いろいろ教えてもらった

 日帰りで寄った温泉。

 まあ、しんみりしちゃったけど、初めての温泉はとても気持ちが良くて楽しめた。本当に良かった。

 また、来たい。心からそう思った。


 その翌日、俺と母さん、それに実弥みみさんと柚咲乃ゆさのの四人は北海道での滞在の最終日で、これから帰りの飛行機に乗るために空港へと来ている。


「会いに来てくれて嬉しかったぞ」

「僕も本当に娘と孫が会いに来てくれたみたいで楽しかったよ」


 見送りに来てくれた戸田夫妻。

 実に三年ぶりの再会だった。


「ははは!まだそんな年寄りみたいなことを言う年じゃないだろう?来年だってあるし、時間があれば夏だって冬だってある。スキー、気に入ったから冬にでも行くかも知れないしな」


 母さんはスキーがとても楽しかったらしくてスノボもやってみたいと言っていたから三日くらい纏まって休みが取れたらここに来たいと考えてる。

 その時に、一人でつまらないと思ったらきっと柚咲乃を連れて行くんだろうな。


泰介たいすけさん、あゆみさん、ありがとうございました」


 頭を下げると、歩さんが俺を抱き締めた。

 頭を下げていたから歩さんの肩に俺は顔を預ける格好で歩さんの冷えた頬が俺の頬に触れている。


「そんな他人行儀に頭を下げるな。和音あいおんは私の孫みたいなもんだからよ。また来いよ」


 歩さんがそう言って抱き締めた腕を緩めて俺から離れると、今度は母さんが俺の肩を抱いて「おうっ!連れてくるからさ!何度だってな」とサムズアップをして見せる。


「おお、楽しみにしてるぞ」


 歩さんは二カッと爽やかな笑顔で応えてみせた。



 往路は昇る太陽に向かったけど、復路は沈んでいく太陽を追いかける。

 空港を発った飛行機は機首を上げグイグイと高度が上がる。


 天気は快晴。

 どこまでも遠くが見えるくらい空気は綺麗だった。


 飛行機の座席はフライトアテンダントさんの真正面。

 向かい合って座っている。

 女性陣は三人並んで仲良く座っているけれど俺が座る座席からは遠い。俺の背が高いからと足が自由になる広い座席を案内してくれた。


「飛行機は慣れませんか?」


 真正面に座るFAさん二人のうちひとりの女性が俺に話しかけてきた。


「ははは……まだ二回目なもので、慣れませんね。特に耳がキンと鳴るのがどうも……」

「それでは飛行機に乗られてご旅行が初めてなんですね。耳鳴りは口を閉じて飲み込むと少し和らぎますよ」


 FAさんが笑みを崩さずコクリと可愛らしく喉を鳴らす。

 彼女のマネをして口を閉じて唾液を飲み込むと確かに耳がツーンとする感覚が和らいだ。


 それからゆっくりと彼女たちを見ることができた。すると前に座るFAさんの化粧のノリがあまり良くないのが気になる。

 夕方のフライトということもあるのかも知れないけれど何度も飛行機に乗って疲れているのだろう。疲労が色濃く見て取れる。

 働くのってキツいんだな。そう思ってFAさんたちを見ていたらもうひとりのほうからも話しかけられた。


「学生さんですか?」

「はい。高校に通ってます」

「あら、高校生!じゃあ、今が一番楽しい時期でしょう?お兄さん、かっこいいからモテてそうですし」

「い、いいえ、俺、モテたことないんですよ。友達だって少ないですし……」

「では、お兄さんが整いすぎていて近寄りがたいとか、そう思ってる女子が多そうね。そういう女子は笑顔を向けると気を許してくれるのよ」

「そういうものですか?」

「ええ、そういうものですよ。ところで飛行機に乗ったのがこの旅行が初めてって仰ってらしたけど、修学旅行では乗らなかったのですか?」

「はい。修学旅行は事情で行けなくなってしまいまして……」

「あら、そう。それはお気の毒ですね。ということはお兄さんは今三年生?」

「はい。来年卒業です」

「そうなんですか。でしたら来年はお受験で?」

「そうです」

「ちなみにどちらをご志望なさってらっしゃるのでしょう?」


 俺は志望校を伝えると、先に話していた女性が反応を示した。


「あ、合格されたら私の後輩になるんですね。学部はどちらを?」


 どうやら俺の志望校の卒業生らしい。

 希望の学部を伝えた。


「あら、じゃあ、本当に後輩になっちゃいそうね。サークルとか何に入るとか決めてますか?」

「いえ、特には。美容師の専門学校に通信で通っていて高校卒業と同時くらいに免許が取れるんですけど、理容の方も取りたいので通信は継続しようと思ってるんです。なのでサークルはちょっと忙しいとアルバイトとの兼ね合いでどれくらい参加できるかわかりませんから難しいと思ってます」

「お兄さん、美容師なんですか?」

「今は卵みたいな感じです」

「でも、大学に行かれるんですよね?」

「そうです。母さんが絶対に行けと言うので仕方なく……」

「良いお母様をお持ちですね。大学は私も行ったほうが良いと思いますよ」

「母さんは本当に尊敬できる人なので良い母だと思ってます」

「お兄さん、良い子だね」


 それから大学の話を聞かせてもらって、彼女が入っていたサークルの話も伺って何となくイメージが湧いてきた。


「では、私たちは仕事なので、また後でお話させてくださいね。その時に連絡先を交換させてもらえると嬉しいかな」


 ベルトを外しても良いというアナウンスが流れると彼女たちは席を立って後方へと移動した。



 飛行機は順調に飛び、俺は先程喋ったFAさんからオレンジジュースを貰った。

 高度を下げ始める前に、再びFAさんが俺の前にやってきて、約束通りに俺は彼女たちと連絡先の交換をする。


 二時間程度のフライトを終えて空港へと降りた。

 ほんの少し肌寒かった北海道とは違って、こっちは暑い。

 着ていた上着を脱いで荷物を受け取り、俺たちは家路に就いた。


「うあーーッ!あっついッ!」


 母さんは家に着いてリビングに入ると直ぐに服を脱ぎ捨てる。

 スキニーとブラウスを脱いだ母さんは上はキャミソールに下はショーツと言う姿。実母とは言え非常に艶めかしく見えてしまう。

 三人掛けのソファーにドサッと横になった母さんは「やー、疲れたわ」と腕を上に伸ばす。


「母さん、ご飯どうしようか?」

「もう、外に出るのは面倒だな。今日は腹も減ってるしー……何か頼むか」


 そう言って手を上に上げて手のひらをひらひらと振り「和音、スマホ取ってー」と頼まれたので、俺は母さんのバッグからスマホを取り出して手渡す。


「おし、今日はお鮨にしよう」


 母さんはスマホを弄って鮨の出前を頼んでいる間に俺はキャリーケースから衣服以外のものを取り出して脱衣場の洗濯カゴの近くに置きに行った。

 リビングに戻る途中でスマホを手に取るといくつかの通知が画面に表出している。


『こんばんは!飛行機で連絡先を交換した陽毬ひまりだよ。よろしくね』


 陽毬さんは、機内で俺が志望校に合格したらそこのOBで先輩になる女性。河原かわはら陽毬と受け取ったメモに書いてあった。

 彼女の隣にいた妙齢の女性は熊谷くまがい悠陽ゆうひという名前だと貰ったメモにあった。


『こちらこそ、よろしくお願いします』


 当たり障りなく返す。すると、直ぐに既読のバッジがついてメッセージが返ってくる。


『和音ってなんて読むのかと思ったけど、名前にAIONって書いてるね。あいおんで良いの?』

『名前、読みにくいですよね?あいおんで合ってます』


 俺の名前、紫雲しうん和音って一回目で名字も名前も間違わずに読める人は少ない。


『りょ!あいおんクン!うちのことは陽毬で良いからね』

『わかりました。陽毬さん』


 リビングに戻ると母さんはソファーで腹を出して寝ている。

 下はちょっと過激な感じのパンツだし、目のやり場には困るけど毛布や肌掛けをかけると起こしてしまうから敢えてそのまま。

 テーブルの上にお金が置いてあるから届いたら俺に出ておけということだろう。

 それから陽毬さんと、日常的なやりとりが続いた。


『アイちゃん、帰ってきてるよね?』


 陽毬さんとのやり取りの最中にひなっち、こと、白下しろした陽那ひなからメッセージが飛んできた。


『さっき、帰ってきたばかりだよ』

『おかえりなさい。ところで明日、空いてるかしら?』


 明日は連休の最終日。サロンも休みだし、旅行から帰ってきた翌日ということもあって予定は入れていない。

 でも、洗濯物は山積みだ。


『洗濯が終わったら大丈夫だけど昼過ぎになっちゃうかな』

『だったら良いわね。わたくしも洗濯物が溜まってるから午後に空いていたらご一緒したいと思ったの。いかがかしら?』


 断る理由がなかったので『了解』と返すと直ぐに返信が届く。


『ありがとう。では、午後に迎えに行くわ』


 明日はひなっちと会うことが決まった。


 ひなっちとやり取りを終えると陽毬さんとのやり取りが途絶えて、俺はスマホをテーブルの上に置いた。


 ソファーに横たわる母さんと目が合う。


「そういや、お前、スチュワーデスと随分と話し込んでなかったか?」

「正面に向かい合ってたから話しかけられて……」


 どうやら母さんは飛行機で俺が陽毬さんたちと話していたのを見ていたらしい。

 それにしてもスチュワーデスって言うんだ……。今はキャビンアテンダントと言うのが一般的らしいけど正式にはフライトアテンダントと呼ぶのが正しいのだとか。

 良いところの大卒の綺麗どころがする仕事というイメージが強い。


「可愛い子だったな」

「それは置いておいて志望校の卒業生だったみたいで大学のこといろいろ教えてもらったんだ」

「ほう、そいつは偶然にしてはタイミングが良いな」

「それでサークルのこととかも教えてもらってさ」


 母さんが起き上がると、テーブルの上のスマホがブルブルと震えた。


『こんばんは!メッセージしてみたけど届いてるかな?悠陽だよ。今、仕事終わったの』


 母さんはそれを見て「お前、モテてんなー。それだけ女が寄ってきたらすぐにでも童貞卒業できるんじゃねーか?」とニヤけた顔を俺に向ける。


『お疲れ様です。メッセージ届いてますよ。よろしくお願いします』


 とりあえず返信だけは打っておき、母さんの揶揄からかいを何とかいなす。

 そして、タイミング良くドアチャイムの電子音がリビングに鳴り響く。

 俺は鮨を受け取りにテーブルのお金を母さんから受け取ってから玄関に向かった。

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