第6話 メインヒロイン
《二章》
調査報告。
エルミン・カルシーファについて。
いつまでも謎の転校生を謎のまま放置しておくわけもなく、俺は彼女の動向を探ることにした。あんパンと牛乳を持って裕太の家を張り込んだり、校内では二人の会話に聞き耳を立てた。ラブコメ主人公の視点において、学校という舞台はヒロイン以外総じて背景である。脇役がたまに映り込む時、それが唯一主役様に陳情申し上げるチャンスなのだ。
裕太がエルミンさんや橘さんと会話すれば、彼女たちの下半身はメッセージウィンドウなるものに遮られるのだろう。会話の速度を自在に操り、ログを見返せばどんな言葉も見落とさないというのに――
え、何だって? 風が強くてよく聞こえないよ~、と嘯くのはなぜだい? そうか、いつもオートかスキップモードなんだね! ハハハ。
以前交流した、別のラブコメ主人公にこっそり教えてもらったことだが、彼らが揶揄されるヘイト行動は……実は無意識で行われているらしい。喜劇の間、何の違和感も生じず終幕まで演じ続けていたとか。ヒロインと結ばれ、めでたしめでたしと神の啓示を授かり数日の猶予を経て、ハッと羞恥心や猜疑心に苛まれるとか。
あれ、話が逸れたな。今は、エルミンさんだ。
この世界には、たとえ教室でも、主人公が会話している相手以外にはその内容が伝わらないという思い込みが流布している。いや、そんなことないだろ。
一流のモブはつい俯瞰しちゃうので、裕太とエルミンさんの掛け合いを捉えられた。
「な、エルミン。やっぱり、わざわざ学校に転校する必要ないだろ? 家で、大人しくしていてくれよ」
「フン、家に籠って何が楽しいわけ? 異世界に飛ばされるなんて、普通出来ないじゃない。だったらこっちの文化を体験して、てくのろじいってものを学ばせなきゃ損に決まってるわ! あんた、そんなことも分からないおバカさんなのかしら!?」
「やれやれ、ドラゴンに轢かれたエルフが魔法の国からこんにちは……トラックじゃあるまいし、まあこの世界じゃ君自身がチート能力ってわけか」
案の定、裕太が肩をすくめていた。
「ちなみに、帰り方に当てはあるのかい?」
「龍脈を見つけければなんとかできるかもしれない。フォトン・ジャンプを使うには、マナが足りないのよ」
「次元の壁を飛翔するフォトン・ジャンプを用いるには、龍脈からマナを借りるしかないんだっけ?」
「あら、ビックリ。裕太のくせにちゃんと覚えてるなんて、やるじゃない」
「何度もしつこく言われたからさ、信じないとぶっ飛ばす。覚えないと、ぶっ飛ばすって」
「あたしがそんな乱暴なわけないでしょ。あんた、やっぱり物覚えが悪いのね」
「……」
どうやら、言ったらしい。
裕太の沈黙が真実を物語っていた。
エルミンさんが復習とばかりに、現状や用語について説明をしていく。
「この世界の人間は魔法って概念を忘却してしまったけれど、魔法は確かに存在するわ。事実、マナの流れを感じるしこちら側でもあたしは魔法を起動できるから」
マナ。
生命の源にして、魔力の根幹。全てのエネルギーの基本。
ファンタジー系じゃ、そんな感じですな。
「ただ、あたしが使えるのは己のマナを消費する対人魔法・イドだけ。世界に対して干渉する対界魔法・オドを使うには、自然界のマナの奔流・龍脈を用いるしかないの。フォトン・ジャンプはオドだから、個人の力じゃいくら頑張っても不可能だわ」
なんか、量子物理学やら心理学、似非科学の用語を連発された気がするものの、杞憂に違いない。ぼく、頭悪いのでとてもむつかしいと思いました。頭痛が痛い。
「転校だって、正規の手続きを踏んだわよ。まだ文句あるわけ?」
「いや、エルミン。いやいや、エルミンさんっ! 正規の手続きを踏むために、いろんな人に催眠術みたいなことしてたよね!?」
「マインド・アクセス。バレなきゃ問題ないわ!」
「あるよ! めっちゃ、あるよ! 君! 耳、尖がってるじゃん! 皆、全然気にしないからむしろ俺が気になるレベルだったぞ!」
あ、流石に裕太もツッコミ入れたかったか、それ。
「細かいことばかり……あんたって、ほんとみみっちい男よね。そんな小言ばかりだから、モテないんじゃないかしら?」
「う、うるせー。俺がモテないのは元々だっ。みみっちいの関係ないぞ」
「ふふん、寂しい裕太の元へ可愛い子が来てくれて良かったわね。存分に感謝しなさい」
拗ねたラブコメ主人公の髪を、可愛い子が小指で弄ぶ。
裕太とエルミンさんがじゃれ合い始めたので、俺は視線をずらした。沈思黙考。
なるほど。この物語のメインストーリーは、異世界転生してしまったエルフが魔法の国と現代社会のギャップに驚きながら、現地ガイドに任命した少年と元の世界へ帰還する方法を見つけるまでドタバタラブコメディーを繰り返す――そんな趣旨か。
実はエルフの森の王女で後継問題から逃れたかったとか、実は勇者の素質がある人間をスカウトしに来たとか、彼女はまだ内に秘めたものを開示していないかもしれない。
さりとて、それはメインキャラが知るべき真実だ。モブは介入するべきにあらず。
気付くな、知らんぷり。往々にして、秘密を知った者は何とやら。特に端役など、抹消するなんて簡単だろ。君、明日から出番ないから。
仮に異世界からの追跡者に襲われた場合、事情を知らない体で助け舟を出そう。
ちょい役の数少ない活躍シーンを想像して、つい胸を躍らせてしまう。
「卓ちゃん、おはよう」
あのモブキャラ、光ってたよな。
あの回は、全部アイツのおかげだよな。
……どうしよう。縁の下の力持ちを支えることに定評がある俺が、脚光を浴びちゃうのかしら。トゥイッターのトレンドランキングに入るかもしれない!
「おーい、卓ちゃんってば!」
うるさいな、誰やねん。俺の華々しい活躍の邪魔をするのは?
苦々しい渋面で声の主を睨んでみれば、
「うわっ!? なにその、変顔っ! しわくちゃになってるよお」
花が思わず噴き出してしまう。ペットボトルを慌てて落としそうになった。
「しわくちゃ電気ネズミの真似だ。え、ご存じない? ハリウッドでちょっと話題になったんだけどな」
「そんなことより、今日から作戦開始なんだよね?」
「もちろん、お前にやる気があればの話だが」
こくりと首肯した、花。
「まずは――堀田花、ここにあり。って、存在アピールした方がいい」
「指令、了解しました」
ビシッと敬礼する堀田花軍曹を制止させた。
「やめたまえ。コマンダーは、身に余る役職だ」
「でも、私のアドバイザーだよぉ~」
「アドバイザー、オブザーバー、カウンセラー、コンサルタント、禁止」
「えぇ~、じゃあ何て呼べばいいの? あとは……コーチ、とか?」
「いつも通りで構わんよ。俺は、記録にも記憶にも残らない日陰者。俺と花の会話は必要最低限に留め、編集でカットされるからな」
ヒロインは、別の男と仲睦しいトークをしてはいけないのだ。俺に男としての影響力は全くもってないのは悲しいが、それでもあのヒロインは淫乱だとケチが付く。いやいや、その難癖は可哀想だってばよ。でも、ピンクは淫乱。ハッキリ、分かんだねっ!
「花は、すでに大きなミステイクを犯した。君が真っ先に話しかけるべきは、裕太。主人公を優先しろ、この失敗は高くつくぞ」
友人キャラは後回しだ。そして、蔑ろに扱え。基本中の基本だぞ。
困ったら、後でこっそり相談に乗ってやるからさ。
幼馴染のアイコンタクトは通じたらしく、彼女はヨシと両腕を上段に構える。くるりとターンするや、ロボットよろしくカクカクした動作で件の男の元へ歩を進めた。
急に緊張でもしたのか、声が裏返ってしまう。変に意識したら負けだぞ。
「ゆ、裕太ちゃんっ。ぐぅ~っど、モーニングー!」
「おはよう、花。朝から様子がおかしいけど、どうしたんだ?」
「何を言ってるのかな、このシャイボーイめ! ワタシ、イツモドオリダヨ」
「いや、絶対変だよ。今日の君は、卓並みに変人っぷりを晒しているから」
そりゃ自称平凡な少年にとって、真なる平凡の気持ちなど共感できまい。
平穏な日常のみを享受したいどこにでもいるようなごくごく普通な高校生とのたまうのであれば、まずこの俺を倒してから名乗りたまえ。
青春敗北者として、まるで負ける気がしない。
「まったく、何かドラマでも見たのかい? 花は、すぐ影響されるんだから」
「へっへっへ、実はそうなんだよぉ~」
堀田花さん、ちょっと不審者味を感じる。
主人公とガンガン絡んで露出を増やすべきだが、それを貫けばイロモノ枠だぞ。フォローすべきか、腰を浮かせたまま悩んでいた頃合い。
「あなたが、堀田花さんね。裕太から話は聞いてるわ。近くで見ると、聞いてたよりとても可愛らしい幼馴染さんじゃない」
「え、可愛い……!? エルミンさんと比べたら、全然そんなことないですよお」
チューしちゃうくらい顔がグッと近づき、花は思わず赤面して目を逸らした。
ナイスバデーなセクシーお姉さんの悪戯にキョドる童貞みたいだなあ。
プロのDTライセンスを所持する俺だったら、「フヒッ。でゅふ、コパア」と口ごもるところだったぜ。
エルミンさんは銀髪をなびかせ、尖がった耳をピクピクさせつつ、矮小なる敗北ヒロインを青い瞳で直視した。
「エルミンで良いわよ――花。あたし、異界に住む女子の日常に興味があるの。もし良ければ、遊びに誘ってくれたら嬉しいわ」
「い、異界?」
「外国! 外国だから、全然気にしないで。ほんと、異世界とか全く関係ナッシング」
珍しく他人をフォローする裕太を見て、俺はへーと感嘆した。
ヒロインを助けられないような奴は主人公失格だもんよ。人の好意はどんな手段を用いてでも歪曲させる連中ですが。
「あ、そういえばエルミ」
「ね、花。早速今日なんだけど、空いてる? もちろん、空いてるわよね! あたし、この前雑誌で見た、エクストラホイップキャラメルバニラクラシックマキアートダークチョコチップフラペチーノとタピオカミルクティーが飲みたいんだけど、どこかお店案内してくれるかしら?」
「うん、もちろんだよぉ~。私も久しぶりにタピオカ成分補充したいもん」
キャッキャウフフと、女は二人でも揃えば姦しい。
ところで、呪文みたいな飲み物と比べてタピオカミルクティー氏のキャラが弱い。希薄な雑魚キャラと化したタッピーに親近感を覚えれば、ふと裕太がこちらに目線を送った。
「やれやれ、仲がよろしいことで」
アメリカナイズされた両手を広げるオーバーリアクションを添えて、親愛なる主役様はヒロインたちのお喋りに相槌を打つ役目を全うするのであった。
……おい、花。
ライバルと交流を深めるのは構わないけれど、目的を忘れるんじゃない。
あえて黙っていたが、ラブコメヒロインとして介入するなら挨拶がてらズッコケて、押し倒すかショーツの一枚でもご開帳しなければいけないシチュエーションだったぞ。さすれば、ドジっ子ポジションを確保できたというのに。
なにより、絶好の一枚絵チャンスだった。この業界、イラストの数でヒロイン力が決まると言っても過言ではない。
逃がしたパンツは大きいとはこのことか! 違うね。得られたもの、失ったものを天秤に掛け、俺は反省会の準備を粛々と済ませていくのであった。
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