The Season Of The Holly
絶対に傷つけないし、絶対に守るから
忙しい夏休みが終わって二学期が始まった。
始業式の日に学校祭実行委員を決めるホームルームなどあったけど、俺は保健室に逃げ込んだ。委員会とかやりたくないからね。
仕事や趣味に没頭してクラスでは目立たない陰キャだし、ついこないだまでイジメに遭ってた。それでも未だに他のクラスメイトからの口撃は受けているし、日常なんてそうそう変わらない。
こんな俺が学校行事に参加したって空気にすらならないし、その場にいたって惨めになるだけで良い思い出なんて出来っこない。
だから十一月は学校祭の後に修学旅行があるけれど、それも不参加が決定している。
そう信じてやまなかったんだけどさ。
「あいおんせんぱーいッ!一緒にお昼を食べましょう!」
二学期が始まって二日目。
昼休みにガラッと戸が引かれて教室に響き渡る可愛らしい聞き覚えのある声。
分類的には幼馴染ということになるのか。
母さんがまだ戸田美容院で働いていた頃の常連さんの娘で母さんが柊さんのお母さんの髪の毛をやってるときに一緒に遊んだ見知った女の子だ。
この学校で俺に話しかけてくるウルトラレアな存在。
「ねッ!いこいこ」
机に走って来て俺の腕を掴んで引っ張る。
諦めた俺は鞄を取って柚咲乃にされるがまま空き教室に連れて行かれた。
小さい頃からショートカットだった彼女は今も変わらずショートカットだ。
中学生の頃に膨らみ始めた乳房は程よく成長して大きすぎず小さすぎない絶妙なバランスを保っている。
スラリとした背格好にふっくらと実る双丘。
女性としてはこのくらいが本当は理想なんだろうね。と、俺は思う。
そう考えると、聖愛さんもなかなかのスタイルの持ち主なんだよな。
「先輩、ずっと挨拶できなくてごめんなさい」
空き教室に着くなり謝られた。
事件があったし、夏休み前は二年生のフロア前を先生が監視していて二年生以外は立入禁止になってたからね。
「俺のほうが謝るべきだよね」
「いや、それは違うから、けど、ボクと先輩が話すの二年ぶりだね」
「戸田美容院が店じまいして北海道に引っ越しちゃったから、それ以来?」
戸田夫妻と母さんは今でもやり取りをしているし、時間ができたらそっちに遊びに行きたいということを言っているんだよな。
「そうだよー。でもママはさー、美希さんの美容院に行ってるけどボクは予約が全ッ然取れなくて、和音先輩どころか美希姉にも会えなくて」
そう言って柚咲乃は俺の手を引っ張って椅子に座らせると左隣の椅子に腰を下ろして俺に椅子ごと身体を寄せてきた。
「ご飯、食べようよ。話してばかりだと直ぐお昼休み終わっちゃうから」
俺は鞄から弁当箱を取り出して机に広げると、柚咲乃も自分のお弁当箱を広げる。
「和音先輩もお弁当?」
「ああ、そうだよ」
「美希姉が作ってるの?」
「俺が作ってるよ」
「マ?見ても良い?」
「あ、良いよ」
俺は蓋を開けて柚咲乃の前に置いた。
「わ、美味そう!」
「先輩!ボクのお弁当もボクが作ってるの!おかず交換しよう?」
柚咲乃はそう言って俺の弁当箱から鶏胸肉の香草焼きを摘んで、俺の弁当箱にからあげを置いた。
「ありがとう」
「いやあ、先輩の手料理を食べられるのに比べたら全然ってボク、勝手に貰っちゃったし」
俺は柚咲乃のからあげを食べたけど、冷凍じゃなかった。
「ボクのは昨日の晩ご飯の残りなんだけどね。先輩のこれは違うでしょ?今朝、作った?」
「お弁当は朝作ったのだよ。これだってそんなに手間じゃないし」
というのも胸肉はオーブンが焼いてくれるし、野菜は勝手に茹だってくれるからね。
「それにしても、先輩のお弁当良いなあ。脂っこくなくてハーブが効いてるからシツコクないし味が良いからご飯が進む!美希姉愛されてるなー。羨ましい」
「いや、そういうんじゃないけどさ。うち忙しいから重いご飯だと結構キツくなるんだよね。かと言って軽すぎると保たないし」
「そういう気遣いが愛されてるっていうんだよ。いーなー。先輩、ボクと結婚して。ボク、先輩のこと絶対に傷つけないし、絶対に守るからさ!」
年下の女の子に守られるって俺、そんなに頼りないか?って思ったけど、イジメられて病院送りにされちゃってるからな。
言い返せない。
「母さんにはまだ頑張ってもらわないと行けないからね。でも結婚は俺には考えられないなー」
「やっぱりボクじゃダメ?……たしかに背は伸びたけどおっぱいはお姉ちゃんほどおっきくならなかったから……?」
と、申し訳無さそうな表情で自分の下乳を持ち上げる柚咲乃。
柚咲乃はおっぱいが小さいと卑下するけど、その細身で聖愛さんと変わらなくらいのサイズ感。
それにボーイッシュで健康的な雰囲気でとても可愛い。俺に関わらなければ柚咲乃の学年の一年生の間に限らず、二年生や三年生にもモテそうだ。
「いやあ、そういう話じゃなくてさー」
「や、ボクにとってはそういう話なんだよ」
そう言って俺の左頬にできた切り傷のあとを指の腹で舐める。
撫でるとかなぞるじゃなくて、舐める感じだ。
「ボク、こんなの絶対に許せないんだよ。先輩が許したってボクは納得できない。こんなこと許されて良いはずがないんだよ」
キリッとしている柚咲乃の目に仄暗い炎が灯る。
「ありがとう。心配してくれて嬉しいよ。本当にありがとう」
柚咲乃の手を握って柚咲乃の膝の上にそっと置いた。目の色が戻るのを見届けてから手を離す。
「先輩、そういうのをズルいって言うんだよ。もうっ」
「ズルいかどうかはさておいてさ。もうそろそろ戻らないとお昼休みが終わっちゃうよ」
「あ、ほんとだ。じゃ、先輩!教室まで送っていくね」
柚咲乃はまた俺の手を引いて俺の教室に連れて行った。
教室の中にまで入ってきて「じゃあね、先輩!帰りにまた!」と元気よく去っていく。
要らぬ注目を浴びて居心地が酷く悪い。こんな俺を鋭い眼光で視線を飛ばす一条さんと何故が目が合った。
俺は何もしていないのに。
それにしても、学校で先生以外の誰かと話したのは何年ぶりなのか。
きっと小学生の低学年とか高学年になったばかりのころとかそんな感じだろうね。
俺は南小、南中と通ってて、柚咲乃は西小、西中と学区が違ったから接点が無い。
それでも西小の児童には何度か話しかけられたこともあった。まだ俺が喋ってた頃に。
思い返すと懐かしいけど、そういったところからイジメに繋がった物事が多々あったから良い思い出ってあまりない。
帰りのショートホームルームが終わって俺は逃げるように急いで教室を出る。
廊下を足早に階段を降りる途中で涼やかな声に呼び止められた。
「和音先輩!もぅ、待っててよぉ」
柚咲乃がいた。
「もー、きっとダッシュで帰ると思ってボクも急いだのにもう少しですれ違いすらしないところだったよ」
ガシッと腕を掴まれる。
一年生と二年生のフロアを結ぶ階段の踊り場である。
上からも下からも刺さる視線が酷く痛い。
何せイジメられっ子で名を馳せる俺だから。
「行くよ!」
生徒玄関まで行くと流石に離してくれたけど、玄関を出たらまた左腕を掴む。
「あのさ、俺、大丈夫だよ?」
「ダメ!和音先輩はボクが守るって決めたんだ。ボク、入学して直ぐに先輩に会いに行けば良かったって後悔してるんだよ。そうしたらきっと顔に傷を付けられたりしなかったんだから」
いや、それはちょっと違うと思うぞ。
顔に傷だけじゃ済まなかったはず。
けど、そういうのを口にするのは野暮だよな。
「柚咲乃がそう思ってくれる気持ちは嬉しいけど、柚咲乃に負担をかけるのは申し訳なくてさ。部活はどうしたの?」
「部活?ボク、部活は休校明けに辞めたよ」
柚咲乃は女子バスケ部をしていたらしいが、入部して数ヶ月で退部したらしい。
俺が切られて休校になって、きっと、今みたいに思って辞めちゃったんだろうな。
「何か悪いね。柚咲乃に影響させちゃって」
「や、そういうのはイヤ。ボクはしたいことしかしない。和音先輩がボクの前からいなくなるのがイヤなんだよ」
俺の腕を掴む手に力が入る。
柚咲乃は力が相変わらず強いな。
「もう美容院に着くね」
柚咲乃が商店街の入口で言う。
「じゃあ、ボクは家に帰るよ。また明日ね」
と言って、俺から離れる。
「ああ、また明日な」
俺は商店街に入って、柚咲乃はバス停へと向かって行った。
それからはいつものルーチン。
夜八時に店が閉まり、九時には店を出る。その間、閉店作業や練習をしたりしている。
母さんと家に帰って風呂に入るか軽食を摂る。
ウチは夜ご飯をそんなに食べない。
俺は二十二時くらいから勉強したりレポートを書いて日付を跨いで二時までには寝付く感じだ。
こうして毎日の積み重ねがあって学力だったりを維持しているんだけど、そんなことを誰かに言ったりすることはない。
朝は六時前に起きて朝食と弁当を作る。
弁当は俺と母さんの分で糖質控えめタンパク質多めという感じにしている。
そんなに多くないのでお腹が空けば夜に家で少し食べるという食生活だ。
母さんはたまに聖愛さんと飲み歩くことがあるので普段を軽めにしているというのもある。
翌日から柚咲乃に毎日絡まれている。
母さんに送ってもらったら校門からは柚咲乃が付いてくる。
昼休みは柚咲乃が迎えに来て空き教室で一緒に弁当を食べる。
帰りはだいたい廊下で柚咲乃に捕まって美容院まで一緒に帰る。
一年生の中でも指折りの美少女らしい柚咲乃と一緒なので突き刺さる視線には常に殺気が乗っている。
いつか刺されるんじゃないかって俺は思っていた。
いや、指されることになったのは意外ではあったが。
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