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 メイラの祖母とその精霊がいなくなり、七年が経った。

 少女は祖母のいいつけを守り、精霊たちと森で静かに暮らし続けた。メイラと契約して具現化した精霊たちは、幼いメイラを守り、その成長を見守った。時に喧嘩しながらも……。


『いいですね。絶対にメイラには内緒ですよ』

『なんで、ワタシがアンタの言うこと聞かないといけないの?』

『お?喧嘩かあ。面白そうだな。オレも参加していい?』


 今朝も精霊たちは賑やかだった。

 けれどもいつもとちょっと様子が違う。

 喧嘩するのはいつも、水の精霊ミズサンと火の精霊ヒーサンだ。けれども今日は風の精霊カゼサンと、ミズサンが言い争っている。そこにヒーサンが加わろうとしていた。土の精霊ツチサンは呼ばれない限り、森の中でふらふらしていることが多い。

 毎度のことで、メイラは精霊たちのちょっとした喧嘩は放置していることが多い。気がつけば歪みあっているミズサンとヒーサン、二人の痴話喧嘩にも似た喧嘩を仲裁するのは無駄だということをメイラはこの七年で学びきっていた。

 けれども、今日は無視できない。

 『メイラには秘密』、これは聞き捨てならないことだった。


「カゼサン、私に秘密ってどういう意味?」

『メイラ!』

 

 風の精霊カゼサンは、肩上で切り揃えられた銀色のまっすぐな髪を揺らして、その銀色の瞳をメイラに向ける。

 契約した当時、メイラは五歳の幼女。その時すでに風の精霊カゼサンは少女の姿であり、いつもメイラが見上げるのが普通であった。七年経った今でも、カゼサンの姿は契約した時と変わりがなかった。その代わりメイラは順調に成長し、背丈は同じくらいだ。


『なんでもないのです』

「カゼサン、教えて。それともミズサンに聞こうかな?」

『水になんて聞かないください。それならワタシから話します!』

『水なんてって、失礼な。メイラ。風はワタシに口止めしたのよ。森で見つけた小さい人間のこと』

『水!』

『小さい人間?!面白そうだな』


 メイラが驚いている中、ヒーサンは真っ赤な鶏冠のような髪をぴんと立てて、宝石のような赤い瞳を輝かせる。こちらも風同様、姿は契約時の少年のままだ。

 水の精霊ミズサンは、長い緩やかな水色の髪を弄びながら、してやったりと慌てふためく風の精霊を眺めていた。


「カゼサン。どうしてそんな重要なことを口止めしたの?」

『それは、』

『メイラ。大変だぞ!』


 土の精霊ツチサンが突然現れた。

 しかもみたこともない精霊を連れて。

 大人の姿の精霊で、真っ赤な赤い髪に瞳。メイラは一目でそれが火の精霊だとわかった。


『え?四つの元素の精霊が一緒にいる?』


 ツチサンに連れられた火の精霊の第一声はそれだった。



『別にここに連れて来なくても』

『そうだね』

『森の外に捨ててこようか?』


「いいから。黙って」


 現れた火の精霊は、少年を助けてほしいと懇願した。

 メイラはすぐに承諾したのだが、精霊たちは気が進まない様子で、こうして少年を確保した後もブーブー文句を言っている。

 火の精霊の名はフィン。赤い髪は腰まで伸びており、細身の大人の女性の姿をしていた。彼女は少年に付き添い心配そうにしている。


「フィンだっけ。傷口の手当てをしたいから手伝って」

『はい』

『いいえ、アナタはここでじっとしていてください。メイラの手伝いはワタシがしますから』


 フィンを押し退けて、カゼサンがそう言い、メイラはそれなら初めから手伝ってくれればいいのにとブツブツ言いながら、少年の傷口をまずは綺麗にすることにした。

 水で濡らした布で少年の傷口を拭っていると痛みのためか、うっすらと目を開く。


『ティエン!』

 

 フィンは嬉しそうに声をあげる。


「ごめん。フィン」


 少年ティエンはそれだけ言うとまた目を閉じた。




『これだな』

「うん。ありがとう。ツチサン」


 土の精霊ツチサンはメイラに薬草を渡す。

 他の精霊と異なり、ツチサンは少年ティエンを助けることに積極的だった。それはおそらく彼の精霊、フィンの影響ではないかとメイラは考えていた。


『明日また薬草を持ってくる』

「うん。よろしくね」


 ツチサンは何も聞かず、それだけいうと地面に溶けるようにいなくなる。

 土の精霊は他の精霊と異なり、メイラのそばにいつもいるわけではない。普段はどこか土に潜って彼女を見守っている。森の全体を見守っているのも彼の仕事だった。

 

「起きてるかな」


 メイラは薬草を抱えると加工するために、家に戻って行った。

 薬草を加工して、薬にする。

 これは祖母が残してくれた本から学んだことだ。

 精霊たちは森の外から外に出ない。もちろんメイラもそうだ。祖母と彼女の精霊ソライの言いつけをずっと守ってきた。生きるための知識は本から学んできた。

 独学で文字を学び、どうにか本を読む。読むのはいいが、書くのは苦手だった。

 森に一人で暮らしているので、文字を書く機会などはない。

 なので文字がかけなくても苦労はしない。

  

 祖母がいなくなり、寂しくて泣いた日々。

 賑やかな精霊たちに囲まれ、その寂しさも和らいでいった。

 十二歳になったが、彼女の日々の生活は変わらない。

 傷ついた少年を小屋で面倒を見ることになり、彼女は少しだけワクワクしていた。

 祖母以外の人間と話すのは七年ぶりだ。

 背丈は自分と同じくらい、黒髪に黒い瞳。少しぶっきらぼうだが、彼女は彼と話すのが楽しかった。

 

 ☆

「メイラ。俺はこの森を出ていくよ」


 少年ティエンが森に迷い込んでから一ヶ月後、彼はそう宣言した。


「私といるのが嫌になった?」

「そうじゃない。ただ迷惑がかかるから。俺がいると追手がくるかもしれないし」


 ティエンは人に追われていると言っていた。

 

「迷惑じゃないよ。私がティエンを守るから。ずっとここにいて」

「それはできないよ。俺もやることがあるし」

「やること?」


 ティエンは彼の事情をメイラに話すことはなかった。

 彼の火の精霊フィンに聞いても、ティエンの事情を教えてくれることはない。


『出たいっていうなら、止めることはないですよ。メイラ』


 メイラの風の精霊、カゼサンが二人の間に割り込み冷たく、そう言い切る。

 ティエンは普通の少年ではない。

 火の精霊をつれていることから、彼も精霊が見える精霊の愛し子だとメイラは考えていた。愛し子であることは狙われること。

 だから、メイラのために祖母は森を出て行った。

 ティエンがいれば誰かに狙われるかもしれない。だけど、メイラは人といる心地よさを再び知ってしまった。精霊にはない心地よさを人が持っている。

 だからティエンが離れていくのが、メイラは嫌がった。


「メイラ。俺はやることがある。だけど、それが終わったら戻ってくるから。約束だ」

「本当?」

「うん。本当だ」

「約束だよ」


 そうしてティエンは火の精霊フィンと一緒に森を出て行ってしまった。


(一章完)

 



 

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