第14話 密会

 昼休み、屋上へやって来た。

 裕太が橘先輩と蜜月に浸る新校舎ではなく、塗装が剥がれた殺風景な、敗北者御用達の旧校舎の方。


 先の展開に備え、俺はとある少女を呼び出すところだ。

 振り返るに、今回の恋愛喜劇は自称平凡な主役殿を四人の乙女が奪い合うラブロワイヤルだと想定していた。メインパートのほとんどがモブ立ち入り禁止ゆえ、俺はどんなエピソードを重ねているか遠目で判断するばかり。花は頼りにならないからな。


 ラノベ的に考えれば、メインビジュアルを飾るのはエルミン・カルシーファ。

 ラブコメ的に考えても、裕太が一番絡むのはエルミン・カルシーファ。

 彼と彼女の逢瀬に茶々入れすれど、ちょっかいには回数制限がある。限度を破った時の粛清はごくごく簡潔……存在の抹消だ。お前は最初からいなかった、いいね。


 しかし、幼馴染を勝たせたいなら攻勢に転じろ。

 橘みおんや堀田花のエピソードには介入したのだ。そろそろ、エルミンさん回にお邪魔しなくてはなるまい。守りに入るな、物語に一気に置いてかれるぞ。


 ヒロインダービーは初めから三人に絞られていた。

 ならば、初期の段階で予想していたもう一人の少女の役割は何だったのか?

 ははーん、妹もヒロインだな(キリッ)!

 せや! エルフ、先輩、幼馴染、妹! 四色ヒロインの誕生や!


 所詮、クソ雑魚モブ野郎のイキり発言だったのか?

 たてつけの悪いドアからギギギと軋む音が聞こえた。

 否、あの子にはあの子なりの役目があるのだ。

 ――俺はそれを知っている。


「卓っち、裕梨を呼び出すなんて珍しいじゃん。一体、何の用さ?」


 ツインテールをぴょこんと揺らし、瀬利裕梨が姿を現した。

 面影がどことなく某ラブコメ主人公に似ているな。どうやら、義理設定はないらしい。


「ハァ~、せっかく友達と学食でランチタイムにするつもりだったんだからね。責任はきっちり取るように。サーティワンのトリプルで手を打ってあげる」


 やれやれと肩をすくめるポーズはアイツそっくりだ。


「あぁ、分かってる。大事な話があって、呼んだんだ」

「え?」


 瞳をパチパチ瞬かせ、裕梨はやけに驚いていた。


「思えば、裕梨との付き合いも長いな。幼稚園の頃だっけ? いつもお兄ちゃんどこぉ~って、裕太の背中を探してはしがみついていたもんだ」

「……っ! そ、そんな昔のことなんて覚えてないから!」

「小学生の頃は、休み時間になる度に裕太のクラスまでお兄ちゃあ~んって」

「ちょっと待って、卓っち!」


 思い出と共に一歩近づくや、顔から火が出そうな彼女はステイと叫んだ。


「裕梨の過去バナはやめて!? それ、黒歴史なの! 闇に葬り去りたい過去を掘り起こすなんて、ほんとサイテーッ! 卓っち、デリカシーなし男! お兄ちゃんとか、馬に蹴られようがどうでもいいですしぃ~」

「ほな、俺の話を聞いてくれ。俺たちの今後をも左右しかねない、大事な内容なんだ」

「ん」


 俺の真剣な眼差しを察したのか、彼女は首を縦に振った。

 高鳴る鼓動を落ち着かせ、小さな吐息を漏らし、口を開こうとすれば、


「ごめんなさい! 卓っちとはお付き合いできません。裕梨とはお友達の関係を続けてください、お願いします!」


 裕梨は、深々と頭を垂れたのでございます。

 そして、失恋である。


「って、ちょ待てよ! 別に告白しに来たわけじゃねーぞ」

「違うの?」

「全然違うねん」


 俺は首を横にブンブン振った。


「そっかー。てか、卓っちが好きなのは、花っちだもんねー」

「……」


 沈黙は金。


「そそそそんなわけねーしっ!? 誰があんなおっとりマイペースな子を心配して、俺が一緒にいれば助けてやれるとか思うわけねーしっ!」


 雄弁は銀。

 否定するほど何とやら。


「花っちが好きでたまらない、と。で? もしかして、告白したいけど勇気がないから手伝ってほしい感じ? ま、お兄ちゃんは色恋の相談役じゃ役に立たないね。それで裕梨に助けを求めるのは賢い選択――」

「内容は大体合ってる……けど、俺のことじゃない」

「?」


 怪訝そうに眉を寄せた彼女に、これまでの経緯を説明していく。


「裕梨は気づいているか分からんが、目下、裕太を巡る争奪戦が巻き起こっている。君の家に居候する外人さん、学園のアイドルと謳われる美人さん、そして交流の長い幼馴染さん……俺は、ぜひとも花に勝ってほしい。彼女自身、それを望んでいるからな」

「へー、ふーん? 花っちは昔からそうだったし、エルっちも最近その気があるっぽいし……まさか、噂のアイドルさんもねえ……お兄ちゃん、いつからそんなモテ男になったのよ。ほんと、お兄ちゃんのくせに生意気ね」


 生意気な発言とは裏腹に、どことなくそわそわと落ち着かないご様子で。


「あぁ、裕梨を含めたら四人の女子に好かれてるな」

「――っ!? にゃ、にゃんの話よ……っ! おかしなこと言わないでくれる?」


「別に隠さなくても構わんよ。裕太が外出中、シャツのにおい嗅いだり、あいつのベッドで寝転んだり今でもしてんだろ? 裕梨が生粋のブラコンだって、誰にも言いふらすつもりはないぞ、ブラコン」

「ブラコン言うなぁーっ!」


 ブラコンのれんぞくパンチ!

 避けろ! 俺チュウ! オレーッ。

 アニメ版なら高確率で回避可能。最近、ゲームでも親密度が高いと避けるらしいね。

 やがて体力の限界らしく、はぁはぁと呼吸が荒いブラコン。


「卓、っち……ハァ……花っちのこと……はあはあ……好きなくせに、応援してるの? 控えめに言って、バカじゃない? 普通、邪魔しない? 仮に、お兄ちゃんと花っちが付き合うことになったら……あんただけ、要らない子になるのよ? 後悔しない?」

「花の笑顔の先に、俺はいないよ。裕太を見つめる時が、一番いい顔してるんだ」


 俺は淡々と答えた。無理はしていない。決めたことだ。

 何か尊いものでも思い出したのか、裕梨が微笑んでいる。


「……そう。卓っちは、あいかわらずお人好し。性格悪いけど」

「性格は普通だ。お前の兄のように、女子の気持ちを逆なでする鈍感アピールしないぜ?」

「そうかもね」


 クスクス笑い続け、彼女は晴れやかな面持ちで俺の肩を叩いた。


「好きな人のために頑張る子は嫌いじゃない。特別に卓っちに手を貸して進ぜよう」

「え……? 意外だな。何のメリットないのにオーケー? バレンタインデー、義理チョコに100倍返しを要求した実益の裕梨が?」


 目を丸くして驚いた俺を無視して、彼女はメリットならと呟いた。


「後々を想定しとくと、エルっちより花っちの方が与しやすいもん」

「エルミンさんは好きじゃない?」


「まさか! エルっちが攻撃的なのはお兄ちゃんだけだし、裕梨には優しいお姉さんって感じかな。可愛がってくれて頼りになる……でも、相手取る場合は全く印象が異なる。正直、かなりの強敵。特に――あのメロンみたいなおっぱいは童貞殺し。お兄ちゃんや卓っちみたいなスケベには効果抜群じゃん? ほんとに、あのボインは……何?」


 明後日の方向を眺め、裕梨はたそがれるばかり。夕日はまだ出てないぞ。


「真面目な顔でアホなことを言うんじゃありません」

「童貞は口だけは達者なのね。身体は正直、どうせ卓っちも教室でおっぱいばかり見てるくせに」

「み、みみ、みみみ見てねーし!」


 ど、どど、どどど童貞ちゃうわ!

 いや、嘘です。日本DT連盟会員です。

 閑話休題。


「相手取るのは花の方が容易、か。なるほど、略奪する気満々ですね、ブラコン」

「ふふ、初々しいカップルの邪魔するわけないじゃん。けれど隣人との関係が寂しいこのご時世、仲睦まじい兄妹愛ってやっぱり必要だと思うな」


 ウフフ。

 アハハ。

 俺たちは似た者同士だね。シンパシー感じちゃう同志だね。


「今回は、共同戦線張れそうだな」

「今回は、花っち支援隊に合流してもいいよん」


 固い握手をガッチリ交わして、

 お互いに信頼し合えるビジネスパートナーを獲得した瞬間であった。

 ――来るべき、更なる戦いまでは。


 結婚相談所が結婚するまでをサポートするかのごとく、俺は一巻の表紙を幼馴染ヒロイン・堀田花にするまでが役目だと自負している。

 二巻以降のストーリー? そりゃ、知らん。偉い人に聞いてくれ。

 急転直下の大波乱? ラスト5分の衝撃展開?


 どうせ、脇役の露出はさらに減るんだ。メインキャラの皆さんに任せよう。

 新たなるライバルに妹キャラが台頭しようが、その時俺は背景役で忙しいさ。

 別の主人公に遭遇して、今度はSFや異世界転生に数合わせで巻き込まれている頃合いだろう。


「今日、花が瀬利家にお泊りに行くから。俺もサポート役として同行させてくれ」

「いいよ、卓っちは最近だって家来てんじゃん。でも、花っちは随分と久しぶりかあー。中学卒業してからは、ほとんどご無沙汰?」

「一応、最近向かわせたんだけどな」


 ヒロインならば、主人公の家にもっと転がり込まないと。

 エルミンさんを見習い、無理やり居候して、どうぞ。

 なんせ、裕太たちの両親は偶然たまたま仕事の都合で海外赴任したのだから。


「それで? 裕梨は花っちのフォローすればいいの?」

「彼女が窮地に陥った場合、可及的速やか及び臨機応変に対応してくれ。あの子、結構ドジ踏むから」

「はいはい、適当にくっ付けられるタイミングがあれば仕向けましょう。まったく、お兄ちゃんと花っち……知らないところで無償の愛を受けてて、幸せ者だなー」


「祝福を受けるほど、幸福になれるとは限らないけどな」

「それ、違うの?」

「さて、どうかな」


 ハーレム系主人公がいくら愛を与えられたところで、寵愛を受けるヒロインは一人。

 瀬利裕太が優柔不断のラブコメ野郎だとしても、最終的に選択を迫られるのだ。


 ハーレムエンドはない。彼は何度も誰かを選ぶなんてできないとのたまうだろうが、個別ルートに入る決断はできるだろう。

 なぜ分かるって? 簡単な話だ。そりゃ、もちろん。

 ――親友だからさ。

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