第7話

 きらびやかに光る星から、黎明れいめいの歌声が降ってくると私は信じていました。


 そう、信じていました。


 けれどもその日、世界は、奇跡の歌を届かせてなどくれなかった。


 あぁ、なんてひどい朝だっただろう。覚えていない、いいや、覚えたくなかった。


 私が想像していたその日は、けがれの無い透明なガラスの中で人々が踊り明かすような、そんな素敵な楽園で始まる、交響曲第一楽章のような物のはずでした。


 フタを開けてみれば、それは幻想とも呼べない、耐えがたい地獄のまやかしだったのです。


 涙なんて無かった、れていた。枯れたくなかった、枯らしていた。


 私にはもう、世界が見えない。


 

 進化ではなく、退化。


 再生ではなく、破滅。


 平和ではなく、混沌こんとん


 

 返して、返してっ、返してっっ。


 呆然ぼうぜんと立ち尽くす私に、この世界を壊した『言葉』が襲い掛かってきた。


 止まらない、止まらない、止まらない。私の体から、生をつかさどり命を繋ぎ止める心臓から、たくさんの血が流れていた。


 その血は、誰かとの想い出を刻み込んでいる、1つの写真に流れていった。


 たくさんの人の顔に、血が流れていく。


 皆の顔が、消えていく。


 けれど、私の顔が消える事は無かった。


 だけども、その血は唯一、私の心臓にだけ流れていった。


 それから、どれ程の時間が経ったのだろう。私の元に、誰かが来た。


 見てみると、それは『言葉』。けれども、それは心優しい『言葉』だった。


 心優しい『言葉』が私を手当てしてくれたみたいです。


 あぁ、でも、もう。


 私はとっくに手遅れなようでした。


 薄れていく意識の中、私は最期にある物を見、ある物を聴きました。


 それは、心優しい『言葉』の涙と、優しい歌だったのです。


 私の心が、ここではないどこかへと、空へと飛んでいくような、そんな心地よさを覚えました。


 気付けば、私も一緒に涙を流し、今生へのせめてもの抗いとして、人生最大の笑顔を浮かべていました。


 そして、私はこの悲しくも幸せな空間の中、思います。



 優しい『言葉』は、薬のように浅く刺さり、治してくれる。けれども、悲しい『言葉』はナイフよりも、強く、深く、突き刺さっていきます。


 

 深く傷付けられた悲しさは血に変わり、大雨となって、思い出に降り注ぐ事を知りました。



 だから、私はなってみせるのです。



 二度と同じあやまちを繰り返さない為に、必ず。


 

 私を包んでくれた、あの優しい『言葉』に。


 

 最後まで寄り添ってくれたあの『言葉』に、どうか未来永劫みらいえいごう、悲しさが訪れませんように。



 

 あなたに、さちあれ。



 

 憎むなら あなたではなく 言の葉を



 歌え秋桜コスモス 咲き乱れの幸

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言葉の溜まり場 〜1投稿完結型〜 吾輩は藪の中 @amshsf

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