2−2 旅立ち
一年前に去ったはずの気配、それを再び感じてメイラの土の精霊ツチサンは、森と外の境界近くで姿を現した。
『ああ、ツチサン。ティエンが捕まってしまいました。お願いです。助けてください』
名を与えられ、精霊主から離れ個体になった精霊たちには自我が生まれる。
それは感情をも伴うようになり。
ツチサンは、少年の精霊フィンを好ましく思っていた。他の精霊たちがひどく嫌うだろうとわかっていたが、彼はフィンを森の中に通し、すぐにメイラの元に向かおうとしたのだが、立ち止まる。
『なんだあ?』
『何なの?』
メイラの火の精霊ヒーサンと水の精霊ミズサンが姿を現せたのだ。
『オマエは、あのガキの精霊だな』
『なんで来たの?土、なぜ入れたの?』
ヒーサンとミズサンの仲は大変よろしくない。いつ喧嘩ばかりなのだが、今日は息がぴったりにフィンに牙を向く。その余波はツチサンにも向けられていた。
『フィンが困っている。オレは助けたい』
『はあ?』
『なによ、それ』
ツチサンの言葉に二つの精霊は目を吊り上げ、彼の背後にいたフィンは驚いて目を丸くしている。
『メイラを守るのはワタシにとっては重要なこと。その精霊とか、関係ないわ』
『くっそ。水と同じ意見なのは頭にくるが、その通りだ。フィン、さっさといなくなれ!』
『それはできません!』
『なんだと!』
きっぱり断ったフィンに火の精霊ヒーサンがつかみかかろうと体を乗り出す。それを押し退けたがツチサンだ。
『アンタ、ワタシたちと争う気?』
水の精霊ミズサンは驚きながらも構えを取る。
まさに一色触発の場面に、声が響き渡った。
『やめなさい!』
それは契約主からの命令。
ミズサン、ヒーサン、ツチサンは凍りついたように動きを止めた。
「カゼサンに連れてきてもらってよかった。フィン、久しぶりね。ティエンは?」
動かない精霊たちを一瞥して、メイラは問いかける。
女の子の成長は早い。
一年前に別れた少女は以前よりも丸みを帯びた姿をしており、背も少し伸びていた。
『メイラ。ティエンが捕われてしまいました。どうか助けてください』
「うん。わかった。早く行こう」
『メイラ!』
フィンの懇願に即答した契約主に精霊たちは非難を交えた声でその名を呼ぶ。
「ティエンは私の初めての人間の友達。絶対に助けたい!」
少女の固い意志に、精霊たちはそれ以上不満の声を上げれなかった。
☆
『お金があってよかった。これも持っていきましょう』
「お金。ああ、物と交換する時に使うものね」
何も準備もしないまま、森を出るわけにはいかない。
メイラはここ七年の間、森を出たことがないのだ。森にくる前に村に住んでいたが、小さかったこともあり、村以外の生活をしらない。とんだ田舎者で、フィンに相談しながら旅支度を進める。
『なるほど、これが精霊鎖』
『単なる髪の毛なのね』
旅支度を進めながら、フィンはなぜティエンが捕われたのか、精霊使いとはなんなのか、を説明していく。
精霊の愛し子の一人が己の娘のために自身の精霊をこの地に止めようと精霊鎖を生み出した。多くの精霊の愛し子によって精霊鎖が作らされ、契約主が死んでも精霊がこの地に留まるようになった。人間の身勝手によって精霊たちが自身の元に戻らなくなったことを精霊主が怒り、誕生する精霊の愛し子が激変したこと。そうして限られた精霊鎖を奪い合い、戦争に発展したこと。
その結果、一国が他国を支配し、世界は統合され、一つになった。けれども国内での争いは絶えない。そこで王は、すべての精霊鎖を手に入れようとしており、精霊の愛し子狩りを行い始めた。
王宮から逃げ出した最後の精霊の愛し子のガルネリは、この世界のすべての精霊鎖を破壊しようとしていた。旅の途中で拾ったティエンと共に精霊鎖を破壊する活動を続けていた。
その矢先、ガルネリは王宮からの刺客によって殺され、ティエンが師匠の目的を引き続き、森から出た後も精霊鎖を探し、破壊に勤しんでいた。
火の精霊ヒーサンと水の精霊ミズサンは、フィンが持っていた精霊鎖を持ち上げたり、いろいろな角度から見ている。
『絶対に燃やさないでくださいね。燃やしてしまったら、私の存在が消えてします』
『するわけないだろう』
ヒーサンが怒ったように答え、精霊鎖から手を離す。
ミズサンも興味を無くしたようにテーブルの上にそれを置いた。
『メイラ。本当に森を出るつもりですか』
ずっと黙っていた風の精霊カゼサンが、荷造りをしているメイラに問いかける。
「うん。友達を助けたいの。ばあばあみたいに二度と会えなくなるのは嫌だから」
『アナタのことはワタシが必ず守ります』
「うん。よろしくね。カゼサン」
『ちょっと、ちょっと。ワタシもメイラを絶対に守るんだから』
「うん。わかってるよ。ミズサン」
『オレもだぜ。水なんかより、しっかり守ってやるぜ』
『水なんかですって?アンタは守りより攻撃をしっかりしてよね。メイラを傷つけるやつなんて、みんな燃やせばいいのよ』
『たまにはオマエもいいこと言うな。メイラ。安心しろ。敵はぜーんぶ燃やしてやっから』
「うん。よろしくね。あ、ツチサンもわかってるよ」
家に置いてある鉢植えの土が少し盛り上がり、そこに土の精霊の気配を感じて、メイラは声をかける。
フィンは、メイラと三つの精霊たちを眺めながら、巻き込んでしまったことを少しだけ後悔していた。
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