んっまーー♡
ゴールデンウィーク。
サロンは珍しく四連休。
俺は今、北海道にいる。
当初は母さんと二人で、戸田夫妻を尋ねる予定だった。
「
俺の左に
「わたしだってアイくんと旅行が出来て嬉しいわ」
右には
とても歩きにくい。
「お前ら、いちゃいちゃするのは良いけどよ。周りの視線ってものがあるからな。多少の自重はしろよ」
俺たちの三歩前を歩く母さん。
大きくて形の良い丸々とした尻を左に右にと揺らして、行き交う人々の目を奪い、その瞳を色情が孕んだ桃色に染め上げる。
ぶっちゃけ母さんが一番、周りからの視線を浴びていた。
俺たちは母さんについていく金魚のフンにしか見えていないだろう。
到着口から到着ロビーに出ると戸田夫妻が出迎えてくれた。
「お、久し振り!随分と大きくなったなー」
三年ぶりに会う
その歩さんが俺たちを前にして一番最初に俺に声をかけてくれた。
「こんにちわ。お久しぶりです。お変わりないようで何よりです」
歩さんと、隣の
泰介さんは歩さんの旦那さんだ。
「和音くん、大きくなったねえ。見違えたよ。向こうを出る前はこんなんだったのに」
そう言って泰介さんの肩の高さに手を水平にして、以前の俺の身長を表現する。
「なあ、和音、その顔の傷はどうしたんだ?」
母さんや実弥さん、柚咲乃と再会の言葉を交わしてきた歩さんが俺に再び話しかけてきた。
「あ、まあ……いろいろあって……」
「なんか、言いにくいことでもあるのか?……けど、その傷のせいか、前よりずっと凛々しく見える。背も伸びて、スタイルも良い。お前、モテるだろ」
モテると思ったことは無いけれど、背は伸びたのは事実だ。
こないだの身体測定で186cmだった。
「まあまあ、ここで立ち話も何だからそろそろ行こうか」
泰介さんがこの場を制止して、俺たちを案内してくれる。
「あ、じゃあ、私、レンタカーを予約してあるから借りてくるわ」
母さんはレンタカーショップに行った。
戸田夫妻の車と母さんが借りた車に分乗して走ること四十分。
戸田夫妻が住む家に着いた。
広い土地に建物は大きな家と倉庫にビニールハウスがある。
その他、いくつもの大きな畑があった。
ここまでの景色。
この辺は桜が咲いていて驚いた。
日当たりが悪いところには雪が残っているし、そうした残雪と桜が映る景色に少しばかりの感動を覚える。
景色を楽しんでいたら戸田夫妻の住まいに着いたのか戸田さんの車と母さんが借りたレンタカーが家の庭先に停まった。
車から外に出ると少し肌寒く初夏を迎える俺の地元と違って薄着では歩けない感じだ。
戸田さんの車がガレージに停車すると、戸田夫妻が家の玄関を開けて俺たちに声をかける。
「どうぞお入り」
家の中にに通してもらった。
「おじゃましまーす」
各々が口にすると「前の家よりもずっと広くなったから自由にくつろいで」と歩さんが誘う。
お言葉に甘えて俺はラグの上に座った。
すると後ろから実弥さんが俺の肩に生温かいものを載せてくる。
「はぁー。疲れたわ」
そう言って俺の頭に頬をする。
この人は昔からこうだ。本当に変わらない。
これを懐かしんでみている歩さんと泰介さん。
「実弥はブレないなー」
卓上のコーヒーカップを啜りながら微笑んで歩さんは言葉を紡ぐ。
「ところで、アメリカはどうだった?」
実弥さんは二年アメリカに行って去年帰ってきた。
「暖かくて良いところでしたよ」
それから実弥さんはアメリカでのことを少し話す。
「最初はビザの関係で一年で帰るつもりだったんだけど、運良くビザを切り替えられて長期滞在できるようになったのよね」
本当はコスメトロジーライセンスを取得した後、ビザの許す限り働いてから戻ってくる予定だったみたいだ。
それが思いの外、順調で顧客もついて帰らなくても良いくらいには稼げていて、そこそこ贅沢が出来る生活を送れていたらしい。
「それでどうして戻ってきたの?」
歩さんから疑問を投げかけられたのは当然の話だ。
俺も不思議に思った。
「美希さんがサロンを開いてアイくんがアシスタントしてるって聞いたからよ。居ても立っても居られなくなって帰ったの」
俺をギュウッと力強く抱き締めて、更に言葉を繋ぐ。
「わたし、アイくん成分のないところで生活できないって実感したし、昔から美希さんと一緒に働くことを夢に見てたのよ。でも、できればアイくんもアメリカで勉強してもらったほうが今後のためになるって思ったわね」
「そう、やっぱり違うのか?」
「そうね……全然、違うわね……」
そんな感じで美容の話で盛り上がる。
置いてけぼりだった柚咲乃は俺の膝に頭を乗せてグリグリと顔を擦り付けて淋しそうにしていた。
ちなみに母さんはサロンで良くこの海外と日本の違いを聞いていて、実弥さんが勉強したことをサロンに取り入れている。
暫くこの歓談が続いて久し振りの再会を楽しんだ。
夕方。
晩ご飯は庭先で鉄板焼の準備を始めた。
泰介さんと俺で火を起こしてテーブルや椅子を出して投光器を設置する。
火を起こして鉄板が温まると肉や野菜が運ばれてきて早速鉄板で焼いていく。
「泰介も私も、久し振りに大人数だから楽しみだったんだ。こっちに来てから一度はウチの庭でやってみたくてな」
うちの地元じゃ、庭でバーベキューなんて大掛かりにできないからな。
戸田夫妻が楽しそうに話している。
「前の家じゃ庭が狭くて出来なかったからなー……」
旧戸田美容院は確かに庭が狭かった。
ま、でも、そこで俺は柚咲乃と一緒に遊んでたりしたからね。
ひなっちの──
そこで、テーブルでぽつんと立って肉を食べている柚咲乃に目が行った。
「柚咲乃、珍しく大人しいね」
「ねー、ボク、美容とかあんまりだからさー。てか肉、美味いッスね。羊のお肉は初めて食べたけど思ってたより臭くなくてびっくり」
俺はイタリアンレストランとかで食べたことがあったので大丈夫だった。
と言うかこういうふうに食べるのはありだな。
「そうだ。和音先輩ってさ。こっちに来てから依莉愛先輩にも陽那さんにもメッセージを送ってないよね?心配してたよ」
ああ、忙しくて後回しにしていたんだった。
柚咲乃に言われるまで忘れていた。
「後で送っておくよ。今スマホが手元になくてさ」
「まあ、いっか。二人にはボクから送っておくからさ。それより和音先輩、写真撮ろ」
柚咲乃の隣に寄り添うと、肉を焼いている戸田夫妻と肉を食べている母さんや実弥さんを背景に、柚咲乃が自撮りする。
「やー、明るいライトって良いッ!良く撮れた」
柚咲乃はスマホを弄って依莉愛とひなっちにメッセージを送った。
それから続けて柚咲乃が俺に体をぴたりとくっつけて写真を何枚か撮る。
「そう言えば、和音先輩」
「ん?」
「明日、スキーとかスノボしよって話になってるの。和音先輩って運動得意だったっけ?」
「運動は全然だよ。っていうか、まだ、できるんだ?」
「何かこっちは5月上旬まではできるらしくて、まだ、スキー場やってるんだって。それでせっかくだから行ってみようって話になったんだよ」
「それっていつの話?」
「美希姉たちが肉とか野菜を切ってる時だよ」
俺が泰介さんと火起こししてるときか。じゃあ、聞いてないのも当たり前か。
母さんと歩さんで話を進めて実弥さんが聞いて行くってなったんだろうね。
「俺はスキーもスノボもやったことないけど、柚咲乃は?」
「ボクもないね。だいたいウチは旅行とかあまり行かない家だしさー。家族で温泉とかも行ったこと無いんだよ」
「そうなのか。そういえば俺も温泉とか行ったことがない」
「和音先輩は修学旅行すらも行ってないもんね。ボクは修学旅行で温泉に入ったから温泉に関してはボクのほうが先輩スね」
「そうだな………」
柚咲乃と話してたら横から母さんが来た。
「和音、ゆっちゃん、食べてる?ほら」
母さんがタレの付いた肉を俺と柚咲乃にあーんして食べさせる。
「んっまーー♡」
「本当に美味しそうな顔をするな。ゆっちゃんは」
柚咲乃が満面の笑みで咀嚼して、それを嬉しそうに眺める母さん。
俺はただもぐもぐと肉を噛んでいる。
美味い。
「ところで母さん。明日、皆でスキー場に行くって本当?」
「ああ、本当だ。泰介さんにもさっき話したところなんだよ。2つ返事でOKしてくれたぞ」
こうなると拒否権は俺にはない。
まあ、楽しみにしておこう。
「何を話してるのかしら?」
酒に酔った実弥さんがこっちに来た。
「ん?明日のスキーの話だぞ」
母さんが答える。
「さっき話してたらアレね。てっきりえっちなこと話してるのかと思ったわ」
「実弥ちゃん、酔っ払うまで飲みやがって」
母さんが声を出したことで実弥さんのターゲットが俺から母さんに変わった。
「やんっ♡美希姉様、今日も可愛いわ!」
ギュッと抱き着いて頬に頬ずりしてる。
「やめッ!化粧が取れる!」
俺にはキスで責めたりキスをせがんでくるけど、母さんにはウザ絡みするのか。
そうして実弥さんがウザ絡みで騒いでいると、歩さんが俺たちを呼ぶ。
「おーい!肉、焼けてるからな!食え食え!」
これを渡りに船と言わんばかりに俺と母さんが離脱して肉を取りにバーベキューコンロ付近へ行く。
歩さんの傍に逃れられればある意味安全地帯と言えるからだ。
歩さんの隣で肉を摘み始めた母さん。俺はコンロを挟んで母さんと正面に向かい合ってる。
「ったくよぉ。実弥ちゃんを酔わせるととんでもねーな」
肉を口に放り込んで母さんがぶつくさと独り言ちる。
その横に実弥さんがやってきた。
「アイくんが居ると安心しちゃって酔えちゃうのよね」
母さんの肩に手を置いて実弥さんは言う。
「まー、それはわかるけどよぉ……」
母さんはバツが悪そうに右手で首の横を撫でる。
以前、俺の前で酔った母さんは実は泣き上戸でわんわんと泣いた。
そんな母さんが酔った翌朝、記憶が抜け落ちること無く覚えてたのか、悪かったと平謝りされまくったのを俺はよく覚えてる。
あんなになるまで酔ったのは初めてだったのだとか……。
そう言えば実弥さんだって酔って俺にベタベタしてきてたけど、翌朝もしっかり覚えてたし、今、酔って絡むのは確信犯的な感じだ。
酔っていることを言い訳に出来るから大っぴらに纏わりついてくる。──が、歩さんの前だと少し大人しい。
昔から歩さんは怖かったからね。深層までその意識が根付いているんだろう。
「前だって美希姉も酔ってらしたしね」
ニコリと口端を釣り上げて実弥さんは煽る。
「実弥ちゃん、酔うとグイグイ来るな……さっきもだけどよ」
「それはもう、酔った勢いだって多少は使わないとね」
「それでもなぁ………多少の節度ってのは必要だろうよ」
「酔った勢いって、時には必要よ」
実弥さんはそこまで言うと俺の顔に笑顔を向けて「ね」と同意を求める。
どういう意味なのかと少し考えていたら歩さんが言葉を挟んできた。
「和音がわかんねーって顔してるじゃねーか。少しは加減してやるか、一気にヤってしまえよ」
歩さんはウィスキーを煽る。
こうして大人が会話している横で俺の隣にいる柚咲乃は俺と一緒にしおらしく肉を食べ続けた。
夜は更けて、食べ物はなくなり、宴は果てた。
俺は泰介さんと後片付けをしている。
泰介さんは酒が弱すぎて飲まないから大人の中で唯一の素面だ。俺と柚咲乃も泰介さんを手伝って迅速に片付けていった。
最後に酔い潰れた実弥さんは母さんに運ばれて部屋に居るはず。それから母さんが戻ってきていないので、母さんも少し休んでいるかも知れない。
「洗うのは私たちでやるから良いぞ。そこに置いておいてくれ」
歩さんの指示で鉄板は庭の水場近くに立てかけておいた。
炭は火消しして冷えるまで放置。明日の朝に片付ければ良いだろう。
それから戸田夫妻の家に戻った俺たちはリビングで休んでいた。
柚咲乃は母さんとお風呂に入っていて泰介さんはキッチンで洗い物をしている。
久し振りに落ち着いて見る歩さんは、既に還暦を超えているのに若々しさを保っている。
「そりゃあ、多少は美容の世界に身を置いてたんだからさ。若く見える努力はするわ。そうじゃないとお客様への説得力にかけるだろ?」
俺の視線で思っていたことを悟られたのか、先に歩さんに指摘される。
「ところで学校はどうよ?いろいろあったんだろう?去年、美希が学校祭に行って和音と一緒にデートしたって燥いでたから気になってな」
そう言われて、学校祭でクラスメイトに請われてメイドや執事のメイクやセットをしたことを話した。
「それだけじゃないんだろう?イジメられてたろお前。それはどうなったんだ?」
「イジメっていうのは今はもうそれほどではないけど、歩オバさん、知ってたの?」
「そりゃあな。小学校の時からお前がイジメられてたってのは知ってた。美希からずっと相談を受けていたからな」
母さんが酔っ払った年末に少し聞いた話だ。
「去年よぉ、
「母さんは歩オバさんにそんなこと言ってたの?」
「ああ。自力でイジメてたやつを調べ上げて、敵わない相手だと知ったから私に相談してきたんだ。だから、私は味方を作れって言ってやったんだ」
歩さんの話によると、母さんに味方を作れと伝えた後にあのサロンを歩さんから買い取った。
元は歩さんが開いたサロンで母さんが産休に入っている間にサロンを当時の弟子に譲ったのだとか。
それから南町の自宅を改装したサロンでひっそりと営業をしていて、俺の父さんが入退院を繰り返し始めた時に歩さんの戸田美容院で働き始めた。
俺が物心ついた頃には既に父さんは入院していたし、退院して一緒に家で過ごした記憶はあまりない。
だいたい最初の記憶が幼稚園の年中くらいからだからそれまでのことはよく分からないのだ。
「まあ、東町商店街の盛り上がりは美希以外からも聞いてるし、味方がたくさん出来たみたいだしな。私もこれで一安心ってわけだ。それに私にとっても思い入れのあるサロン・ド・ビューテをあのときと似た装いでさ。ネットでサロンの画像を見た時には内装までほぼ同じだったからびっくりしたわ」
「それは知らなかった。母さんのサロンにそんな逸話があっただなんて……」
「そうだな。私が初めて開いたサロンで美希を拾った時にはもう二十年くらいやってたからね。それをたった数年いただけでそこまで再現できるなんてそんなに愛着を持ってたのかよって思ったさ」
真っ赤なワインを煽りながら、歩さんは更に語り続けた。
「美希はさ、私に子どもが居たらこんな子だったのかな。って何だか自分の子どもみたいに思っちゃってさ。
その美希が結婚して名字が変わって子どもができてサロンから巣立った。そしたら私は何だかヤりきった気持ちになって、残りはひっそりと美容院を営んでいければ良いと戸田美容院を作ったんだがね。
そのあとは和音の知る通りさ」
俺が生まれる前、というか物心が付く前までにそんなに色んなことがあったんだな。
俺は母さんの人生をそんなに知らない。こうやって知っている人から実の親のことを聞くのは何だか嬉しくもあるし気恥ずかしくもある。
「そろそろ、アイツ等は風呂から上がってくるだろうからこの話は終いだな。親の話なんてつまらんだろ?」
「いや、そうでもないよ。母さんのこと知れて少し嬉しくなったかな。ありがとう。歩オバさん」
胸に募った温かいものを、ふぅっと息と一緒に吐き出した。
一旦、傾いた強い感情をこれでリセットする。そんな感じで。
「しかし、顔に傷付けるヤツ、マジで許せねえな。いくら凛々しくなったと言ってもさ。綺麗な顔が勿体ない……」
歩オバさんは俺の左頬に手を伸ばし、親指の腹で傷跡を上から下へとなぞった。
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