幕間

む……むむ……むむむ………むむむむ、ムスコォーーーーーー!?

 家から一番近いから。

 そういう安易な理由で面接を申し込んだサロン・ド・ビューテ。

 去年の四月に近所の商店街でオープンした美容院だ。


 夏にSNSで着付けをしたのが見目好い男らしく、どうしてかその界隈で人気が出ていた。

 年末年始にも着付けをしていて、苦しくないキツくない着崩れないなど、とても好評でそれをしたのは随分と若い男らしい。


 あたしが面接を希望したのは、それが気になったというのもあるし、やっぱ家から近いほうが良い。

 専門学校の卒業を機会に今アシスタントでアルバイトしてるところを退職して家から近い美容院で働こう。

 そう計画を立てていてちょうど募集を見つけたそこに面接を申し込んだのだ。

 ウチは母子家庭だし、車があるのはあたしだけだから何かあったら近いほうが融通が利くからね。


 お店は商店街の一角のテナントで、外から見ると落ち着いた雰囲気だ。

 あたしに似合うのかと思いつつ、ドアを明けた。


──カランコロン


 古式ゆかしい音がする。

 昔ながらの木と金属がぶつかって擦れて鳴るドアチャイムの音だけど電子音と違ってどことなく優しく響く。


「失礼します」


 少し緊張していた。


「はい。どうぞー」


 店の奥からハスキーがかったアルトボイスが響き渡る。

 パタパタと足音を立てて現実とは思えないほどの綺麗な女性が奥から出てきた。


「あっ……一条いちじょう聖愛まりあでしゅっ。今日は面接にうきゃぎゃわしぇていただきみゃした。どうぞ、よろひくおにぇぎゃいいいたしみゃふゅっ」


 頭を深々と下げる。

 そして、盛大に噛んだ。


「くっくっくっ……あははははは」


 と、突然、女性が笑う。

 失礼だなコイツ。と思っていたら


「あははは。あーー、ごめんね。こういうの私、初めてでさ。一条さんも緊張してるんだね。私も緊張してるんだよ」


 そう言った。


 はにかむ笑顔が眩しすぎる。本当に美人だ。

 おっぱいも大きくて、スタイルも抜群。

 ここで働けたら男に困らなさそう。

 笑われたからか、冷静になれて相手を見る余裕ができたみたい。


「私は、紫雲しうん美希みき。一人しか居ないここの美容師?店長?そんな感じだよ」


 もしかしたら、紫雲さんは緊張を解すために笑ったのかもしれない。


「あたし、面接に慣れてなくて、めっちゃ緊張してました」

「そうだよね。私もだから気にしないで。さ、こちらへどうぞ」


 あたしは奥に通されて面接が始まった。


 志望の動機とか根掘り葉掘り聞かれるのかと思ったら、訊いてきたのは応募した理由だけ。

 素直に家から近いからと答えたら「そんなもんだよな」と返してくる。


「ウチは私とアシスタントしかいない小さな美容院だけど聖愛まりあちゃんが良ければ、ウチにおいでよ」


 十分も話さない内に採用か。

 大丈夫?って思って疑ってしまったけど、このひとと働くなら悪くないと思いはじめていたから「わかりました。前向きに検討します」と伝えた。


「じゃあ、私からは面接は合格ということでお願いね。他にも面接してて、そっちのが良いってなったら仕方ないけど諦めるしさ」


 そう言って眉尻を下げると、浮世離れした美麗な顔が何とも悲しくて、この人の表情は本当に来るものがある。


「じゃあ、少し見学させていただいても良いですか?」


 一時間くらいかかると思ってたけど、十分で終わってしまって手持ち無沙汰だから見学して、決めるのも悪くない。

 そしたら、直ぐにお客様がやってきて、あれよあれよと席が埋まる。


 テキパキ動いてキツそうな顔を一切しないでニコニコしてて、そんな紫雲さんを見てるからお客様も和やかだ。

 いや、これ、良いわ。前の職場よりずっとお客様の質が良い。

 気持ちの上ではもうここで働くことにした。


 それから家に帰って閉店後に「お願いします」と連絡をした。

 そう言えば、一時間見学したけど男性客が一人も居なかったな。

 あんなに美人だったら男性のお客様がもっと居ても良いはずなのに。


 四月を迎えて最初の勤務日。


「おはようございます」


 新人なので元気よく挨拶と気張っていたら「おはようございます」と透き通ったハスキーがかった男声が奥から聞こえる。

 それから少し遅れて「おはよう」と紫雲さんの声が聞こえた。


「ふふ。いらっしゃい。今日からよろしくね」


 紫雲さんが出てきた。


「よろしくお願いします」


 あたしも頭を下げた。


「あ、ちょっと待ってて」


 紫雲さんがそう言って後ろを振り向いて「あいおーーーん!」と叫んだ。

 すると、奥から男の子……って、めちゃくちゃ可愛い!ってか綺麗な顔!!

 うっわ、やっば。

 顔ちっさいし、目がスラッと切れ長で、小高い鼻と綺麗なカーブの鼻筋にアヒル口。

 すっげ……いや……ちょっと……。


「この子がウチのアシスタントっていうか息子の和音あいおんよ」

「紫雲和音と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 む……むむ……むむむ………むむむむ、ムスコォーーーーーー!?

 マジカヨ……。

 こんなに美人で可愛い紫雲さんにこんな大きな息子!?

 てか自己紹介されたのに新人のあたしが無言ってヤバいよな。


「あ、わ……t……う……あ……い……ひぃ………」


 え、あ、言葉が出ない。


「くっくっくっく……うあははははははははは」


 そんなあたしを見て目の前の超絶美人美容師が盛大に笑う。


「い、いや、あ……その……ちょ……んぐっ……」


 面接の時と違って、笑われても治らなかった。


「ね、真っ赤!真っ赤だよ!すっげw」


 と、紫雲さん。

 この人、すっごい美人だけど、すっげえドイヒー。

 いや、ね?笑い飛ばしてもらえてる方が気は楽だけどさ。いくらなんでも笑い過ぎじゃないですか?


「か、母さん。笑い過ぎ。困ってるでしょう?」


 見兼ねた息子さんがフォローしてくれる。


「母がすみません。なにかの拍子でツボにハマるといつもこうなんです」


 申し訳無さげに目を伏せて謝られたんだけど、この子のまつ毛がめちゃくちゃ長くて、更に見惚れた。

 ほんと綺麗すぎてヤバい。首から顔から耳から身体中の熱が集中してあっつい。

 それにしても、母親はアルトボイスで息子はテノールボイス。顔だけじゃなく声まで似てるわ。本当にそっくり。

 口を隠したら見分けがつかなさそう。


「ねー、まーた。聖愛ちゃん、首も真っ赤だよ?すっごい真っ赤っ赤!」


 また、笑われた。

 でも自覚あるもんな。真っ赤ですけど大丈夫ですか?と聞かれるよりずっと良いのは分かるんだよ。

 きっとそれを知ってるから息子さんは何も言わないし、紫雲さんは笑う。

 しっかし、美女と美男子に挟まれて仕事するのか。

 あたしだってそんなに悪いはずじゃないのに、でも、このふたりは近くで見ていたいって思える良い雰囲気なんだよな。


 結局あたしは「あうあうあー」と緊張が収まらなくて開店作業に入った。

 息子さんに教えてもらったり、紫雲さんに教わったり、やー、ふたりとも教えるのが上手いッ!

 そして開店十五分まえになってようやっと緊張が解れて改めて挨拶をした。


「はじめまして!先月、合格したばかりの一条いちじょう聖愛まりあです。よろしくお願いします」


 あー、やっと言えた。良かった良かった。

 挨拶のやり直しである。はじめましてからね!


「はじめまして。アシスタントの紫雲和音です。よろしくお願いします」

「キミがあの話題の子かあー。めっちゃ綺麗な顔してるね」


 取り敢えず褒める。

 や、もうもっと見てたいけど、気になってた年齢を聞いたら──。


「俺、高校二年生です。一応通信で専門学校にも通っていて学校に行ってる時間は来れません」


 わ、妹のタメじゃん。

 うちの妹、読者モデルをするほどの美少女だけど、まあ、美希さんが居たら霞んでしまいそうだ。

 おっぱいは依莉愛いりあのほうがおっきいけど。


 開店前にお話をして、美希さん、和音くんと呼ぶことにした。

 紫雲さんだとわかりにくいので。


 それにしても美希さん目当てに男が来るかと思ったら、予約台帳には女の名前しか無い。


「あの、ここって男性のお客様は来ないんですか?」


 と、美希さんに訊いたら


「いや、うち、和音で男性客のカットやセットの練習をして男性客を待ってるんだけど一人も来たことがないよ」


 和音くん、良い男だもんな。あんな見た目でガツガツしてないし、物腰が柔らかいから気持ち的に吸い込まれそう。

 それにしても期待した男性客が皆無……。解せん。

 いや、和音くんが目当てもあるかもしれないけど、美希さんは女性受けしてると思うんだよなー。


「和音が春休みの間は和音目当ての女性客しか来ないから」


 美希さんが続けた言葉は、営業が始まると直ぐに分かった。



 勤務初日の感想はとても働きやすくて良い環境でした。


 確かに和音くん目当てでギラギラした女の子たちばかりだった。

 その中で数人、美希さんと楽しく話している方も居たから、やっぱり、美希さんの人当たりの良さが女性客を呼んでいる気がした。


 そして、和音くんのアシスタント超人っぷりがすごかった。

 良く見てるなってなるくらい、あたしが次にするべきことを理解していて準備をしてて、あたしが分からなくて迷っているとそーっとフォローしてくれる。

 女性客受けが良いのもあの顔だけじゃなくて、笑顔を向けるタイミングとか扱い方、振る舞いがどれも琴線にかかるイケメンっぷり。

 これで気分が上がらない女はいないだろうって、それは、あたしもだけど。

 要するにこの母親があってこの息子がいる。

 給料も新人にしては異様に高いし良い職場だ。

 あたしはここで働くことが毎日の楽しみになっていった。


 ただ、彼が高校生で通信とは言え専門学校に通っているとなると当然、あたしと美希さんの二人で店を回すことが出てくる。

 春休みが終わると直ぐに。


「いや、きっついッスね。和音くんが居ないとこうも違うんですか?」


 珍しくお客様が途切れたときに美希さんに訊いてみた。


「そうなの。和音がいるのといないのとで全然違うんだよ。あの子すっごく頑張ってくれてるからさ。二人目が早く欲しかったんだよね。だから聖愛ちゃんに来てもらえて良かったよ」

「やー、あたしご迷惑をおかけしてないかほんと心配で、ミスもフォローしてもらいっぱなしですし」

「そこはほら、新人だからで済むじゃない?そっちのほうが私が楽だからさー」

「あー、そういう……。まあ、でも、和音くんのおかげであたし、やりやすいし仕事も覚えやすいんっすよね。あとやっぱり美希さんがスゴいから見て楽しく学んでますよ」


 美希さんも手際が良いんだよね。

 先々月までアシスタントで働いていたところに居た人たちよりずっとテキパキしてるし、嫌な顔を全くしない。

 いつもニコニコして厳しいことでも、工夫してこなしてる。

 仕事人なんだよなー。それを褒めると照れて可愛いし、その照れ顔がヤバいくらい尊くて、やー、あたしが男なら美希さん絶対口説きますわ。


「そう?そう言ってもらえると嬉しいね。お礼に和音、いる?」

「いやー、和音くん超良い男っすけど年下で妹と同じ年っていうのが何か罪悪感がわいて、いや、和音くん良いんですけどね」


 美希さんはそうやって照れ隠しに和音くんの名前を使ってあたしを揶揄ってくるんだけど、あたしも分かってるっていうのに隠しきれなくて一々顔が赤くなる。

 こう直ぐに紅潮するのをどうにかしたいんだよなー。全く。

 それにしても、これで貰うって言ったらどうするんだろう。あげないっていうのかな?

 どうぞどうぞって言いそうな気もするけどさ。いや、欲しい?って訊かれた欲しいッスよ。

 でも、今は和音くんと一緒に働きたいっていうほうが強いかも。


 それからは順調に仕事をこなして日々が過ぎて行く。けれど、そうして仕事に慣れたころに事件が起こるんだよな。

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