一章 最後の精霊の愛し子

1-1

「いたか!ここにはいない!探せ!」


 床上で怒声が飛び交う。

 

「いたぞ!」


 そう声がして、足音が遠のく。声が聞こえなくなって、女は赤子を抱いて床下から這い出した。

 荒らされた室内、そこから必要なものを集め、鞄に詰めてから、女は村を出た。


 精霊の愛し子の隠れ里が見つかり、皆王都に連れて行かれた。

 残ったのは、女と赤子ただ一人だ。

 夫であった男は囮となって、兵士たちの気を逸らしてくれたはずだ。


 追いかけていきたい、精霊に頼めば可能であるが、女は唇を噛むと、村の奥へ広がる森へ消えていった。


 ☆


 女の子どもはすくすくと成長して、森で男に出会い結婚した。

 そうして森の近くの男の村で暮らすようになった。

 娘は子に恵まれ、村で普通の村娘として幸せに暮らす。女は娘が人並みに幸せな人生を送ることができて幸せだった。


 最後の精霊の愛し子である女は、己の子にすら精霊を見せることはなかった。

 森で一人で暮らし、たまに村から娘夫婦と孫が顔を見せにやってくる。

 そんな穏やかな生活に満足していた。

 ある日、娘夫婦が遠出をするということで、孫娘を預かった。


「ばあばあ。綺麗だねぇ」

「お前さんには見えるのか?」


 孫娘メイラが己の精霊のソライをみてそう言ったのだ。名を与えられて個性を持った精霊は契約主が命じなければ、他の人に姿が見えることはない。だが、同じ精霊の愛し子であれば別だ。

 女は孫娘が精霊の愛し子であることに戸惑っていた。けれども、反面嬉しくもあった。


「うん。キラキラしている」


 メイラはソライを見て微笑む。


「ソライ。綺麗だとよかったな」

「ありがとうございます」


 女は、自身が最後の精霊の愛し子でないことが嬉しかった。そして興味本位に試したくなった。


「なんてことだ」


 メイラが精霊の愛し子だと確信して、契約を結ばせようとした。

 すると、現れた精霊は四つ。

 全ての元素の精霊が集まったのだ。


「ソライ。こんなことがありえるのか?」

「通常はあり得ないことです。四つの精霊は反発し合い、集まることなどありえない」

「ばあばあ。私もソライみたいにお友達を作ってもいいの?」

「いいぞ。名をつけるのだ」

「うん。こっちのあっついのはきっと火の精霊だね。だからヒーサン。あっちの冷たいのはきっと水の精霊。だからミズサン。茶色は土の精霊だね。だからツチサン。キラキラしているのはソライと一緒だから風の精霊、カゼサンだね」


 安直すぎる名前に女とソライが驚いている間に、姿がなかったそれは人型をとっていった。

 ヒーサンと名付けらた火の精霊は、全身真っ赤のトサカのような髪の少年に、

 ミズサンと名付けれた水の精霊は、まさに全身が水色で、緩やかな川のような長い髪が足下まで覆った少女に、

 ツチサンと名付けられた土の精霊は、茶色の肌をしたツルッパゲの少年に

 カゼサンと名付けれれた風の精霊は、肩先までのまっすぐ伸びた髪を持つ銀色の少女に。


「メイラ、よろしくな」

「メイラ、よろしくお願いしますわ」

「メイラ、よろしく」

「メイラ、よろしくお願いします!」


 四つの精霊に詰め寄られ、メイラは驚いて座り込む。


「おい、転んだぞ。オマエのせいだろ。水」

「火。アナタが悪いのでしょう?」

「メイラ、大丈夫か?」

「メイラ、さあ、起き上がってください。ワタシに捕まって」


 個性的な精霊たちに、女とソライは嫌な予感を覚えた。

 女の静かな生活は一変してしまったのだ。精霊たちによって巻き起こる騒動、温和な風の精霊ソライもそれに加わり、森の生活はたちまち賑やかになった。

 二週間が経ち、メイラの両親が迎えにくる時がやってきた。

 しかし、二人は姿を見せなかった。

 女はメイラを連れて村に訪れることも考えたが、今まで村に姿を現したことはない。なのでソライに村の様子を見に行かせた。

 すると、村に二人は戻ってきていないということだった。


「ばあばあ。探しにいこう?」


 メイラにそう言われたが、女はかなり老いていて旅をすることは難しかった。しかも、孫を連れて行くには危険すぎた。

 そこで、まずソライに探させた。

 そして得た情報に、女は言葉を失った。 

 二人は事故で亡くなっていた。

 土砂崩れに巻き込まれ、馬車ごと崖の下に転落したようだった。

 ソライに頼んで遺体を森へ運んでもらう。

 女は自身が精霊の愛し子であることを発覚することを恐れ、己の精霊に娘夫婦の護衛を頼んだことはなかった。精霊鎖に囚われた精霊を使役する者ーー精霊使いによって、ソライの存在が知られたら、自身が精霊の愛し子であることがわかってしまうからだ。


 けれども、女はもしソライが娘夫婦を守れば事故が防げたのにと、後悔した。

 女はメイラと森で二人で暮らすようになった。

 精霊もいる賑やかな暮らしだが、メイラは時折両親を懐かしむ。それが悲しかった。

 娘の事故があってから、女は定期的に森の周辺をソライに探らせていた。

 娘夫妻の遺体を精霊に運ばせるなど、数十年ぶりにソライを使役した。それを精霊鎖に囚われた他の精霊に感知された恐れがあったからだ。

 二度と家族を失わせない。

 女の決意は固かったが、半年後、女の恐れは事実となった。

 

「メイラ。もし、ばあばあがいなくなっても行き先を探すんじゃないよ。精霊たち、わしはメイラを守るために外に行く。わかってるね」


 女は孫娘の後ろの精霊たちを睨んでそう言う。不服そうな精霊たちだが、ソライがそれを抑えこむ。


「ワタシの動きが、精霊鎖の精霊たちに感知され、主の存在が知られてしまいました。アナタガタの存在は向こうには知られていない。だから、絶対に出てきてはいけませんよ。それがメイラを守るためなのですから」


 女とソライは出かけ、二度と戻って来なかった。



 

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