運命の時

その頃、明星がコンサルタントとして担当している建設会社では、「この会社ばぁ……長年勤めあげぇ……ごごまで頑張っでぎまじだ!」今日で定年退職となる佐藤社長の祝いが社内で行われていた、「皆!ありがとう!ありがとう!」 佐藤は号泣状態であったスピーチを終えると、嬉しそうにゆっくりと社員一人一人に握手を交わしていた、「社長、嬉しそうだな」 「さっき何話してたかわかったか?」

「いや、全くわからなかった」 すると社長が順番でこちらに握手を求めてきた、社員は苦笑した笑みを浮かべながら低く頭を下げ握手した、「プルルル、プルルル!」 その時、同じ現場に居合わせていた副社長の瀧川は、スーツのポケットに閉まっていた携帯から着信が鳴っていることに気がつくと、瀧川は一度部屋から退出し、社内の廊下に出ると、すぐに電話に応答した、「もしもし瀧川です、」。




日本銀行前、大鷹の運転する車は田中が勤める銀行周辺の道路へと停めた、「ありがとうございます大鷹さん!」 助手席に座っていた田中は、車から降りる前に大鷹へお礼を告げた、「本当にやるのか田中君?銀行を敵に回すことになるかも知れないんだぞ?」 大鷹の不安を前に田中は平然と応えた、「不正に関わるくらいなら、構いません」そう話すと田中は車から降りて中へと入っていった。


時刻は1時、ふと田中は社内の壁に掛けられた時計から時間を確認する為、デスクから顔を上げると、それと同時に石岡専務がこちらに歩いてくる姿が見えた、石岡は足早にこちらに来ると田中の名前を呼んだ、「田中、尾上常務がお呼びだ」

「わかりました、」田中は緩めていたネクタイをすぐに整えると、デスクから立ち上がり、石岡と共に足早で常務の元へと歩き始めた。

常務室の扉前へと到着すると、石岡は二度軽くドアをノックし、室内へと入った、続く田中も室内へ入ると頭を下げて、尾上常務の前へと向かった、「融資部課長田中です。」 目の前に座り込んでいる尾上はどこか余裕のある表情を浮かべていた、「田中、融資の件はちゃんと進んでいるか?」 「はい…予定どおり進んでおります」

「そうか、」尾上はどこかよそよそしい様子を見せている、田中は疑問を浮かべながらも、尾上に張れないよう返答を続けた、「今晩実はな、以前お前の部署が担当していたホープ自動車社長との会合が入ってな、全く、あの会社には昔問題が発生したことで、こちらは大打撃を受けたからな、わかっているだろ田中、大村リゾートは確固たる未来が見える信用があるのだよ、決して、癒着なのではなく。」 田中は何を考えているのか予測できない尾上の圧力にただ頷くだけであった、「このまま融資はお前に任せたぞ、以上だ」最後に尾上はそう告げると、自身のパソコンを開いた、今目に映るパソコン内に取り付けれたUSBには、尾上を引きずり出せる証拠が隠されている、じっと田中は尾上を目に焼き付けながらその場から退出するのであった、室内に出る際、専務の石岡はまだ常務室に残っていた。






夜の8時、尾上常務の行きつけの店でもある、高級日本料亭に明星、蝉、千石、高橋の四人は先に和室の中へと待機していた、「尾上常務は後30分程で来るだろう、本当に上手くいのか?」千石は計画の前に不安が募っていた、「今晩はもう会社に戻ることは無いでしょう、今日のうちに田中が証拠を手に入れれば、」 その時、「おい!、大鷹から連絡が来うたで!」明星の話を遮って蝉が会話に入ってきた、「たった今、会社から出てくる姿を見かけたんやと」 そう話すと明星は一度腕時計で時間を確認すると、千石、高橋に再び言葉をかけた、「いいですか、尾上に探られないよう普段通りの様子でお願いします。」

高橋は真っ直ぐな目で明星の顔を見つめながら頷くが、千石はまだ不安を抱えている表情を浮かべていた、「明星、もし上手くいかなかったらどうする?」    「上手くいかなければ、お互いに諦める事しか出来ません、チャンスは一度きりです!」 千石にそう言い放つと、明星は和室から立ち上がり、蝉を連れて酒の席から出ていった、「チっ、一度きりか」。





「たった今、尾上が車に乗ったのが見えたぞ、」大鷹の電話で情報を確認する田中は、周りの社員が帰宅して、自分以外の他に会社に残っていないことを確認すると、田中は常務室の方へと移動をし始めた。


時刻は8時20分、等々日本料亭前の駐車場にて尾上を乗せた黒の車両が見えた、明星と蝉は、千石達がいる和室とは逆の個室へと待機していた、「バン、」黒の車両からは先に運転手が外から出てくると、尾上が乗る後部座席の方へと回り込み、そのまま後部座席の扉を開いた、尾上は身嗜みを整えながら車から降りると、料亭の入り口へと向かっていた、「あれが尾上やな、」 蝉はじっと睨みを効かせながら尾上の姿を直視していた、「田中、頼むぞ」明星は心にそう言い放ち、携帯をじっと握りしめた、そうしているうちに、尾上はゆっくり和室へと繋がる廊下を歩いていた、尾上の前には料亭の女将が案内をしている、「こちらになります、」 やがて尾上は千石のいる和室の前へと到着した、明星の見える襖の奥には今尾上が立っている、思わず明星は息を呑んだ、「スゥー………タン!」女将が襖を開けると、ゆっくり尾上が和室の中へと入ってきた、「予定よりも遅れて申し訳ない、」   「いえ、先に頂いておりました、」千石は既に座布団の上に座りながら酒を飲んでいた、尾上は何の疑いもなく空いている座布団の上へと座り込んだ、「どうぞおつぎしますよ、」 千石は依然と普段通りの素振りを突き通している、一方の高橋は緊張で表情が固くなっていた、その様子に気がついた千石は目で落ち着くよう訴えた、「それで、今日私を呼んだ目的は何ですかな?」 尾上は酒を口にする前にそう千石に問いかけてきた、その問いかけに一瞬迷いを感じたが、すぐに千石は仮の目的を応えた、「実は新たなプロジェクトを立てようとしてましてね、」。




その頃、田中はようやく常務室の前へと到着した、改めて周囲を確認し終えると、急いで田中は室内へと侵入した、尾上のデスク前へ来ると、田中は事前に用意していた全社員のセキュリティコードが記された分厚いファイルをテーブルの上へと置くと、尾上のコードを見つけるため、ページを捲りまくった、そして数分後、尾上のセキュリティコードが記載されたページを見つけ出した、「よし!」すぐさま田中はパソコンを起動させ、素早くコードを入力すると、ロックが解除された、緊張が走るなか田中はマウスを握りながら、ホームに表示されている幾つかのファイルをクリックした。




「おい!明けっち、もう一時間もかかっとる、本当に大丈夫なんか?」蝉は時間を気にしながら不安を隠しきれずにいた、しかし明星も不安は募っていた、すると突然、明星の携帯から田中からのメールが入ってきた、「来たぞ!連絡が入ってきた!」すぐに明星は田中からのメッセージを確認すると、突然、明星の表情が青ざめたように変化した、メールの内容には、尾上のどのファイルにも証拠となる資料が消えているとの連絡だった、「どないしたんや?明けっち!」明星は焦った様子で、千石のいる和室を覗いた。

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