第7話 バスケ
六限目は体育。
体育館を半分に分けて、男子はバスケ、女子はバレーをしていた。
バスケ部面々の指導の下、パスやドリブル練習を繰り返し、レイアップシュートやスリーポイントシュートの手本を見届けていく。
授業後半はミニゲーム。
残念ながら――ではなくて、俺のかませ役がなせる業か、バスケ部チームと対戦することになった。瀬利裕太が、愉快な引き立て役四人を擁するチーム裕太ズ。
ダメだこりゃ、勝てる気がしない。ステージ上に座った順番待ちの奴らは談笑し、ドアの傍で涼んでいる連中はひたすら体操服をパタパタ扇いでいた。
コート外からまるで期待されていない雰囲気をひしひしと感じる。
オッケー。つまり、いつも通りってことだ。
裕太を見ると、彼は疲れない程度に頑張ろうと隙あらばやれやれ語り。本日、肩をすくめたのは何回目だろう。主役殿、もしやギネスを狙ってるのでござるか?
「委細、承知。極めて了解、候」
普通に考えれば、敗北は必至だ。だって、あっちは経験者を揃えてやがる。こっちは運動部が二人しかいないぞ。残り三人は帰宅部だぞ。
ゲーム開始と同時、彼らの動きに対応できずさっそく先制点を奪取される。フェイダウェイ? ダブルクラッチ? フックシュート? んなもん、習ってねえーぞ。できるか。
舐めプの発露か、次第にバスケ部の新技お披露目会になる始末。
あーあ、だから嫌だったんだよ。予想通り過ぎて、辛いわー。
俺は深いため息を吐き、呼吸を整えた。徐に、滑らかに言葉を発する。
「おいおい、どうしたこの惨状は。一回、落ち着け。これは、ラブコメだぜ? 我々の仕事は、ラブコメ主人公を引き立てることなのだよ」
まるで人知を尽くさない彼らに、俺は身をもって教えなければならない。
断じて――お前らがメインキャラでないことを! スポコンは他所でやって、どうぞ。
……余談ですが昔、週刊少年誌でバスケ漫画が連載されていた。
影が薄い主人公が気配を消すことでコート内をかく乱するという人気作なわけだが、俺が当時抱いた感想はこうだった。――これ、俺も出来るよ? 普通に。
「……っ! 人が、消えた!?」
「い、いつの間に!? どこから現れやがった!」
「お前、今目の前にいたはずだろぉぉおおおがぁぁああああーーーっっっ」
「ボールの軌道がよめねーぞっ!?」
「こいつら、幻のシックスマンかッ!?」
ミスディレクション? 否、そんなマジシャンの技術を使う必要はない。
俺が、黒子だ。俺たちが、黒子だッ!
俺は気づいていた。裕太を除く四人が、各方面のモブキャラであると。歴戦の脇役は一切打ち合わせをせずとも、連携すること朝飯前だ。
オペレーション名、ハイスピード・バックグラウンド。パラレル・ネットワーク、構築。
生粋のステルス能力を駆使すれば、あら不思議。バスケ部員の間をしつこく埋めていくと、代わりに彼らは隙を作った。あれれ~、素人のパス回しに付いてこられないの~?
お膳立てをする者、お膳立てのお膳立てをする者、お膳立ての……以下略。
バスケットゲームはもはや、イリュージョンショーへ早変わり。
チラリと、ネット越しにバレーをする女子たちを視界に入れた。
別に、体操服姿の女子に思いを馳せたり、太ももを拝めたり、偶然たまたまジャンプの瞬間に訪れるぷるるんを刮目したいわけじゃない。
違うよ。ほ、本当だったらっ。
期待通り、花とエルミンさんが主人公の活躍を気にしていた。
「誰が最も活躍するべきか……そんなこと、はなから決まっているのだよ」
ボールは緩やかな軌道を描いたと思えば、俺の手元から放たれるや真っ直ぐ加速した。受け手の手元へ吸い込まれるパス。
――左手は添えるだけ。
流麗なシュートフォームを構えた、裕太。
一瞬の静寂を見守り、ボールが指先を離れた時にはゴールが約束されていた。
…………
……
試合終了。
18対17。
「うぉぉぉおおおっ! すげぇぇええええーーっっ!」
「あいつ、ブザービーターキメちゃったじゃん」
「しかも、得点取ったの全部瀬利くんだろ?」
「なにぃ!? 瀬利の野郎が生意気だぞぅ!?」
パチパチパチと、拍手喝采。
歓声が沸く中、裕太はやっかみと共に称賛を受けていた。
「いやあ、参ったねどうも。偶然入っただけさ」
「すげーよ、裕太は! 流石です、主人公!」
友人キャラのノルマを達成せねば。それ、ヨイショ。
スポットライトを浴びる裕太とは対照的に、コートの反対側ではバスケ部員たちの表情の暗さと言ったら辛気臭い。うなだれ、リアルガチに肩を落としていた。
バスケ部の一人・坊主頭の大河が立ち上がり、俺に苦笑を向けた。
「大野、負けたよ。いや、マジ完敗! 凄いな、お前ら」
「エース様のおかげだ。俺らは邪魔をしないよう頑張っただけだ」
「ぜひ、バスケ部に勧誘したいところだな」
「いや、あいつは部活には入らないよ。いろいろと忙しいからな」
部活モノでないのだから、余計な制約は不要だ。
彼の担当ジャンルはラブコメゆえ、部活をやるならば、よく分からん名称の主人公以外メンバーが美少女だけのパターンしか認められないぞ。
どうしてお前ばかり、ズルいぞ! 目薬差して、必死に悔しがろうじゃないか。
俺の心情を知らないまま、大河の回答は予想外だった。
「瀬利じゃねーよ、何の冗談だ。大野。お前だ、お前。こちとら、素人じゃねーぞ。点数を決めた奴より、決めさせた奴に用があるっての。全ての起点だったなんて正気か? 散々お膳立てしやがって、俺らが先輩にやる接待かっつーの」
はたまた苦笑が止まらない、大河。
……ふーん、試合中モブの苦労に目が行き届くなんて視野が広いじゃん。
あんた、将来スゲー司令塔になるぜ。
「悪いが、スポーツは苦手だ。毎日必死に練習できる根性がないし、やる気がないなら帰れと言われたら嬉々としてスキップゴーホームだ」
「そりゃ、残念。でも、入部したくなったらいつでも歓迎するぜ。ずっと待ってるからな、シックスマン」
露骨に嫌そうな表情を作った俺の肩を両手で叩き、スポーツ青年は爽やかにコートを後にするのであった。
いずれにせよ、俺も裕太もバスケで活躍することは本筋じゃない。あくまで友人キャラの役目を全うしたに過ぎず、今回のメインを飾らせるのは花だ。
ネット越しに映えるは、跳ねたり揺れたり忙しない女子たちの肢体。
中でもスケベな男子たちのお気に入りは、エルミンさん。日本人離れもとい外人離れしたエルフプロポーション。手足はしなやか、胸はたっぷりの重量感を主張する。
サーブ! ぷるん! レシーブ! ぷるんぷるん! トス! ぷるんぷるんぷるん!
さらにスパイクは圧巻であった。ハーフパンツに張り付いたヒップラインにブザービーター以上の歓声が上がり、この学校はとても平和だと思いました。
「ちょっと、男子ぃ~。さっきからいやらしい視線向けないでくれる?」
「男子、サイテー」
「キモーい。謝んなさいよー」
なぜか、お呼びじゃない面子がキレていた。
不毛な小競り合いが生まれてもなお、エルミンさんはバレーに熱中していた。
花、頭でトスを上げるんじゃない。顔面ブロックもやめたまえ。
……君、ヒロインやぞ? コメディパートだけ目立つな、ギャグ落ちはまだ早い。
可及的速やかに対策しなければ手遅れになる。
形容しがたい危惧に焦燥感を抱いていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが響き渡った。俺は真っ先に花を呼びつけ、本番の段取りを再確認するのだった。
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