第22話 橘みおん
召喚エルフと対話した次の日。
早朝。いつもより早く教室に到着するが、眠くて机に突っ伏していた。
「あの、大野さん。少しいいでしょうか」
今度は橘先輩に話しかけられた。
ヒロインから呼ばれるなんて、主人公になった気分だ。
「裕太ならまだ登校してないですよ」
当然、本物に用があるのだろう。役目は果たした。ぼく、おねむ。
「いえ、瀬利さんではなく大野さんに会いに来ました」
「如何に?」
予想外な返答に、脳がスッキリ覚醒してしまう。
「実は……堀田さんについて相談があります」
「相談? それこそ、裕太に相談した方が話題も確保できて一石二鳥だろ」
「瀬利さんは、その、女子の感情の機微に疎いと言いますか……」
「せやな。微妙な変化とか差異なんて、裕太にとっちゃ無きに等しい」
彼の鈍感力は、ヒロインにまつわる事象ほど捻じ曲げていく。事態が悪化することを予想し、裏で手を回そうと動くとはなかなか気を遣えるじゃないの。
かつて弱気なお嬢様は理想のアイドルの仮面を押し付けられ、周囲が望むような振る舞いを演じていたらしい。
だからこそ、直近の花の言動に違和感を生じているのだろう。
「要するに、花が無理をしていないかってこと?」
「大野さんは鋭いですね。流石、瀬利さんのお友達です」
「俺も心配してたところだし、今日聞いてみますよ」
ふぅ、ため息をこぼした
お前ら、友人キャラに求めすぎだろうに。
役割超過で過労死するぞ。無休無報酬な労働環境に、ブラック企業の社長らが列をなして講演会に参加したがる勢いだ。
「……ひょっとして、大野さんも疲れてますか?」
「え、何だって? 元気百倍アンポンタンですけど」
疲労がピークに達すると、聞き間違いや幻聴が聞こえるらしい。
つまり、裕太はいつもお疲れさんだった?
ラブコメ主人公の難聴癖に、微粒子レベルで存在する可能性を考慮すれば、
「んー、これは熱があるかもしれません。まずは自分の体調を気にしてください」
橘先輩が俺の額に手を当て、瞳を覗き込んでくる。
「ふふっ」
「ふふ?」
笑われた。モブに対する哀れみか?
憐憫の乙女に真相を問おうと、彼女は答えを出した。
「これが瀬利さんだったら、うわ! って叫んだり、顔を赤くしたり、面白い反応をしてくれます。恥ずかしがって、可愛いいんですよ」
「あー、そういうこと。俺はラブコメ主人公じゃないゆえ、ヒロインの欲しがるリアクションがヘタクソなんだ」
「ラブコメ? 主人公? 一体、それは――」
橘先輩が余計なワードに食いつきそうになり、俺は机を叩いて立ち上がった。
「とにかく! 花の件はかしこまり。モブは急げ、校門で出待ちしてくる」
「大野さんがやる気を出してくれてうれしいです。お調子者に元気がないと、周りも暗くなっちゃいますから」
「さいで」
廊下の階段まで歩き、向かう先が分かれた。
「心配してもらって、どうも。今度、あなたの趣味に付き合いますよ。裕太にもまだ隠してる方で構わない。口が堅いどころか、俺の話は誰も気に留めないんでね」
「な、何のことでしょう! わたし、全然エッチな秘密の趣味とかありませんからっ」
語るに落ちたとはこのことか。
エサを奪い合う池のコイより口をパクパクさせ、橘先輩は幼女よろしく嫌々と頭を振り続けるのであった。
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