紳士は負けずぎらいな令嬢十三歳を娶りたい
性の知識はあった。
精通もしていた。
ただ溜まれば出すだけの事務的な処理で十八の春までは過ごしてきた。
特定の誰かを思い浮かべて滾るという経験をして初めて、淡白な方だと思っていたセルフイメージが全くピントのズレたものだったと認識が改まった。
紳士たり得ない己の思考に自己嫌悪して、軽蔑で溺れそうになりながら、愛しい少女と同じ屋敷で春休暇の残りを過ごした。
苦行とも言えるその時間をレジナルドは噛みしめるように味わい、永遠に過ぎなければいいと願う心と、今すぐ立ち去りたいという思いとに煩悶した。
次の休暇をこの家で過ごせないことは明白だった。
「セオ。
俺の頼みを聞いてくれないか」
懊悩の末にレジナルドは決意して、まず一番相談すべきと判断した相手へと話を持ち込んだ。
「きみがそう言ってくれるのを待って六年経ったんだ。なんでも言ってくれ!」
食い気味に応える親友の勢いにレジナルドは面食らったが、ひと息おくと静かに言った。
「君の妹シャーロット嬢を娶りたい」
「......は、え?」
ロッティと呼んでいたのではなかったか?
妹は十三歳になったばかり、そんな話は親を通してするものでは?
疑問がシャボンの泡のように沸いては萎む。口を挟みづらい圧に、とりあえず全部聞いてから質問に取り掛かろうと、セオドアは静観の構えを取った。
「今すぐじゃない。
俺も足場を固めないといけないから。
領地に戻った時、あの屋敷の人間たちを納得させられる状況を整えなくては、シャーロット嬢を連れて行けない」
本気だ。これ。
いったい何があった?
「ロッティは......」
このことを、レジーの本心を知っているのか?
腹芸のできないあの妹が、万一レジナルドと恋仲にでもなっていたら、分からないはずがない。
今朝もあっけらかんと、のほほんとしていた。
「シャーロット嬢は俺の変化に気づいてもいないし全く恋愛感情はないんだ。問題はそこだ」
やっぱり。ちょっとだけホッとした。
"全く恋愛感情はない" というレジナルドの談には、首を傾げたくなるが。
シャーロットの様子を見ていれば、レジナルドに対して好意を抱いていることは明白だ。シャーロットが大人になった時、初恋の相手として思い浮かべるのはレジナルドに違いない、と思う程度には、妹は自分の親友を慕っている。
「夏が終わって卒業したら、何年か俺はシャーロット嬢と離れて連絡も取れなくなる。父はまだ若いし、嫡子としての領地経営を学ぶより前に自分の事業を持たなくては、父にも祖母にも対抗できない......。」
レジナルドの生家において権力を持っている者は文字通り"王様"だ。
強い者は弱い者を一方的に蹂躙し、弱い者は恨みを募らせるか、媚び諂うか、壊れる。
反抗するものが現れれば、空気を読んだ屋敷のものが一丸となって袋叩きにする。生贄さながらに。
レジナルドはその中で権力者の望み通りに振る舞い、評価される道を選んで生き延びたが、家に戻って再び彼らの願いを叶える機械になり、彼らの論理に巻き込まれるつもりはない。
そしてシャーロットに窮屈な思いをさせるつもりもない。
あまり生家の話をしたがらないレジナルドだが、この六年ポツポツと漏れ聞いた話を総合して、セオドアもグレイ侯爵家の厄介さは薄ら理解している。
「わかった。僕に出来ることは何だ?」
「シャーロット嬢が自分から好意を寄せるような男性が現れたら教えて欲しい 」
「そんな......」相手、現れるかな?
「ロッティはきみが言えば待つだろうと思うけど……」
「約束を......いまの段階でするのは、シャーロット嬢が可哀想だ。俺の事業が軌道に乗るまでは、父にはこちらとは縁が切れたと思わせたい。そうでないと、横槍や妨害が入ると思う。グレイ家の家風にシャーロット嬢は合わなさすぎる。
そして俺の気持ちやつもりがどうでも、一番大事なのは君たちのご両親の意向だ。
シャーロット嬢がデビュタントを迎える時期に動きがあれば教えてくれ」
「分かった。僕らも侯爵家には逆らえないからな......。あとはきみの事業が早いこと軌道に乗るよう、僕も協力するのがいちばん手っ取り早いかな」
入学して六年目の最高学年で生徒代表を務めたのはセオドアだった。成績はレジナルドに劣ったが、生徒をまとめるリーダーシップが学院長に評価されたのが大きな要因となった。
各貴族が我が子や教師を通じセオドアを知り、話を聞いて好感を持つ。卒業後には上級貴族に多少なりとも話が通じる状態を作りあげることが出来ている。
これから何をするにしても、各方面にコネクションと資金を持っている貴族に話が通せるのは強みになるだろう。
「心強いよ」
レジナルドはそこで大きく息を吐いた。
セオドアは、長い付き合いのこの親友がこんな風に体を固くして話す姿を、そう言えば初めて見たんじゃないか?とこの時気がついた。
今までの思い詰めたような雰囲気はそこで一変し、清々しい眼差しでレジナルドは笑顔を向けた。
「君に軽蔑されるんじゃないかと、それだけが怖かったんだ。冷静に話を聞いてくれてありがとう」
「何言ってるんだよ......」
軽蔑かぁ。......してもおかしくないような事を、ロッティで考えたってことだよな......?
語るに落ちたな。
去年まであんなにベタベタしてたのは、本当に下心がなかったせいなんて、予想外だ。
レジー、十四歳になる年齢で、目の前の感情に一切捉われず数年先を視野に入れて動いていたきみが。
そんな男だったきみが恋に溺れられたんだから、祝福する以外にないだろ。
「きみの気の長さは相変わらずだなって、感心しか出来ないよ」
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