第21話 エルミン
三日過ぎれば、冷静に考えられる。
交際疑惑の噂を流布した犯人捜しは今更だが、大方見当はついた。
結論を言おう。そんな奴はいない。そんな人はいない。
強いて挙げるなら、ラブコメの女神だろう。
シナリオライター気取りの端役が、お気に入りの少女を活躍させたい理由でストーリーを改悪させたことがご立腹の原因に違いない。
ゆえに、罰を与えた。
単にどうでもいいモブを消すのではなく、そいつがご執心なヒロインを潰すことで罪の清算を計ったのだ。
いわゆる、神の見えざる手。
ラブコメの女神が美少女か概念か知らんが、これにて粛清完了なり。
……って、思うじゃん?
甘いよ、女神。
まだ全然余裕だし。これで勝ったと思っているなら、簡単に引きずり落とせるな。
ったく、お前はラブコメの素人かよ。女神ちゃん、勉強し直してきなさい。
壮大に煽ったところで、不味い状況に変わりないが最悪でもない。
自信を持って、詰んでないと言えよう。まだ巻き返せるのだ。
一つ、男の存在を匂わすヒロインが許される展開がある。
――堀田花は、大野卓に弱みを握られていた!
普段周囲に振りまく表情とは正反対で、大野は卑劣下賤な悪党だった。花は家族や友人たちを守るため、孤独の戦いを強いられていたのだ! 辛酸を舐めて屈辱を受けても、必死に歯を食いしばっていたのだ!
俺の好感度がゼロからマイナスの世界へ突入するが些細なことさ。
むしろ、初めて人から注目されちゃってロマンティックが止まらないよ。案ずることなかれ、蔑ろにされたり見くびられることでは負ける気がしない。一流のモブにとって、それは日常である。
俺が、イケメン御曹司で親が勝手に決めた婚約者ならばベストだったな。
主人公がとてつもなく嫌な奴をぶっ飛ばすことで、カタルシスが生まれる。最終的に主人公様を引き立てるのであれば、ヒロインにちょっかい出すことが許される。
顔と能力が良い悪人と比べ、
こちらは顔と能力が悪い善人だ。
ちょびっとだけ、荷が重いかしら? 二百グラムくらい?
「まあ、この作戦は使わない」
無論、実行すれば花が激おこプンプン丸と化すだろう。
自己犠牲を美化するのも趣味にあらず。この案は却下だ。
あの日以来、花と喋っていない。ケンカしたわけじゃないけれど、内心妙に気まずくなると恐れているのか。失った何かを突きつけられるのが、怖いのか。
まだ入れ知恵の余地はあるものの、結局……花のやる気次第だ。
引くにしろ、攻めるにしろ。
自分が納得できる選択をしてくれ。
ちなみに、裕太とも会話がない。
ラブコメ主人公は、用事以外で男に話しかけたりなどしない。やれやれ、うるさいヒロインの相手で大変だからな。端役が主役様にお目通しを望むならば、平穏な日常に愉快な話題を献上しなければならない。
このままではモブから一般生徒へランクダウンしてしまう。大変だ。
大変? いいや、特に困った事態に陥ったわけじゃないと察知する寸前。
「あんた、ちょっと顔貸しなさい」
昇降口、スニーカーに履き替えると珍しい人物が待ち伏せていた。
今日までちっとも尖がったお耳にツッコミが入らない謎の転校生。
「エルミンさん? 悪いけど、カツアゲなら勘弁してくれ。今月はあと、158円で乗り切らないといけないんだ」
腕を組んだエルミンさんを素通りしようとしたが、俺は彼女に行く手を遮られる。
「あたしが声をかけたのに、スルーとかどういう神経してるわけ? あんた、バカでしょ」
「俺は裕太じゃないぞ。わがまま言って、甘える相手を間違えてないか?」
「――なっ!? 誰があんな奴に甘えてるわけ!? そ、そんなわけないじゃないっ!」
自慢の銀髪を人差し指でクルクル巻いていた。ノロケ話を聞かされる前に逃走を試みたが、視界の端を魔法の弾丸が凄いスピードで弾かれていく。
「うわっ、何だ今のは!」
だから、魔法の弾丸でしょ。ビリビリしてたし、電気の性質を帯びてんだろ。
「あたしの手を煩わせないで頂戴。次は当てるわよ」
ちゃんとビビった俺の姿に、エルミンさんが満足そうにイニシアチブを握る。
獲物の前で舌なめずりをした強者様は、
「二日ぐらい前から花の様子がおかしいのよ。あんた、何か知ってる? いいえ、知ってるわよね? あんたが知らなきゃ、あたしが質問した意味がないじゃない!」
とんだ暴論だった。
情報を垂れ流す以外、お前に存在価値はないと断言されたものだ。
しかし、俺は不快な気分にならない。むしろ、ハッキリした奴だなと再評価する。
「花の様子が変……? そんなの俺が分かるわけないだろ。裕太との関係が上手くいってないだけじゃねーか」
「今回は別の理由だと思うのよ。それくらいなら、あたしだって察せるし」
顎に手を当てながら、エルミンさんはムムムと思考する。
「幼馴染の女子の異変に気付かないなんて、ほんと愚鈍ね! ハッ、二人揃ってその頭の中は煩悩しかないのかしら」
「俺を裕太と一緒にするんじゃねえ! 世界平和とか、いつも考えてるよ!」
「あっそ。あんたを間引けば、この世界は善良に一歩近づくかもね」
ひどい言い草だ。侮蔑の眼差し、ビンビンですぞ。
さて、メインヒロインに舞台裏の諸事情を語るわけにはいかない。いちいち説明するのが面倒なんて全然思っていない。本当だったらっ。
「エルミンさんは花の友達だよな。案外面倒見が良いし、ぜひ彼女の相談に乗ってくれ。俺たちは使えねーし、よろしく」
そう言って、俺は撤収するつもりだった。
エントランスを抜けたところで、
「これは、あんたが解決しなくちゃいけないと思うわ。裕太は問題が表面化してからじゃないと、動かないうえに使えないのよ。大野卓、花のこと頼んだわ」
離脱を許さない誓約が背中に突き刺さる。
ほとんど強引なお願いだ。頼んだはずなのに、頼み返される。
不意に振り返ると、エルミンさんの表情が和らいでいた。
流石、ヒロイン筆頭である。彼女の圧倒的ヒロイン力を垣間見て、花に落ち込んでいる暇などないと改めて思い知らされる。
「エルミンさん。ただの性格悪いエルフじゃなかったんだな」
「――っ! あんた、なんでそのことをッ」
「召喚されたなら、送還する方法もあんだろ」
驚愕するエルミンさんに構わず、俺は胸に秘めたうっ憤を晴らしていく。
「耳尖がってんだから、バレバレだろうが! あと、当たり前のように魔法ぶっ放すのやめろ! こっちの世界じゃ、魔法は超常現象だからな!」
「うそ。違和感を消すジャミングアイテムの故障っ!?」
「ちげーよ! こちとら、何年脇役やってんだっつー話だ。異界のプリンセスかどうかは知らんが、お前みたいなヒロインは10人以上関わってきたわ! 裕太のラブコメのためにツッコミを入れなかった俺に感謝しろ!」
「は、はい! あ、ありがとっ」
エルミンさんが急に縮こまり、ペコペコ頭を下げた。
「気合いは入った。ちょっと、花にも闘魂注入してくる」
「……あんた、急にキャラ変わったけど大丈夫?」
引き気味のエルフに心配されてしまう。
「いくらキャラが変わっても、モブはモブだから変わりない」
エルミンさんに見送られる中、俺は再び花を励起させる方法を構築し始めた。
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