と細くもしっかり硬い骨。肉の奥から力を感じる。キミの心をあらわすみたいだ。

 熱い血がトクトク流れるのを聴きながら、白いうなじにそっと囁いた。

「ホントのホントに大好きだよ」

「……ホントに?」

 白い頬を紅く染めてこちらを見上げるキミ。ふわふわ癖毛の小さな頭を優しく撫でると、頭皮の香りが柔らかに立ち上る。キミの生命を感じてオレはほっこり微笑む。


「ホント。オレはキミのことが大好きだよ」


 温かくなるオレの気持ちとは裏腹に、キミは小さく嗚咽し始める。オレはびっくりして、うつむくキミの顔を覗き込んだ。

 アーモンド形のその瞳から止めどなく溢れる滴。それは小さな手が何度拭っても追いつかず、紅く染まったその頬に幾筋もの線をひいて流れ落ちる。

「別に可愛くないし、何の役にも立たないのに?」

 オレは思わす微笑んで、涙を拭う小さな手を包み込む。いつも器用なその白い手は想像以上に柔らかくて、オレは気づかれぬよう唾を飲む。


「何を言うのさ。キミはこんなにも可愛らしい。

 誰がなんと言おうとも、オレは愛おしくって堪らない。ただそのまま。そのままでいてくれるだけで、オレの役に立ってる。だから、もう泣かないで」

 スッと曲線を描く鼻筋を指先で撫でると、くすぐったそうにキミは笑った。睫毛の先の滴が綺麗で、掠れた声は鈴のよう。オレはホントにキミが好きだよ。


 ふと外を見ると、もう真っ暗でオレは今度は「おやすみ」のハグをした。少し物足りなさげなキミ。淡い色の唇を突き出すみたいに尖らせるので、再び鼻先をくすぐるように、小さく撫でる。すると、キミはため息混じりにオレを抱き締めて、しぶしぶ寝床へと向かった。


 キミの背中を見送ってから、オレは外を眺めて息をつく。池に映るは丸い月。何とはなしに覗き込むと、水面は夜空みたいに真っ暗でオレの姿は映らなかった。ホッと胸を撫で下ろす。ヌメヌメとした肌で、腕ばかり多い自分の姿は眠る前くらいは見たくなかった。


 たまたま村の外れで見つけた赤ん坊がここまで、違う容姿の生物に育つとは思わなかった。毛も鱗も粘膜も無いキミ。もし、キミの仲間がいる社会を見つけたら、キミはここから去るのだろうか。もし、そうなら。そのとき、オレは……。


 ただ今はキミの熱を思い出しながら、オレは静かに眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が好きで おくとりょう @n8osoeuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ