第19話 疑惑
《四章》
自称どこにでもいるようなごくごく普通の高校生・瀬利裕太を、乙女たちが愛やら恋に浮かされて奪い合う狂想奇譚は今日もお盛んだった。
ラブをおかずにコメを頂き、俺は傍から見ているだけで胸焼けしてしまう。おえっぷ、もうお腹いっぱいだ。そろそろ決断してくれないか、主人公?
メインヒロインズも、君の優柔不断な態度に業を煮やす頃合いだ。
――誰かを選ぶなんて、俺にはできないよー。皆、素敵な子たちなのだよー。
……あ、そういうの要らないんで。マジで。せめて、ハーレム王に俺はなる! と宣言してくれれば万々歳だ。俺の役目、終わるし。
主席ヒロイン“召喚系エルフ”のエルミン・カルシーファなんか、この前、相当ストレスが溜まっていたのか、街でナンパして来たウェーイなチャラ男相手に、
「このあたしが誘ってやったのに、断ってんじゃないわよぉぉおおーーっっ」
などと叫び、お得意の雷撃魔法をぶっ放していた。
この後、スタッフが綺麗に処理しました。
どんなに暴力的なエピソードだとしても、語られなければどうということはない。裕太の前じゃなきゃ、描写されないからね。
大方、デートに誘ったら彼奴の鈍感力に撃沈したのだろう。ムシャクシャしてやった。反省はしていない。
次席ヒロイン“お嬢様”の橘みおんの場合、
「瀬利さん、最近忙しいのか、ちっとも屋上に来てくれません。昼休みはいつも楽しみだったんですが……マック、KFC、吉野家……」
釣った魚にはエサをやらないんじゃない?
攻略済みヒロインは、まな板上のコイか。
ファーストフード・ホリックは注意しろ。偽りの仮面が剥がれ落ちちゃうぞ。
そして敗北ヒロイン“幼馴染”の堀田花の近況は、
「卓ちゃん、見て見てぇ~。春のパン祭りシール25点貯まったの! 今年もお皿、ゲットだぜ」
「ぴっ、ぴかちゅう!」
ジャーンとシール台紙を自慢する花に、つい電気ネズミの合いの手を入れてしまった。
登校直後、なまら機嫌が良さそうな花に話しかけた結果がこれである。
おい、お前はもっと必死になれ。
かの邪知暴虐なるラブコメ王から寵愛を受けるため、手練手管を駆使しなさい。
暢気な幼馴染に流されず、俺は質問していく。
「昨日、裕太と映画見に行ったんだろ。どうだった?」
「面白かったよぉ~。アメコミは詳しくないけど、迫力あってアベンジャーだったなあ」
「映画の感想聞いてねーから。デートの方だよ! 堀田花さん、印象に残った思い出はありましたか?」
懇切丁寧に頬っぺたをつねってあげると、にゃ~と鳴き声を漏らした。
「印象……あ、裕太ちゃんがずっと寝てた! シアター、アクアリウム、カフェ、到着早々にグースカしてたっけ」
「それ、全然デートか?」
「なんか、二日連続でエルミンちゃんのお願い叶えるために奔走したり、橘さんに学生っぽい遊び場に連れ回されて、俺はもうボロ雑巾だぜぇ……ってうわ言吐いてたなあ」
ふむ、デートイベント三連チャンね。ラブコメではよくあることだ。
別の主人公の体験談によれば、最悪ヒロインとの約束が同じ日にブッキングされ、別の女子にバレないよう秒刻みのスケジュールが組まれるとか。
タイトでハードな大立ち回りは、素人目だとまるで同時存在しているように見えるとか。これがミステリーだったら、犯行トリックに応用されるゆえ悪い奴に教えるのは禁止だ。
「花は気を遣わないで済むから楽だってぇ~。えへへ……」
「いや、それ褒められてないから。ヒロイン的にオワコンだ」
オメー、ヒロイン判定されてねーから!
頬を染めて照れた彼女に、俺は残酷な真実を告げる。
正妻戦争は、乙女の意地とプライドと覇権をかけたヒロイックサーガ。
日常系ゆるふわ四コマ漫画の雰囲気で挑んだら……処されるぞ?
最終局面を前に未だ牧歌的な花に活を入れてやろうと、全校集会の校長先生並みにエンドレストーキングをぶっこんでやろうと大きく息を吸いこんだ。
「あ、裕太ちゃんだ。朝のノルマ、行って来るねえ」
すたすたと花は裕太の元へ。
彼が自分の席に着いた途端、どこから現れたのか三匹の美少女ちゃんらがわらわらと集まった。銀髪をなびかせ、金髪がきらめき、黒髪は艶やかに。
「ガンガン行こうぜ」
作戦を命じるまでもなく、彼女は己の役目を全うしていた。
なんだよ、結構ヒロインしてんじゃねぇか。
そのまま止まるんじゃねーぞと呟き、俺は小テスト対策にノートを見返していく。
英語の渡辺教諭は単語と文法の小テストを実施するのがお好きな方で、新しい単元に入る前は必ず行ってきやがる大変ありがた迷惑極まる生徒想いと見せかけて、我々の嫌がる顔を眺めるのが大好きな愉悦部の人間だ。
70点以下が続くと、期末テストの点数から容赦なく減点する頭皮薄っすらペチ野郎とは奴のこと。叩くと、ペチッと音が聞こえそう。
「ちーす、大野。テスト対策か?」
「お前、顔に似合わず勉強するよね。どう考えても、赤点常連組みてーな顔なのに」
うーん、仮定法には過去と過去完了がある。
仮定法過去のBe動詞は、wereになる。
「おい、無視すんな!」
「今更ガリベンしても遅いって。諦メロンッ」
「なんだ、生徒Aと生徒Yか。今忙しいから、あっちでソシャゲポチってなさい」
顔を上げると、クラスメイトのガヤが必死に存在をアピールしていた。
存在証明をしたいなら、裕太に顔を覚えてもらえ。主人公様に頭を垂れろ。まずは、それからだ。
「生徒Aって何だよ! 青木だよ! ちゃんと名前を呼べ」
「同じく、山下」
「いや、背景役に名前は必要ないだろ。その他たちで統一しとけ」
「その他っ!? 大野が一番凡人顔のくせに!」
「まだ高校生なのに、その纏ってる脇役の哀愁はスゲーよな」
ひどい言い草だ。
しかし、大体合ってたので反論できない。
「俺は件の男の引き立て役とお勉強で忙しい。お前ら、モブに構ってる暇があるなら、さっさと自分が支えるべき主役を見つけたらどうだ」
「あん? 俺様は、女子小学生の寮で寮母(男)をやってる奴の友人として、要注意人物のロリコンガチ勢として活躍してるぜ! 隙あらば、侵入を試みるって感じの」
「あぁ、青木は真性ロリコンだもんな。適役じゃん」
「ほざけ! 俺様は、大人のお姉さんが好みなんだっ! ボンッ、キュッ、ボンな! 一体どうして、起伏に乏しいガキンチョ共に興奮できようか? アイツら、色気の欠片もねーんだよ!」
青木、落涙の告白。
「知らんがな。けど、確かに子供の相手は面倒だ。精神がゴリゴリ削られる」
俺もロリコン役を務めたことはあるが、心の底からしんどかった記憶しかない。
泣く、騒ぐ、喚く、うろちょろする……幼女に欲情できるなんてとんでもない異端者だ。
「僕は先月、異能力バトルに参加してたよ。並行世界で一つだけ超能力を与えられ、7日間生き残ったら願いが叶うサバイバルゲーム」
「それ、楽しそうじゃん。でも、そこでのリタイアは現実での死を意味するパターンじゃないのか?」
「もちろん。雑魚狩りグループの一派だった僕は、唯一超能力が使えなかった主人公をいたぶりながら追い詰めたんだけど、どんな超能力も反射するヒロインのカウンターで即退場しちゃったんだ」
ヒロインの初登場シーンを、山下が残念そうに振り返った。
ヒロインの活躍に貢献するなんて、小悪党冥利に尽きるだろう。
「はーん。異能バトルで毎回思うんだが、全反射、異能殺し、コピー、時間止め。この四大ウンザリ能力はやめてほしいよな。せめてどれか一つ、ボス限定にしてくれって話」
「それな! 何度も同じ能力でボコボコにされる身になれよな! 正直、相手の能力が判明した時点でいくらでも倒せる方法はあるんだが、暗黙の了解で問答無用の奇襲は禁止だもんな。てか、山下。早期脱落者のくせになぜ生きている?」
青木の疑問に、俺も頷いた。
死なないデスゲームは茶番ではないか?
「僕が倒し損ねた主人公が紆余曲折を経て勝利者になったんだよ。案の定、彼の願いはこのサバゲーによる全ての犠牲者の復活ってわけ」
「へー」
「イイハナシダナー」
「あの主人公、ハーレム作りの片手間にデスゲームを攻略したらしいから凄いよ」
「どうせ、主人公だけが規格外のサイキッカーだったんだろ」
「自分、システムハックしちゃっていいっすか」
「ハハハハ」
ともあれ、山下が帰ってきて良かった。
ありがとう、知らない主人公。今度、俺がかませ役を担当することになれば、存分に俺TUEEEをやらせてやるぜ。
この通り、たまにモブ仲間で交流することもある。最近の主人公事情、奴らの思考パターンの分析、傾向の調査、諸々を共有しておくと便利なのだ。
――自分、友達いるので。
生まれつき目つきが悪くて友達いませんとぼっち宣言大好きなラブコメ主人公と違って、俺は都合の良い解釈を用いた友達いないアピールはしない。
己の怠惰を、省みろ。慢心せずして何が主役か。
たとえ目つきが悪くても、キチンと向き合えば仲良くしてくれる善良な人間はたくさんいるぞ? 聞いてもないのにヒロインの情報を教えてくれる悪友なんぞ、友達にカウントされないか。なんせ、ただの便利屋ですもんね。
「ところで、大野。最近、小耳にはさんだ噂があるんだが……」
「如何に?」
青木がやけに真剣な表情を作り、俺の目を見た。
山下も追随するかのように、俺へ視線を向ける。
「……お前が、堀田と付き合ってるらしい件について」
「堀田さんと交際してるのは本当かい?」
「……ワアイ?」
「いいや、隠さなくていい! 俺たちは仲間だ! 墓場まで持って行くぜ!」
「秘密にしたいなら、ちゃんと黙ってる。だからさ、ハッキリさせてよ」
二人の予想外な詰問に、俺は開いた口が塞がらなかった。
ぼくがはなたんとちゅきあってりゅ?
「見当違いも甚だしくて、俺の日本語が溶けちまったじゃねーか」
これが巷で騒がれている若者の日本語離れか。違うね。
「君たちは俺を何だと思ってるんだい? 天下のラブコメ主人公・瀬利裕太に嫉妬の炎を燃え上がらせた三枚目、美少女のスリーサイズでご飯三杯はイケる友人キャラ、エロと妄想だけが友達な大野卓とは俺のこと! 以後お見知りおきをッ」
「「それは知ってる」」
当たり前だよなあ。
主人公とモブに通じてこそ、一流のモブってもんだ。
「お前らが知ってることを、俺も知ってる。わざわざ言わせんな」
「いや、これがマジなんだよ。大野と堀田の交際疑惑」
「大野がラブコメ主人公を差し置いて、ヒロインに手を出すわけないのは分かってるよ。でも、それは脇役の経験値が高いからだ。一般生徒にはさ、二人が親密そうに話してたり、いつも一緒にいるところを目撃してるわけだから、妙な勘繰りをするんだよ」
一般生徒と脇役、もしくはモブの明確な違いについて。
ストーリーに一切関与しないのが、一般生徒。物語に何の影響も与えない。
ストーリーに少し関与するのが脇役。主人公に足りない要素をお裾分け。
メインストーリーに関与せず、本筋以外で活路を見出すのがモブ。尺稼ぎに準ずる使い捨ての駒。
「いやさ。そんな噂、全然聞いたことねーぞ」
花は可愛らしいが、校内で特別有名な美少女にあらず。
橘先輩やエルミンさんと比べたら、知名度がダンチだ。そんな子の噂が蔓延するか?
相手がサッカー部のイケメンキャプテンなら話題性があるものの、大野卓なんてほとんど知られていない小物中の小物。むしろ、小物界の大物だ。
「そりゃ、本人の前じゃ流石に言わねぇっての。大野は盗み聞きが得意だろ、嘘だと思うんなら自分で調べてみな」
「大野は人の死角に入るの得意だよね。毎日、クラスの女子にいつからそこにいたの! って驚かれてるし。悲鳴の先に、大野あり。とはよく言ったもんだ」
「やれやれ、1組の連中にはそろそろ存在を認めてほしいぜ」
図らずも、後方の裕太と同じタイミングで例のポーズを構えていた。
癖で俯瞰すると、花が机を乗り出すや談笑していた。
「無責任に75日独り歩きするのが噂か。ちょっと確認しとくわ」
「おう、そうしとけ。ま、小遣い稼ぎにもなんねークソ雑魚ゴシップだ。手を打たなくても、すぐに消えるだろ」
「僕は、熱愛発覚が事実の方が面白いけどね。大野の初スキャンダルとか、ウケるし」
言いたい放題なフレンズをシッシと追い払った。
ノートに視線を落としながら、頭は先ほどの話題でいっぱいだった。
取るに足らない戯言だと吐き捨てる半面、形容しがたい憂慮に襲われていく。
予感が悪寒に大変身。
「お前ら、さっさと席に着け。小テスト、始めるぞ」
ペチのやる気をそぐ声、クラスメイツのブーイングに包まれる中、英単語をきっちり暗記したはずなのに、俺のペン先は滑らかな回答を最後まで拒むのであった。
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