第13話 自習

《三章》

 物語は、主人公を中心に回っている。

 たとえラブコメだとしても、世界の中心で愛を叫ぶ暇があるならば、主人公の名前を呼び続けた方が賢明だ。


 何度もしつこく言ってきたことで、少しは花も自覚を持ったようだ。

 今回のストーリーにおける主役様・瀬利裕太と接触した回数が多い存在ほど、無意識の集合体やら認知領域の総意によってメインキャストへ昇格できる。


 長年、あらゆるタイプの主人公の活躍を脇役ウォッチャーしてきた俺の私見では、おかげさまで皆様のご愛顧賜り、堀田花はヒロインの座に就任したと断言しよう。

 やったね! ドンドンパフパフ! 今夜は、ターキーよ!


 楽観的に祝福モードを演じたつかの間、ゼロコンマ一秒で現実に引き戻される。

 彼女の属性は、幼馴染。

 背負うカルマは、敗北者。


 せっかくメインヒロインという星5レアを引き当てたのに、現環境においてクソ雑魚カードである。使い道がないとまでは言わないが、俺なら即リセマラ続行するレベルだ。


 リアルゲーはソシャゲと違いリセット不可能ゆえ、与えられた役を全うする他ない。


 幼馴染ヒロインの勝ちパターンが安定するのは、主人公が他のメインヒロインの個別ルートから全て外れること。意図的に彼が嫌わるように差し向け、フラグを消滅させる。


 しかし、この方法は得策にあらず。

 まず、俺と花は裕太を合わせて幼馴染。三人はずっと親友、ズッ友宣言っ! なんてものを交わした覚えはないけれど、誰かの尊厳を貶める作戦は却下だ。

 俺は人でなしだが、花に片棒を担がせるわけにはいくまい。


 ならば、どうするか。

 幼馴染はヒロインの中で最弱……いや、リアルガチで。埋もれるよねー。

 それな、主人公の最弱アピールなら確定勝利なんだけどなぁー。


 悪友役に定評がある俺は、幾度となく幼馴染ヒロインが涙を呑む光景を目撃してきた。花には笑ってほしい。

 ゆえに、既存の幼馴染ムーブを破壊しなければならないのだ。


 幼少時代の大切な約束?

 積み重ねてきた思い出?

 そんなものはさっさと捨ててしまえ!


 自分は他の連中より一歩リードしているなんて、慢心この上ない。

 幼馴染が敗北ヒロインたる所以だ。

 物語がスタートした時点で、関係性はゼロベースに戻るのである。


 紆余曲折を経て、花はヒロインとして振舞ってきたが及第点を与えたい。さとり世代の彼女は、甘い採点を付けないとへこたれるので仕方がないね。

 二年一組は平常運転。

 渡辺教諭が自習と言い放ち、職員室へ戻ってしまった。


 クラスメイツは、悠々自適に開放感あふれる五限を過ごすことに。


 俺は教室の後方に目を向け、裕太の様子をチラリズム。すると、エルミンさんが購買不人気ナンバーワンのイチゴ味メロンパンを食べており、机をくっ付けていた裕太は案の定やれやれムーブをかましていた。肩すくめすぎて脱臼するなよ?


 俺は真面目な学徒なので、浮ついたラブコメ野郎と異なり、粛々と自習に努める。


「卓ちゃん、ここなんでingなの? toの後は原形動詞だよぉ~?」

「このtoは不定詞じゃなくて、前置詞。つまり、後ろに入る単語は名詞だろ」

「はぁ~い?」


 花が首を傾げた。


「この問題は引っかけ。toが来たら何も考えず、原形動詞を選ぶ奴にとって初見殺し」


 look forward to -ing.

 ~することを楽しみにする。

 英検や模試でたまに出題されるから、皆も気を付けよう。


「???」

「……不定詞と前置詞のルール、お分かり?」

「英語はさっぱりだよお。ちゃんと日本語で教えて」

「ほとんど日本語で説明しただろ、now」


 花は、アメリカ人よろしく両手を広げた。欧米か!

 ジェスチャーだけはいっちょ前。まぁ、ボディランゲージはグルーバル言語だな。

 早々に宿題を済ませ、俺は今後の展開について思考した。


「そういえば、お前さん。最近、裕太の家に行ったか?」

「う~ん、この前卓ちゃんに行けって言われた時かなあ。一週間前くらい?」

「アレは、ヒロインとしての顔見せだ。ノーカン」


 何ということだ。これは由々しき事態である。

 幼馴染のくせに、主人公の家に通ってない? 入り浸らない?


「花。幼馴染ならば、毎朝主人公を起こしに行きなさいよ! 常識的に考えて、乱暴に起こすか添い寝するかで性格が判断できるでしょうが! 合鍵を使いたまえ」

「合鍵なんて持ってないよぉ~。常識的に考えて、そんな面倒くさい真似しないし。現実問題、勝手に男子の家に侵入する女子なんて怖いと思うなあ」


 リアリスト発言、やめなさい。


「常識で考えるな! 常識を疑え! 可能性に殺されるぞ!」

「えー」


 花は、英語の問題集と睨めっこする以上に辟易としていた。

 もしや、寝不足かしら? やだ、お肌の大敵じゃないっ。ヒロインは美容に気を付けなくっちゃね。


「確認を怠った俺の責任、か……君は業界の当たり前を知らないもんな」

「そこはかとなく、私は不条理な扱いを受けた気がするなあ」


 おっと、悲劇のヒロインを演じるのは尚早だ。加えて、幼馴染は相性悪いぞ。


「――よし、決めた。花、今晩の予定だが裕太の家に泊まりなさい」

「いきなりの無茶振りきた!?」

「お泊りイベントは、ヒロインなら必ず乗り越えなければならない試練だ。場合によっちゃ、誰が本妻なのか、雌雄を決する戦場にもなるぞ。ヤラれる前に、ヤれ!」

「む~、簡単に言ってくれるなぁ~。高校生になって男子の家にお泊りとか……結構、大胆だぜ?」


 悩ましげに鼻下でシャーペンを挟みながら、花は妙なテンションで返事をした。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと裸を見せた後、最終的に天井の染みを数えてれば万事上手くいくから」

「全然問題あるよっ! 簡単に済まねえ内容だよ!」

「おい、騒ぐな。お前はメインキャラだぞ? 裕太に盗聴される危険性が高いんだ」


 憤慨極まる花の口を押さえ、俺はシィーと合図を送った。

 モブがどれだけ喚いても騒音と処理されるが、裕太はヒロインのラブコール以外のセリフはリベロ並みに拾えるのだ。逆にそれが出来なきゃ、ラブコメ主人公廃業だぞ逆に。


 彼の動向を恐る恐る確認するや、エルミンさんが満面の笑みで彼の頬を抓っていた。

 ……ラブコメの波動、だと?


 ふぅ、どうやら銀髪エルフに助けられたようだ。ありがとう、ヒロイン筆頭。

 目下、断トツメインヒロインさん。お礼のついでに悪いが――その地位、奪うぜ。

 花の瞳の先、ショッキングピンクなイチャコラ空間が形成されている。


「アイツの懐に飛び込む以外選択肢はない。君が諦めないのならば」

「うん」


 彼女は今、あの光景に何を思うのか。羨望か、はたまた嫉妬か。

 キャラクターの動きは予想できても、幼馴染の機微は分からなかった。


「ていうか、卓ちゃん。私が頑張ってる時、いつもコソコソ隠れてるよねぇ~。近くにいるなら、ちょっとくらい助けてくれてもバチは当たらないと思うんだけど! 私、結構頑張ってるんだけどなあ」

「そりゃ、俺は本来その場所にいちゃいけないだろ。必要ないし。たまになら、数合わせで共演できるけど。もしくは学校行事など尺稼ぎする場合、大手を振ってまかり通れる」


 本ストーリーは、異世界転生してきたヒロインを主軸にしたドタバタラブコメディー。

 エルミンさんとほぼ絡んだことはないが、接触せずとも大体の事情は調査済み。


 主人公以外の男がしゃしゃり出ると、BPOに脇役が出しゃばるな! PTAにモブ男が地味なくせに目立とうとしてくる! 画面から消せ! などとクレームが入ってしまう。


 PTAの闇はこちらの業界よりアビスってますね。

 ニーチェ先輩曰く、深淵パイセンは覗いた者を覗き返してくるのだ。


「いや、ちょ待てよ。ファミレスイベントをパスしたわけだし、次のお泊り会は参加できるか……? 少なくとも、昼の部までなら許されるはずだ」

「突然、ブツブツ言い始めたけど大丈夫? 卓ちゃん、いつも変だけど……平気?」


 心配そうに俺を見つめ、花がおでこにそっと触れた。

 小さな手の温かい感触。柔らかい。スベスベ。


「大丈夫だ、問題あり」

「問題あるじゃん!」

「問題あるのはいつものことだから問題ない」


 俺が困るのは大体花のせいだ。すぐさま、気を取り直す。


「そろそろ、先方に絡んで来い。そうしないと今パート、花は教室にいなかった扱いを受けちまうぞ」

「まさかぁ~。一緒のクラスだよ? 狭い部屋でそれは無理があるよお」


 ハハハと一笑に付した、ワンオブザヒロインズ。

 敗北者のレッテルを剥がすのは、どうやら濡れたシールを綺麗に剥がすより難しい。


「ちょっと話してくるね」


 そう言って、花は牧歌的な鼻歌交じりに彼らの元へ足を延ばしていく。

 彼女が隣で奮闘していた問題集に視線を落とす。選択問題を除き、ほとんど空欄だ。


「定期考査対策より、ラブコメの方が山勘攻略は難易度高いぞ」


 高度に訓練されたモブの呟きに、誰も反応するわけもなく。

 俺は、お泊りイベントの布石を打つ算段を始めた。

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