第18話 真夜中の逢瀬

 いつの間にか、夜のとばりが下りていた。

 テッペンを超え、うとうと舟をこぎ始める。


 エルミンさんが普段占拠していた書斎だが三人で寝るにはスペースが足りず、ヒロインズは今晩リビングで寝るらしい。楽しそうとのことで、裕梨も参加するってさ。

 俺は、問答無用で裕太の部屋に収監された。


 ヘンタイの前科者は信用ならんと障壁魔法のお時間だ。

 ナントカフィールド、展開。

 おい、ご都合バリアを張るな。結界は万能じゃないとあれほど言っただろうに。


「卓! もう正気に戻ったよな!? なっ!?」


 なぜかドアが閉まった途端、裕太は精神的パニックを引き起こしていた。

 へっぴり腰で微妙に距離を取るんじゃない。悪いおじさんに追い詰められた生娘か。


 彼も多感な時期だし放っておこう。思春期は他人と違うことがカッコいいと思うお年頃ゆえ、真なる平凡の脇役だって特別な能力には憧れる。スゲーよ、主役は。

 ちょっぴりおセンチを気取り、俺は布団に潜り込んだ。

 裕太は平静を取り戻したのか、お休みと言い残して寝息を立ていく。


 静寂に支配された部屋。

 チクタクと、秒針が時を刻む音だけが反響する。

 羊を数える暇もなく、睡魔が訪れた。クールジャパンは何でも美少女化するので、睡魔たんはエッチな格好の小悪魔ガールに間違いない。


 夢と妄想の狭間にて、揺りかご号は出発した。

 おねむー、おねむー、この先ノンレム睡眠。

 あ~、深い眠りに誘われるんじゃ~。


「……ちゃん……卓ちゃん……」


 疲弊した脳に休息を与えようとした刹那、さっそく侵入者が闇に紛れて現れた。

 花が、頭上から俺を覗き込んでいる。尻尾がぶら下がっていると思ったが、髪を一つに束ねているようだ。


「むにゃむにゃ。もう食べられないよー。ZZZ(ぜっとぜっとぜっと)……」

「寝たフリしないで起きてよぉ~」


 や、眠いのは超絶マジだ。

 双肩を遮二無二揺らされ、俺は渋々起き上がった。


「ネコミミを襲うなんて、花はスケベな女子になったなあ」

「それを言うなら、ネコミミじゃなくて寝込みだにゃん。それに、招集かけたのは卓ちゃんだよお」

「そういえば、言った気がしないまでもないかもしれない可能性がある」


 まぶたが重い。勝手に身体が傾いていき、花が支えていた。


「えっと確か、夜中寝ぼけた私が裕太ちゃんのベッドに潜り込むんだって。ドキドキ興奮したり、胸の高鳴りを伝えて急接近。堀田花ここにあり、って主張すればヒロインの株が上がるんだってぇ~」

「今……記憶が混迷して思い出せんが……俺の言いそうなことだな」

「そうだよお、私はそういうの思いつかないもん」


 ラブコメは、リソースの奪い合い。


 いち早くヒロインを名乗り出て、テンプレイベントの主要キャラに抜擢されなければならない。

 同じシチュエーションを用いるのは、主人公に対するアプローチとして効果が半減してしまうからだ。色恋なんて、昔からやったもん勝ちである。


「でも、裕太ちゃん完全に夢の中だねぇ~。ドキドキ作戦できないよ?」


 俺はまぶたを指で押し広げ、睡魔たんの虚ろなるチャームに抵抗していく。

 裕太、花の問いに遅れて反応。

 朝起きたら添い寝してましたパティーンがあるやろと指摘する直前、


「こうなったら、フェイズ2に移行だねー。えいっ」


 花は、俺を押し倒すように寝かしつけた。

 彼女も隣で横になっている。夜寝ようとしたら添い寝してましたパティーン。


「あのさぁ……誘惑する相手が違うでしょ。さてはオメー、睡魔たんか?」

「誰それー、私は卓ちゃんの幼馴染だよお」


 吐息が耳にかかりこそばゆい。組んだ腕から彼女の体温を感じる。


「裕梨ちゃんに聞いたの。今回は失敗が多そうな回だし、協力者にサービスした方が巡り巡って賢明らしいよ。私でも、卓ちゃんなら喜ぶだろうって」

「裕梨は兄と異なり、周りの配置を観察してるな」


 あの妹、ただのブラコンじゃなかったか。

 妹キャラを演じる、妹ね。いずれヒロインの好敵手、覚えておこう。


「ね、卓ちゃん……ドキドキする?」


 月明かりがカーテンの隙間をかいくぐり、花の顔を照らした。

 昼間よく見る彼女の朗らかな雰囲気は潜み、触れれればすぐ壊れてしまう幻想的な芸術に思えた。俺は内なる衝動に突き動かされ、儚げな花の顔に手を伸ばすや――


「まあまあだな。お前もやればできるって感じ」


 グッと堪え、震える手を無理やり引っ込めた。


「そっかー。うん、もっと頑張るねえ」


 幾ばくか残念そうに表情が曇ったのは、杞憂かそれこそ幻想だろうか。

 無言の1分は、果てしなく長かった。

 天井を眺めながら、とりとめのない会話を紡ぐ。


「ところで、この部屋にどうやって入った? 封印とか言われなかった?」

「よく分かんないけど、エルミンちゃんが悪しき者の往来を妨げる防壁がどうとか」

「なるほど、把握」


 ここは、悪しき者を捕まえておくプリズン。

 そりゃ、俺も対象だ。

 日々、悪知恵を働かせているからな。特に最近、誰かさんのせいで悩んでいますとも。


「えぇ~、どうして分かったの? 私にも教えてよ」

「花には10年早い。真っ当にヒロインやってなさい」

「そんなぁ~、卓ちゃんの意地悪」


 プンスカ文句を垂れると、花がそっぽを向いてしまった。

 図らずも、それは寝返りを打った裕太と向き合う格好で……


「……花、笑ってるか?」


 こちらからでは確認できない。

 どう足掻いても、俺はラブコメ主人公じゃない。

 こんなに近くにいても、ヒロインが見つめる先は果てしなく遠い。


 遥か彼方に浮かぶ星を掴むように今度こそと手を伸ばしてみる。

 やっぱり、ダメだ。

 俺が掴めたのは、虚空だけであった。

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