多少の傷跡すらも真のイケメンなら勲章にしかならない

 美希みきさんがわんわん泣いて和音あいおんくんを抱きしめてる頃、ママからメッセージがスマホに届いた。


『依莉愛は暴行に参加しなかったから家に連れて帰れたよ』


 美希さんに見せてもらった動画。

 あれ、SNSに拡散されちゃったみたい。あとで探して見ておくか。


 あたしもわんわん泣いたから目が真っ赤だろうな。

 美希さんはまだ和音くんに抱き着いて、和音くんはそれを痛がってる。

 どうも全身に打撲感があるんだとか。そりゃあ痛いよな。

 顔を切られた傷以外はそれほど重くない打撲みたいで明日には退院出来るそう。


 美希さんが出社前に和音くんを拾って行く感じになるのかな。

 やー、顔の青あざとか赤くなってたり切れてるところとか本当に痛々しい。

 左頬なんか凄いしね。いい男が台無しじゃん?それでもこの男は綺麗顔のイケメンで居続けそうだけど。


 面会時間が終わり、美希さんは保護者説明会に行くと言うので、美希さんの家に送って行った。

 彼女は自分の車で行くって言ってたからね。


 こうして落ち着いて見ると、美希さんの家はとても立派だ。

 閑静な住宅街にある二階建ての一戸建て住宅。

 母息子の二人では持て余してそう。

 だけど、車は軽自動車で何ならあたしの車よりもずっと安物だ。

 いろいろ事情があるんだろうけど、美容師の生活なんてたかが知れてる。

 お金を持てるのは極わずか。それがこの業界だ。

 美希さんもご多分に漏れずってところなんだろう。


 そう思うと今もらっている給料は「あまり昇給しないかもしれないけれど」と言われているけど、昇給しなくても良いと思えるくらいのかなりの金額を貰っている。

 それこそもっといい車が買えそうなくらいだ。

 それなのに客質は良いし、店が終わったら家に帰れるし、超絶ホワイトな感じだ。


 まあ、顔色が良くなった美希さんに一安心して、私は家に帰ったわけだけど、私の気持ちが収まったわけじゃない。


 家に帰って、あたしは真っ直ぐに依莉愛の部屋に行った。


「依莉愛ーーーーーッ!!」


 ダーンと思いっきりドアを開けて、ベッドに横たわる依莉愛の胸ぐらを掴みグーで殴った。


「お前、何してくれてんだよ!クソ!アイツがどんだけ頑張ってんのか知ってんのか!クソッ!くそっ!」


 ガツッ!ガツッ!と左手で胸ぐらを掴んだまま拳で殴ってベッドに押し倒して依莉愛に跨る。

 そのまま今度は平手で頬をぶっ叩いてやる。


──パンッ!パンッ!


 クソッ!クソッ!


 感情が昂ぶって涙でぐちゃぐちゃ。


「止めて!聖愛姉ッ!」

「聖愛!聖愛ッ!」


 で、ママと瑠莉愛があたしを押さえ付けにきた。


「止めるなよ!コイツは!コイツは──ッ!」


 あたしの力じゃ人の口の中を切るほどの強さで殴れない。

 依莉愛もボロボロに泣いている。

 悔しさが溢れてわーーーーっと声に出して泣いた。

 依莉愛もつられて泣いてたけど。


「あたしッ!お前のことぜってーゆるさねー。依莉愛のこと、心底軽蔑したよ」


 手を離してベッドから下り、依莉愛を見下ろした。


「ごめんなさいッ!お姉ちゃん!ごめんなさい!」

「謝って人間は変われるほど便利な生き物じゃねーだろ。和音はあたしの大事な仲間だからな。だからあたしはお前はゆるさねー」


 それであたしは部屋に一旦戻った。

 机の上のカッターナイフを手に取って、もう一度、依莉愛の部屋に行く。

 部屋にはママも瑠莉愛ももう居なかった。


「依莉愛ッ!」


 肩を押してベッドに押し付けて頬にカッターの刃を突き立てる。


「ン───ッ!」


 依莉愛はギュッと目を閉じる。

 眉間や目尻に寄るシワを見ればどれだけ力が入っているのかがわかる。


「なあ、わかるか?恐いだろ?」


 あたしは刃を引いてカッターを仕舞った。


「………………」

「アイツは……和音はさ。この怖さと痛さを我慢できるくらいお前に追い詰められてたんだよ。それこそいろんなことを諦めてさ。わかるか?」


 依莉愛はふるふるとかぶりを振る。


「なら、分かるまで考えろ。クソが」


 あたしが依莉愛を解放すると依莉愛はそこから動かなくなってた。


 まあ、あとはあたしが許す許さないの前に学校から何かしらの処罰はあるんだろうし、そもそも美希さんも和音くんも行いそのものは咎めても人間そのものは否定しない人だからな。

 あの二人は優しすぎるんだよ。


 この日はいろんなことをグルグルと考えすぎて全然寝付けなかった。



 翌日。水曜日。

 サロン・ド・ビューテは商店街でも人気の美容院だ。

 昨日は定休日だったけれど今日は営業日。

 予約もいっぱいだから店を閉めるわけにもいかず、美希さんとあたしはいつもと変わらず二人で開店準備をしている。


「和音くん、退院したんですか?」

「うん。迎えに行ったら仕事の準備をしようとしてて大変だったよ」

「あはは、和音くんらしいね。それと昨日はあれからどうしたんですか?」

「私は学校に行かないで警察に行ってきたよ。スマホの動画を提出して、今日は診断書を貰ってきたから夜にまた警察に行ってくるよ」

「わお。じゃあ──」

「私はやられたことの報いはさせるつもりだよ。許すつもりもないからさ。とは言っても先生たちの私的逮捕で一応現行犯扱いなんだよね」

「あー、じゃあ、あまりかわらないってこと?」

「たぶん、そう?動画も私が提出する前に既に持ってたみたいだし」


 や、こうやって美希さんと話ができてホッとした。普通に話してくれるし怒ってる様子もない。

 仕事は続けられそうだ。


 それにしても、この日。学校での事件を知ってるお客様が意外に多くて和音くんを心配する子が本当に多かった。

 夕方からは仕事も大変だったし。きっつい。

 和音くんが居ないと忙しい時間は本当に回らないな。



 それから、和音くんは痛々しい姿のまま復帰して、学年閉鎖が解かれたら学校に通いながら、仕事をしてる。

 傷が癒えて打撲痕が無くなったけどカッターで切られた傷は跡が残った。

 それが、あの綺麗で可愛らしい和音くんの顔をより男らしくしたみたいで、女性客の人気が更に高まってしまう。


 やー、流石にあたしもこれは予想外だった。

 予約枠。空いたら直ぐに女性客で埋まるんですよ。

 この仕事って出会いが本当にない。いや、あるって言う割にない。

 男の美容師なら彼氏にしてはいけない3Bの一つと言われるくらいモテるらしいけど、普通の男はモテてないからね。

 和音くんみたいなのはいないことはないけど、実際は華やかに見えていても全く出会いの機会がなくてモテない。

 お客様に手を出したがらない人のほうが多いしね。


 世間は夏休みを前にしたある日。美希さんに相談を持ち込まれた。


「この夏から浴衣や振り袖のレンタルを始めようと思ってるんだけどさ。聖愛ちゃん、どう思う?」


 あ、練習しておけって奴だったな。あれからちょっとずつ手を取らせ腰を取らせ着付けを教わっているけど、上達の具合は芳しくない。


「今のままだと和音くんに負担をかけるだけじゃないッスかね」

「だよねー。店も人手が追いつかないからもう一人募集しようと思うんだけど、それはどう?」

「やー、それ、着付けできる人なら大歓迎ッスね。そしたら平日に有給取りやすくなりますから」

「そうだよねー。有給休暇は取ってもらわないとなー。怒られちゃう」


 と、そんなこんなで浴衣のレンタルと美容師の募集が始まるみたいだ。

 やー、しんどかったから人が増えるのは正直嬉しい。

 ここ最近、昼間もいっぱいだからキツくて過労死しそうだったからな。


 さて、今日の予約は──。


 と、台帳を見ていたら【一条依莉愛】と妹の名前があるッ!しかも東町商店街のお祭りの日に、和音くん指名で。

 クソッ。アイツ、停学くらって暇だったから張り付いて予約を押し込んだのか。

 指名は電話でないとできないから鬼電したんだろうなー。暇人かよって暇人なんだろうけどさ。

 それに美希さんは依莉愛がイジメの主犯格って知ってるだろうに。まあ、美希さんが良いならあたしは気にしないことにするか。そうしよう。

 和音くんも全然気にしてないしね。あの子、傷ついたことにも何とも思ってないからな。

 それに、多少の傷跡すらも真のイケメンなら勲章にしかならない。

 背も伸びてきてるし一層男らしくなってお姉さんも惚れ惚れだよ。

 あー、あたしも和音くんとデートしてくんずほぐれつと過ごしてみたい。

 ちなみに、あたし、その日は高校のときの友だちと飲み会だ。


 ともあれ、それから依莉愛も学校に戻ったし、あたしとサロン・ド・ビューテは日常を取り戻した。

 でも、あたしは知らなかった。サロン・ド・ビューテの夏は鬼だった。

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