ガン見してたでしょ?

 寒い季節は足早に過ぎる。


 春が来て、新学年。三年生になる。

 俺の春休みは忙しい。

 通信で受けている専門学校も三年目。今年は春と夏に集中して通学して授業を受けなければならず、高校の春休みを使って消化した。


 新学年を迎える。

 俺のクラスは三年一組。通称S組と呼ばれる特進クラスに振り分けられた。

 学年末テストで19位と言う成績を収めた依莉愛もギリギリで一組に編成されて三年生でもクラスメイトだ。

 ただ、通常は四十名の特進クラスはたったの二十名。

 入学した時は一クラス四十名で六組だった。退学者を出した分、特進クラスから減らすと言う通常とは違ったクラスの編成を実施したらしい。


 担任は小板こいた先生。高校三年間、俺はこの先生のクラスに所属するのか。


 新しい学年は特に問題なく。

 俺に対して蔑む視線はあるものの、目立って何かをする様子はなかった。

 まあ、入学した時からウンコウンコと呼ばれて来ているし、それは仕方ない。

 その認識が変わることはないんだろう。


 同じクラスで出席番号が一番の依莉愛いりあはこのクラスでは注目を浴びている。

 見た目が良いと言うのは重要だ。


 柚咲乃ゆさのは無事に二年生に進級して今も昼休みになれば俺と依莉愛を呼びに来る。

 ただ、大人しい人物が多い特進クラス。以前みたいに「あいおんせんぱーい!」と元気に叫ばなくなった。

 その代わり、入る前にノックをしてソロリソロリと戸を明けて「紫雲しうん先輩いらっしゃいますか?」としおらしく尋ねている。

 んー、やればできる子だ。


「おはよう。紫雲くん。私のこと覚えてる?」


 連休前の金曜日。

 俺はクラスの女子に話しかけられた。


「え……と……」

日野山ひのやま羽流音うるねです。一年生の時に同じクラスだったんですよ?」


 背丈はサロンで働く美容師で柚咲乃の姉の実弥みみさんくらいだ。

 ただ、彼女と違って胸部に実る果実は、双丘という表現に相応しい控え目な膨らみで、落ち着きのある普通の女子高生に見える。

 こういうので良いんだよな。


「覚えて無くて……すみません」

「ムリもないよね。一年の頃の紫雲くんってちょっと近寄れなくて話しかけられそうになかったもんね」


 感情が読み取りにくい表情で日野山と名乗る女子が言う。

 とは言え、あの頃の俺はイジメられていたし、関わろうものなら、ターゲットにされてしまうから距離を置かれるのは当然。

 あ、ターゲットと言えば、俺が一年生の頃に転んで頭を打った日に運んでくれた人か……。


「あー、その……そうだね。日野山さんも俺を助けたばかりに迷惑をかけてしまって、それなのに、忘れていて……。申し訳有りませんでした」


 頭を下げて謝った。

 あの日、俺が気を失って焦った先生が日野山さんに協力してもらって保健室に運んだ。

 俺が気が付いた後に、生徒からは陽菜乃ひなのちゃんと呼ばれている末吉すえよし陽菜乃先生からめちゃくちゃ平謝りされたんだよな。


「本当は救急車を先に呼ぶべきでした。ごめんなさい。パニクっちゃって」


 当時新任だった末吉先生はビシッとスーツを着込んで黒縁眼鏡で出来る女然と振る舞い生徒に舐められない振る舞いを心掛けていた。

 それであの事件。相当に焦ったそうで救急車を呼ぶという考えに至らなかったと謝られたのだ。

 あの時の受け答えで、俺は意外とポンコツな女の子なんだなって認識した覚えがある。

 二年に進級してからは関わりがなかったけど、このクラスの三年になって副担任になっている。


 あの日から日野山さんはクラスには不登校を伝えられたけど、保健室登校という手段を取っていた。

 今になって思うけど、本当に秩序というものは大切だ。

 俺というイジメられっ子が居たせいで日野山さんに迷惑をかけてしまった。

 そのことは何度詫びても詫び足りない。彼女から半年とはいえ、楽しく過ごせるはずの学校生活を奪ってしまったのだから。


 そんなことを思って居たら、日野山さんが再び俺に話しかける。


「いいえ、良いの。それよりもあれから本当に大変だったね」


 日野山さんは自分の左頬をちょんちょんと人差し指でつっつく。

 俺の頬の傷のことを言ってるんだろう。

 俺が答えづらそうにしているのを察して日野山さんは続ける。


「三年生になって落ち着いてきたから、紫雲くんと話してみたかったの。改めて一年間、よろしくお願いしますね」


 涼やかな声と可愛らしい笑顔を日野山さんは置いて行く。

 俺が日野山さんと話しているのを訝しんで見つめる依莉愛の顔が俺の視界の端に映り込んでいた。


 日野山さんは依莉愛のことを酷く嫌っている。

 それはこれまでの三年一組の教室の様子で何となく理解した。

 日下部くさかべ愛紗あいしゃという少し上背のある女子と仲が良い。

 女子の多くは日野山さんや日下部さんと固まる傾向があり、依莉愛の周りには数名の女子と何人もの男子を中心としたグループが形成されつつあった。

 傍目から見ていると日野山さんグループは真面目な女子が多く、依莉愛のグループはオタサーの姫的な集まりっぽい。

 依莉愛は興味なさげに振る舞っているけど依莉愛に近付きたい男子とチヤホヤされたい数名の女子が依莉愛に付き纏っている様子。

 こういうのはきっと面倒くさいんだろうな。

 とは言え、三年一組でも陰キャでボッチの俺には関係のない話だ。

 厳密に言えばボッチではないのかも知れないけど。


 

 学年が変わっても、お昼休みに別棟の空き教室で三人で過ごすのは変わらない。

 柚咲乃が俺を呼びに来て、依莉愛は一人でやってくる。

 無用なトラブルを避けるために今はそうしていた。


「依莉愛先輩も大変ッスね」

「まあ、これも身から出た錆だと思って卒業するまで我慢するよ」


 依莉愛の身から出た錆は恐らく日野山さんのことを指すんだろうね。

 何せイビって保健室登校に追いやった張本人。


「まー、依莉愛先輩とは気が合うんでこうして仲良くしてるッスけど、ボクは和音先輩にしたことは今も許すつもりはないんスよ。けど、こうやって気が合って仲良く出来てるんスよね。そういうこともあるからあまり気にしなくても良いんじゃないスかね?」


 柚咲乃は机の上に広がるスライムおっぱいを指でツンツンと突付いて揺らしながら言う。


「日野山は別に良いんだよなー。もう仲良くなれって言われたって向こうは絶対にムリでしょ。けっ…どさー……」


 言い淀む先に出るのは間違いなく依莉愛に群がる男子たちと数名の女子について。

 また、一年のときと同じになるのかと依莉愛は思い悩んでいる。


「さっきさー、和音が日野山に言い寄られててさー」


 依莉愛は机に肘をつけて頬杖をつく。

 唇を尖らせているのはそれが面白くない出来事だったという現れみたいだ。


「ボク、日野山先輩がどんな人かわからないんだよね」

「日野山は、ザ・普通って感じの優等生だよ」

「特進クラスって全員が優等生じゃないスか」

「んー、あまり特徴のある女子じゃないんだよなー。背は普通、体型は細め、胸は薄い、顔は整っている方だと思うけど派手ってわけじゃないんだよ」

「へー、帰りに見てみよ」


 そうやって言葉のやり取りを二人は続けているけど、柚咲乃はいつもと変わらず、依莉愛の胸をツンツンと突付いて揺らしてる。

 連休前になって暖かくなってきてるから、ご飯を食べる時はブレザーを脱いでるからゆっさゆっさと揺れる様子が目を奪う。


「しばらく和音の取り合いが続きそうだなー」


 そんな取り合いって。

 俺を取り合ってどうすんのか。わけわかんねー。


「そこは心配ないんじゃないスかね?昼も帰りもボクが迎えに行ってるんだから他が入り込む隙はないはずッスよ」

「それもそうだね。てか何かウチ、変だね……」

「まあ、依莉愛先輩がおかしいのはいつものことだから気にしないことッスね」


 ツンツン突付いてたおっぱいがズルっと引き摺られて机から退けられた。

 依莉愛が胸を手で抑えて口を尖らせる。


「そんなこと言うなら柚咲乃ちゃんにはもう突付かせてあげないから」


 依莉愛が柚咲乃に対して胸を隠して身動ぐ仕草を見せると柚咲乃はスクッと立ち上がってササッと依莉愛の後ろに回り込んだ。


「なら、こうするまでッスよ?」

「ひっ!ヤッ!」


 柚咲乃は依莉愛の後ろから手を回して両方の乳房を持ち上げてユサユサと揺らす。

 凄い迫力だ。

 この二人は俺が居てもじゃれ合いが激しい。


 そうしてる内に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、俺たちはそれぞれの教室に戻る。

 依莉愛は付き物が取れたみたいにスッキリした面持ちで俺の隣を歩いている。


「ね、和音さ、さっきウチのおっぱいガン見してたでしょ?」


 さっき、柚咲乃に揉まれているところを見てたからな。

 あれを見るなと言うのはムリだろう。


「い、いや、それは……柚咲乃が……」

「まー、見ちゃうよね。分かる!」


 二ィッと歯を見せて自分の胸を両手で持ち上げて俺を見る。


「和音も揉んでみる?」


 依莉愛が柚咲乃にイジられた分、俺は依莉愛に揶揄われた。

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