負けずぎらいな令嬢は紳士の罠にかかる

 母ソフィアが貸してくれたレディーズメイド、ヘレンが渾身の力で締めたコルセットでボディラインは完璧に整った。

 淑女扱いされたのだから、淑女として振る舞うのが礼儀というもの。

 レジーはもう一人前の男性として事業を始めて、最先端の流行の発信地である隣国にも遊学したって聞いたし、一流のオシャレに身を固めて隙がない女性を、きっとたくさん見ている。


 今更焦ったって遅いけど、領地に引っ込んでのんびり過ごしてる両親のもとで育ったわたしは、おそらくだいぶダサ目の部類に入ると思う......。

 なんでもっとアンテナ立てておかなかったんだろう!


 ヘレンのアドバイスを聞きながら、今日のドレスを決めて急いで身につけたところ。

 次の関門はヘアスタイルだ。


「トップの位置でまとめて後れ毛を巻くのは、もう古い?......今は耳横に巻毛を作るんですって!」

「お嬢様、そのT & Cマガジン発行日確認なさってます?」

「新しいのはどこよ?」


 朝から大騒ぎだ。

 いただいたハンカチに薔薇の香りを移したし、お化粧も綺麗にしてもらった。

 お母様みたいに背をすらっと見せたいから、少し踵の高い靴も出してもらった。


「お兄様たちの外出時間に間に合いそう?」


 ヘレンがわたしの髪にコテを当てている最中で、手が離せないと見てとった侍女エリカが素早く窓から庭をチェックして、伝えてくれた。


馬丁グルームが、セオドア様のフィフィネラを連れて厩舎からこちらに来ておりますわ。従僕が待機しています」


 フィフィネラは兄の愛馬だ。

 栗毛の人懐こいメス馬で、主人の帰還で機嫌が最高に良いらしく食欲も増したとつい昨日聞いたばかりだ。

 わたしも嬉しいのよ。お揃いね、と心の中でフィフィネラに語りかける。


 出来立てホヤホヤのカールを揺らしながら勢いよく立ち上がった。


「よかった!さあ、お見送りに行くわよ。ヘレン、ありがとう。お母様のところへ戻ってね。忙しくさせてごめんなさい」

「とんでもありませんわ。お綺麗ですから自信をお持ちくださいませね」


 お兄様とレジーは今日、お兄様が管理する領地の視察で遠乗りの予定なのだ。

 わたしも一緒に行きたい......!

 ......と口から飛び出そうになって飲み込んだけど。


 わたしの腕では馬にそこまで距離を走らせられないし、スピードも出せない。

 足手まといになってしまう。

 子どもの時はただ行きたい!ってだけでレジーかお兄様の鞍に同乗させてもらって、いろんな場所に行けて、とんでもなくワガママだったとは思うけど楽しかった。


 玄関ホールサルーンに降りる階段のところで、客間から出てきたレジーと鉢合わせになった。

 一瞬驚いた顔をしたレジーがすぐ優しい笑顔になって、途端に心臓の鼓動が跳ね上がる。


「ミス・ウッドヴィル、おはよう」

「お、ぉ、はよぅ......ございます......」わたし!声ちっちゃ!しっかりして!


「朝から眩しいな。あなたがお綺麗で心が晴れ渡るようです」

 ヤメテ。「ぉ......お上手ですこと......っ」息も絶え絶えだ。

 でも、頑張ってよかった......!


 当たり前だけど今日のレジーのいでたちは凛々しい乗馬服。

 モスグリーンの密度の高いウール地に地柄が織り込まれていて、温かみがある素材はレジーが持つダークブラウンの色合いとピッタリ合っている。


 先に階段を下りたレジーがこちらに手を差し伸べてくる。

 エスコートに応えて手を添え、支えてもらうと、グラグラの足下に安定感が戻ってきた。

 助かります。


「あなたは今日はどちらかへ?」

「ぃぇ、屋敷に居りますわ......?」


 あれ。

 ここで気がついた。

 外出の予定ないのにフル装備って、よく考えたら変な人......?

 気づいたら、ぐわーっと耳に血が集まってきた。


 兄の親友をお見送りするためだけに!気合い入れまくった姿で!部屋から出てきた結婚適齢期の女!

 つまり......下心スッケスケ!


 だってもうよく知ってるけど、レジーは洞察力の鬼じゃない?

 一語話せば百くらい先が読める人。

 これ......バレた気がする、恥ずかしい......。


 女が"好きアピール"しすぎるのも、「はしたない」ですよ......と三年以上前レジーといるわたしを見た家庭教師にお説教されたことを思い出した。

 どうせなら、しでかす前に思い出せ。なんで今になって思い出すの......。


 こうなったら無邪気お子さま作戦しかないわ......大人扱いしてもらいたいから本当はやりたくないけど、はしたないと思われるよりはマシだ。


「ぁの。わたし、子どもの頃を思い出してしまって。お兄様のお出かけにいつもせがんで連れて行ってもらっていたものですから......」


「そうでしたね。あなたのおねだりは可愛らしくて。なんでも聞いてあげたくなったものでした」

「まぁ......」


 わたしを殺す気かしら?このかた。なんでずっと心臓止まりそうな事ばっかり言うの?

 もうとっくに階段を下り終えてる。

 いつまでも引き止めて話していたらいけないわ。

 玄関サルーンから外へ出る。


 お兄様は先に玄関前に出てフィフィネラのそばにいた。

 乗馬服姿のお兄様はいつもより少しだけ頼もしそうに見える。


「ロッティ、おはよう。今日は朝食に降りてこなかったから、まだ寝てるかと思った」


「お兄様、おはようございます。今朝はお部屋でお茶だけいただいたのよ」

 ......コルセット締められなくなくなるからね。

 と、そこでレジーがお兄様に思いがけないことを言い出した。


「セオ。俺の馬は......ああ、テディントンか。タフな馬で助かる、二人用の蔵に付け替えてもらえないか」


 わたしの背後に控えるエリカとホールから出た従者らが固まった気配がした。

 そんなの予定にありませんよ!?......という使用人一同の合唱が空気にでっかく響き渡っている気がして、わたしは焦って弁解した。


「あの、あの、レジー!お兄様、そんなつもりじゃなくて。わたしお留守番しています」


 そう。レジーがいきなり予定の変更をする気になったのは、さっきわたしが「お出かけ気分になっちゃったわ♡」的な言い訳を咄嗟にしたから!


 やばい!その場しのぎで発言した話の流れに足を取られて急流に巻き込まれている!

 お母様の呆れ顔が目に浮かぶ。


 お兄様が途方に暮れた周囲の使用人たちを宥めるように見渡して発言した。


「僕がふたりのお目付役をするよ。ロッティ付きの者は午後まで半日休暇と思いなさい。供をするために予定を組み替えなくても良いなら、気も楽だろ?」


 空気が一気に緩む。

 そのタイミングで気働きの良い小姓がひとり厩舎の方へ駆けていった。

 鞍を取りに行ってくれたのだ。


 もう空気は完全に「三人でお出かけ」決定の流れで進んでいるのだけれど、わたしはオロオロしていた。

 二人乗り......!?レジーの前に載せてもらうの??

 お兄様じゃなく?

 密着しちゃうじゃない。あり得なくない?

 あ、昔はやってた?今さら遠慮しても遅い?そうなんだけどぉ......。


「帰邸後は風呂の準備を。リヴァーズ領主館は遠い。時間は遅くなると......」


 この後の予定を、わたしの使用人とお兄様の使用人が共有し始めた。

 あああ、もう断れそうにない......。


 ちょっとエリカ、コソコソ話で「お嬢様、ファイトです」って、何を頑張れって言うのよ?

 心拍数上げすぎて死なないようにね、って意味かなぁ。

 正直自信がないんだけどね......。


 噂の通りご機嫌なフィフィネラがすり寄せてくる鼻先を撫でながら、わたしは何とかして平常心を取りもどそうとしていた。

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