第15話 お宅訪問
俺と花は、スーパーで買い物を済ませた後、瀬利家へやって来た。
「ただいまー」
「おじゃましまぁ~す」
夢の庭付き一戸建て3LDK。大きな窓ガラスが日差しを取り込み、心地よい空間を演出する。何ということでしょう、アロマ薫る室内は日々の喧騒を忘れてリラックス効果をもたらしてくれた。
最近、リノベーションしたんだって。意識高いお家なのかしら?
「ここはいつから卓の家になったんだ?」
「毎週来てるんだから、実質我が家と言っても過言にあらず。分かりづらいなら表札に、&大野卓ってシール張っとくぞ」
「やれやれ」
裕太は――以下略。
花がキョロリズムを刻んでいると、
「花は久しぶりか。この前は、玄関先でちょっと喋っただけで帰ったもんな」
「そうだねぇ~。昔と結構変わってて、なんか新鮮」
この前、玄関でお暇したんかい。
訪問販売の人以上に、ズケズケ乗り込みなさいよ。
幼馴染ならば、気が置けない関係をアピールするんだ。リビングで横になって、せんべい齧りながらテレビ見るくらいの豪胆さを発揮しろ。
図々しくなきゃ、幼馴染じゃないじゃーん。それはそれでヒロインらしさが欠如しているのは杞憂か。
廊下を歩き、リビングへ入ると先客がすでにくつろいでいた。
「遅れましたあ」
「あら、花じゃない。いらっしゃい、我が家は狭いけど、気にせずにくつろいでいくといいわ」
「堀田さん、こんにちは。お先にお邪魔しています」
テーブルでチョコを口溶けさせつつ手を挙げたエルミンさんと、ソファでお上品な姿勢で本を読んでいた橘先輩がペコリと首肯する。
「だから、いつからこの家は他人に所有権が移譲されたんだよ」
「何の話?」
「いいや、こっちの話さ」
インテリアに気を遣い始めたのか、広いリビングには観葉植物やら間接照明のランプが設置されている。先週はなかった。コーディネーター・エルミン監修か?
主要登場人物たちの和気あいあいフリートークに口を挟まず突っ立ていると、5分経ったあたりで最も優しいヒロインがもう一人いることを察知したようだ。
「あっ! 大友――じゃなくて、大野さんもいらしてたんですね」
一度目が合い、しかし気のせいだろうと目を何度も擦っていたものの、存在証明してくれてありがとうございます。
メインキャラに認められたことで、俺はここにいるッ!
「あら、あんたも来てたわけ? 全然気づかなかったわ、本当に」
ソファに寝そべり始めたエルミンさんが流し目で俺を視界に捉える。
「俺もあんたの正体がエルフとか全然気づかなかった」
「――っ!? 今なんて……っ!」
おっと、失言。でも俺にちゃんと集中しなきゃ、聞き逃しちゃうね。
案ずることなかれ、ただのモブがヒロインの重要な秘密を暴けるはずもなく。
「うぉぉおおおーーっっ。エルミンさんに橘先輩が家にいるなんて、ここはパラダイスかぁぁあああーっ!? 裕太、二人を連れ込みやがって一体どんな手を使ったんだ! いいや、俺には分かる! 弱みに付け込んだに決まってる! あんなことやこんなことしたのか! けしからん! でなきゃ、お前が! うらやましい! お前ばかりぃ~~っっ!」
美少女大好き。妄想エロエロ大魔神。
そういえば、俺の友人キャラはこのスタイルだ。
最近はタスクが重なり、専ら幼馴染のサポートに従事していた。本来、主人公を引き立てるのが得意なんだけどな。ハハ、エッチな煩悩マンの方が楽なんよ。
「パラダイス? 卓はバカだなー。エルミンに手を出したら、グーで返してくるぞ。それに、ケリとかも飛んでくるに決まってる」
「裕太にとってご褒美じゃない。あたしは寛大よ? でなきゃ、この家に季節外れの稲妻が走ることになるわ」
「さいで、停電はもう勘弁してください」
彼女、電気系の魔法が得意なのか。エルフってなんとなく風のイメージだが。
「エルミンさんはとても優しいですよ。わたしが恥ずかしがって一人でお店に入れない時、先陣切って引っ張ってくれますし」
「ま、みおんはビビリだからね。あたし、困ってる人にはつい手を貸しちゃうのよね」
「橘さん、騙されてます。それ、エルミンが店に入りたかっただけだから。カラオケ、ゲーセン、ボウリング。アミューズメント系を見かけたら、イノシシよろしく猛進しまくりで困ってるんだ」
「誰が、フォレストボアよ! あんな前にだけ突っ込む魔獣と一緒にしないで頂戴」
「魔獣ぅ~? エルミンは時々、ファンタジー映画みたいなこと言うよねえ。むむむ、よく見たら銀髪に幻想的なお顔はまるで……」
「ゲーム! そうだ、最近俺が貸したゲームに出てくるモンスターだよハハハ!」
ラブコメ主人公が、事情を知らない幼馴染を誤魔化す構図だった。
蚊帳の外はダメだ。
最低条件。物語の中核や本筋に絡まねば、第三のヒロインに勝機はない。
モブが突然メインヒロインの秘密を暴露すると、彼らのラブコメがメチャクチャに瓦解してしまう。全員、アウト。戦う場すら失うのは虚しい。
大胆に追及するべきか逡巡していると、ドドドドと階段を凄い勢いで降りてくる音が響き渡った。
「うるさい! 特に卓っち! 説教するからさっさっと部屋に来て!」
「おいおい、裕梨。挨拶もなしにそう怒鳴るなよ。これがキレる若者ってやつか?」
この中で一番地味な俺が、うるさく認識されるわけなかろうに。
個性がないのが個性?
否、単に薄いだけ。
その濃度、出がらしティーバッグのごとく。3杯目はほぼお湯!
「いいから早く! 早急に! 神速に!」
「ちょ、俺にはまだやるべきことが……」
兵は尊ぶらしいが、拙者は緩慢に生きたいでござる。
「お兄ちゃん、ちょっとこれ借りてくから」
「んー」
「それじゃ皆さん、ごゆっくりー」
そう言って、裕梨は俺の腕を引っ張り彼女の部屋まで拉致していく。
白を基調とした家具。キモカワクッションに花柄のカーテン、ドレッサーに並ぶ化粧品の数々にとても女子力が高いと思いました。
「ふぅ、とりあえずここなら落ち着いて話ができるね」
ガチャリと、ドアのカギが固く閉まった。
ゴクリと、渇いた喉は気休めに唾を求めた。
火曜サスペンス劇場ならここで詰んだものの、あいにく本日は金曜日。
いや、再放送枠ゆえ時間帯は金曜の夕方!
ちょうどこのタイミングだ、残念だったな! ナンダッテーッ!
――ではなくて、
「裕梨、藪からスティックにどうした?」
「ちょっと確認したいことがあって」
「如何に?」
「……」
いくら質問を待っても、彼女はモジモジして態度が図れない。
体育座りで女子校生をローアングラーキメること幾星霜、まるで俺がヘンタイみたいじゃんと濡れ衣を着させられそうになったちょうどその時。
「お兄ちゃんがモテキなの……マジなんだ」
「みたいだな。貴兄は、かわいこちゃん三人侍らせるのが満更でもないようで」
百聞は一見に如かず。俺がいろいろ説明したことより、自宅に裕太狙いの美少女が集うあの状況が鮮烈だったらしい。
「ふん、お兄ちゃんのくせに生意気ね! 毎朝、覇気のない間抜け面にご飯を用意して、寝ぐせを梳いてるのは誰だと思ってるんだか! 毎晩、お兄ちゃんのシャツとパンツを畳んであげてる健気な妹が報われない世界は絶対に認められないと思うよね! お兄ちゃんの部屋だって裕梨が掃除してるんだから、ちょっと疲れてベッドで寝ちゃっても仕方がないのよ! ベ、別に、お兄ちゃんのにおい嫌いじゃなしっ」
「こいつァ、スペシャルなブラコンですぜェ」
近頃のお兄ちゃんガチ勢に戦慄せざるを得ない。
くねくねと身体を揺らす裕梨は、ブツブツと言い訳がましく嘯いていた。
しかし、ぼくはあなたの大好きな人をリスペクトするや、右から左へ聞き流した。
風が強かったからね、是非もなし。
「裕梨さん、戻ってこーい」
「……っ!? あれ? 今、裕梨は何を言って……?」
「あなた、疲れてるのよ。少し休んでみたらどう?」
「うん、そうする。なんか、卓っちが妙に優しいとキモいね」
「ダイレクトに言葉を刺すな! ハートが致命傷だ!」
抗議を意に介さず、裕梨はアフタヌーンティーとしゃれ込んだ。
俺をぞんざいな扱いで済ませる辺り、兄妹そっくりの塩対応である。モブはあしらわれてナンボという風潮もあるので、ちょっと嬉しく思う。
く、悔しい……っ! でも、喜んじゃうっ!
裕梨のラブコメ主人公の適性を見定めながら、俺はテーブル越しに向かい合った。
「この後、裕太の周りで何度かハプニングが起こるけど、特段気にせず騒がないでくれ。邪魔をしてくれなきゃ、中立で構わんぞ」
「さながら、予告ドッキリみたい。何か悪事をやらされると思ってたんだけど、無駄骨を折る必要がなくて良かった」
はい、ヤラセじゃないです。演出です。
「メインキャラに悪事はやらせない、コンプライアンス的に」
加えて、君の場合、漁夫の利に警戒しなければならない。ブラコンだし。
敵の敵は、やっぱり敵。隣人を疑え。人を見たら犯人だと思え。
まぁ、第一部・正妻戦争では彼らに本性見せないキャラだと信じよう。
第二部・愛人暗躍編は我関せず。全力で、どうぞ。
「じゃ、俺は花の奮闘劇をチェックして来るから。また後で」
「コソコソするのは得意だしね、卓っち。いってらっしゃい」
よくご存じで。
裕梨の優雅なティータイムに別れを告げ、俺はヒロインたちの戦場へ赴くのであった。
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